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雨情の提案

雨情は屋敷の中にいる人間を全て屋敷の外に出した。

静かになった屋敷を見渡し、雨情がようやく口を開いた。


「さて、儀作。お前は何者だ。」


酒が入った竹筒を持ち上げた源之進は二人のかわらけに注ぐ。

感謝の意を示すようにかわらけを額の高さまで持ち上げ、儀作は酒を少し口に含んだ。


「お話しする前にお聞きしたいのですが、鷹条様と雨情様はご昵懇の間柄なのでしょうか。」


「そんなことを聞いて、どうするのだ。」


「お答えによっては、お話できないかもしれません。」


かわらけの酒を飲み干した雨情は、少し考えて答えた。


「知っての通り、椎名と鷹条は犬猿の仲だが、儂と海徳は座を一緒にすると酒が不味くてたまらなくなる仲だな。」


「これは、面白い表現ですな。ありがとうございます。」


儀作は手に持っていたかわらけを床に置き、話し始めた。


「私は、ここよりもずっと西方にある地の守護代の家臣として内政を任されておりました。もう十年以上前になりますか、御家が他家の調略により滅ぼされました。御家の忘れ形見を旗頭に執事が中心となって残った家臣と共にお家再興に兵をあげたのですが、あえなく失敗。忘れ形見は磔にされ、九死に一生を得た私は一族郎党と共に故郷を捨てさまよい続けました。ある日、捨てられた村を見つけ、当村を大木村と名付け住むようになりました。」


「ということは、この村の者どもは、すべてお前の家臣なのか。」


「半数が家臣だった者です。武士か、もしくはそれに近い者です。後の半分は、他の村から逃げてきた者や旅の途中でいついた者などです。」


「分かった。ところで、なぜ、三太を沙魚丸の家臣にするのを渋るのだ。」


視線を落とした儀作が答える。


「お気づきでしたか。」


「何となくだがな。」


「三太の父は私の家臣で、母は私の一族の者でございました。二人は死ぬ間際に、三太のことをくれぐれも頼みます、と言い残しました。三太を下人として手元におくことで然るべき教育を施し、元服後に元の家名を継がせ家を持たせようと考えております。」


そこまで話した儀作は、目を閉じた。

どう話せば波風を立てずに断れるのか悩んだのだ。


〈沙魚丸様のような隣国にすら名が届かぬお方に三太をお任せするのは、正直、不安しかない。三太が自ら仕官したいと言ったらしいが、鎧の輝きに目がくらんだのだろう。さて、どうお話すればいいか・・・〉


