神殿
社に吸い込まれた沙魚丸は、仰向けに寝かされている。
「うーむ、おかしぃのぅ。ピクリともせんのう。」
透明感のある声が朦朧としている沙魚丸の意識に覚醒を迫る。
〈なに、あれ。〉
うっすらと目を開いた沙魚丸の目の前には、真っ暗な空間の中にぼんやりと黄色く光る球が宙にフワフワと浮かんでいた。
「おっ、ようやく目を覚ましたか。よしよし。なかなか起きんからてっきり妾を騙したかと疑ってしまったわい。あやつに会ったら、ほんの少しだけ謝ってやろう。」
光る球は沙魚丸に語りかけるというよりも独り言を言っているようだ。
「おい、目が覚めたのなら、そろそろ起きんか。其の方に申し渡すことがあるのじゃ。」
キビキビした声が沙魚丸に向けられる。
そして、光る球は輝きを増しつつ沙魚丸の頭上をゆったり回り始めた。
未だ微睡みの中にいる沙魚丸はキラキラと輝きを増し続ける光る球をぼんやりと眺めている。
だが、光る球を見続けるのが限界に近づいた時、沙魚丸はたまらずギュッと目を閉じ、顔をそらす。
「こりゃ、なぜそっぽを向く。妾を無視するとは初見といえども無礼であるぞ。」
「いえ、違います。光が眩しくて目を開けることができません。」
不快そうな声に沙魚丸は慌てて体を起こし、目をつぶったまま光る球に叫ぶ。
すると、光る球は沙魚丸の顔の前で回るのを止め、発していた強烈な光を程よい明るさに変えた。
瞼の裏の明るさが弱まったのを感じた沙魚丸は恐る恐る目を開く。
目の前には、淡い黄色の光を放つ球がフワフワと浮かんでいる。
女座りをしている沙魚丸は床に手をついたままキョロキョロと周囲を見渡す。
四方を囲む壁すらない建物はどこまでも続く地平線を見渡すことができる。
上を見ると角材を碁盤の目のように組み合わせた格天井が広がっている。
ただの格天井ではない。この格天井は周囲の部分を一段持ち上げている上に、さらに天井の中央部がもう一段高くなっている二重折上格天井と呼ばれるものだ。格縁と呼ばれる組木は艶々と黒光りしながらも黒漆の光沢が目に優しい。格間と呼ばれる組木で囲まれた正方形の部分には、ゲームアイテムイラストのような武器や防具が一枚一枚に彩も華やかに厚塗りで美麗に描かれている。
呆気にとられた沙魚丸は絵をじっくりと見入ってしまいたいという欲望に襲われるが、今はそれどころではないという心の声に耳を貸す。
この建物には柱や壁が無いのに天井があることに注意を払うべきだという声に。
疑問を感じた沙魚丸は改めて柱や壁があるかを確認する。
沙魚丸のみに映るものは、雲一つない真っ青な空が地平線まで延々と続き、地面一面に敷きならした白砂が光に反射しきらめく白い海と見紛うような光景である。
もう一度、屋内に目を転じると、磨き込まれた床板は鏡面のようで、光る球が天と地に二つ存在するかのように映り込む姿に沙魚丸は思わず息を呑む。
青と白が織りなす明るい世界と屋内の静寂さがもたらすコントラストに衝撃を受けた沙魚丸は、清浄な香りが漂い始めたことに気付く。
森の中にいるかのような穏やかで爽やかな香りに現状を忘れて沙魚丸は安らぎを感じる。