「沙魚丸は元服前で、三男坊だ。しかも、庶子だ。仕官先としては、良くないな。いや、はっきり言って、最悪だな。」


考えを読まれた儀作は、苦笑する。


「雨情様は怖い方ですな。そういうことですと、沙魚丸様に三太をお任せするには、ますます二の足を踏んでしまいますが・・・」


「まぁ、そうだろう。儂でも、お断りだな。」


儀作は黙ることにした。

雨情が話したのは、沙魚丸に仕官するに当たっての不利益な点である。

〈当然、いい点もあるのだろう。さて、何をお聞かせ願えるやら・・・〉


「沙魚丸は、国に戻ると椎名家から追い出されることが決まっておる。あいつは坊主になって、椎名家の繁栄を願うことになっておった。まぁ、本人には内緒だがな。」


儀作は耳を疑った。

〈これは、ひどい。開いた口がふさがらない。三太を坊主に仕えさせろと・・・〉


怒りを覚え、話を終えようとした儀作が口を開こうとする前に、源之進がつかみかからんばかりの勢いで雨情に詰め寄る。


「そのような話、聞いておりません。真でございますか。」


「真も真だ。儂が嘘を言うて、どうなるのだ。」


「ならば、このような戦に沙魚丸様を参陣させぬとも良かったではございませんか。」


迫る源之進に苦笑した雨情は、源之進の肩を数度、叩く。


「源之進。まぁ、お前も飲め。ちょっと、落ち着け。ほれ、儀作も驚いておるではないか。」


そう言って、源之進に雨情は酒を注ごうと、竹筒を前に出す。

深呼吸した源之進が両手でかわらけを雨情に差し出すが、注がれた酒がわずかにだが波打っている。


「ありがたく、いただきます。」


一息に飲み干した源之進のかわらけに新しく酒を注ぎながら雨情が話し出す。


「実はな、龍久は仮病なのだ。あいつが仮病を装ったのは、沙魚丸を戦に出すためだ。」


「どういうことでございますか。」


「龍久が沙魚丸を密かに可愛がっておるのはお前も知っておろう。茜が沙魚丸を坊主にしろとあまりにうるさく言うので、一門衆の間では、早々に沙魚丸を坊主にしようと決まったのだ。それを聞きつけた龍久は一計を案じた。戦で手柄を立てれば、坊主にならなくてよいのではないかとな。」


目を(みは)った源之進を面白そうに見た雨情は話を続ける。


「龍久に頼まれたので、儂も沙魚丸が戦に出ることに賛成はした。だがな、大将にするのは反対したのだ。大将だと戦に勝たんといかんからな。此度の戦、儂らは脇役で戦に加わる余地がないのは、お前も分かっておろう。」


「はい。戦の話は分かります。ですが、龍久様が関わっているとは全く知りませんでした。」


「それは、そうだろう。この話は極秘で木蓮すら知らん。血の気が多いお前のことだ。話せば何をしでかすか分からんからな。戦が終わるまで、話す気はなかった。」


「では、なぜ。」


「龍禅様だ。沙魚丸が龍禅様にあのように気に入られるとは、思いもよらんかった。しかも、鷹条領内の村を救ったのだ。あいつは本当についておる。国に戻れば、褒美として新しく家を興せるだろう。おそらくだが、いい領地を貰えるはずだ。それこそ、酒井の旧領のどこかになるかもしれん。」


酒井の旧領と言う言葉に、源之進がぴくりと反応する。


「ありがとうございます。」


源之進が雨情に深々と頭を下げた。

雨情は源之進の肩を一つ叩くと、儀作の方に向き直った。


「そういうわけだ。どうだ。三太を沙魚丸に仕官させる気になったか。」


「はい。是非お願いしたく存じます。しかし、そのようなお話を私などにお聞かせいただいてよかったのでしょうか。」


雨情がにやりと笑う。

儀作はぞっとした。

〈あぁ、聞かなければよかった。雨情様に完全にはめられた。どんな難題を出されるやら・・・〉

儀作は顔に出さないが、すっかり観念していた。


「沙魚丸が新しい領地を手に入れたら、お前たち村ごと沙魚丸に仕えぬか。」


儀作は驚いた。

同時に惹かれた。

〈この村に移り住んでから、苦労の連続だった。〉


儀作はしみじみと思う。

土地の実りは、さほど良くない。

鷹条の治安体制も悪く、盗賊が頻発する。


〈それでも、長年、皆と共に手を入れて来たのだ・・・〉

儀作は腕を組みたかった。

考える時の儀作の癖なのだ。

しかし、雨情の前で腕を組むなど、無礼な行為と源之進に袈裟斬りにされるかもしれない。


〈考えがまとまらない。〉

苦しんだ儀作は、雨情に頭を下げる。


「雨情様。大変申し訳ありませんが、腕を組んで考えてもよろしいでしょうか。」


大笑いした雨情は頷く。


「いくらでも組めばよい。その間、儂と源之進は楽しく飲んでおくからな。できれば、儂らが酔っぱらうまでに考え終わると嬉しいぞ。」


ほっとした儀作は、閃く。


「少々、お待ちください。」


席を立った儀作が戻って来た時、手には味噌を持っていた。


「手前が作りました味噌でございます。こちらをつまみとしてください。」


「おいおい、本当に酔っぱらってしまうではないか。」


雨情と源之進は、腕組みをした儀作を横にゆったりと飲もうと味噌に手を伸ばす。


すると、遠くから騒がしい声が聞こえ始めた。


たくさんの人が群がり発する声が段々と近づいて来る。


顔を見合わせた雨情と源之進は、さっと庭に飛び出た。


「何事か!」


雨情は音がする方を見つめる兵たちに問いただした。



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