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儀作との話し合い

村長の屋敷に向かう途中で沙魚丸は異世界に来たんだなぁとしみじみ思う。

見渡すと村人が叫んでいる。


「死んだふりをしている者に気を付けろ。」


村人たちは手にした長めの槍をえいっと繰り出す。

槍は吸い込まれるように地面に横たわる盗賊たちの体に入っていく。


ほとんどの死体は素直に槍を受け入れるが、中には悲鳴をあげる死体がある。

そんな不埒な真似をした死体もどきには、雄叫びをあげた村人が群がりとどめを刺している。


地獄絵図のような光景に最初はかなりびびっていた沙魚丸だが、あちらこちらで繰り広げられる光景は次第に沙魚丸の感覚を麻痺させていく。


〈田舎のじいちゃんが捕まえた鼠を処理してたの思い出すわぁ。おらは血を見るのは嫌だ、とか言って畑の隅で水をはったバケツに鼠を突っ込んで溺死させてたわね。あれも最初は怖かったけど、馴れるとだんだん平気になっちゃうのよね。〉

とは言えども、首を捻りたくなる光景もある。


完全に死体となり安全を確保した盗賊から物品を剥ぎ取るのは、もっぱら子供たちの役目のようで、容赦なく引っぺがしている。


〈ふんどしだけ残しているのは、武士?の情けなのかしら・・・〉


死体から物品を奪う子供たちの顔は、生き生きとしている。

いいものが出て来ると、子供たちから歓声が上がる。

宝物探しに興じるような子供たちに沙魚丸は衝撃を受けた。


〈日本史の授業でも、子供は重要な働き手って習ったけど・・・。実際に目の当たりにすると、ちょっと考えちゃうわね。『おあむ物語』で、十七歳の少女のことが書いてあったっけ。確か、味方が討ち取った首にお歯黒を付けて立派に見せるとかだったよね。うーん、でもなぁ・・・。子供が生首とか死体を処理する仕事って、どうなんだろう。〉


楽しそうな子供たちから目をそらした沙魚丸の足取りは重くなる。

〈私が領主となる国では、子供たちの死体漁りは禁止、ってだけで済むなら話は簡単なんだけどなぁ。そんな単純な話じゃないしなぁ・・・〉


深い溜息をついた沙魚丸の耳に雨情の声が届く。


「大将殿、のんびり歩いとらんで早くこっちへ来い。」


雨情に大将と呼ばれても、相変わらずピンとこない。

〈叔父上は、いつも通り沙魚丸と呼び捨ててくれればいいのに。〉


心の中で軽く文句を言う沙魚丸に

「早く行かないと怒られますよ。」

源之進に耳打ちされ、歩いてる場合じゃないと沙魚丸は駆け出す。


屋敷に入ると、板敷きの広間に雨情は老人と向かい合って座っていた。

二人が座っているところを見た沙魚丸の目が光る。


〈あれって、円座じゃない。お父さんにプレゼントしたら喜んでたなぁ。ドーナツ型クッションは痔に優しいって聞いたからあげたんだけど、そう言えば、最近、見ないわね。〉


足を洗い、広間に上がった沙魚丸は、自分のために用意された円座を見た。

しかし、穴がない。

〈なんですって。びっしりつまった円座があったのね・・・。〉


衝撃を受けた沙魚丸はしばし硬直するが、誰かの咳払いに我に返り、何事も無かったように座った。

〈うん。板敷きに直に座ったら冷えるし、痛いもんね。痔だけに使うってことじゃないのね。すいません、お二人とも。痔と思ってしまいました。〉


微笑む沙魚丸の姿を見て何か言いたげな顔をした雨情は、小さな声で何事かを呟いた後、老人を紹介する。


「大将殿。この村の長、儀作と言う。今から話し始めるところだ。」


「儀作と申します。この度は当村をお救いいただき感謝いたします。それに、三太を助けていただき、三太の亡くなった父母に成り代わりお礼を申し上げます。」


深々と頭を下げる儀作に沙魚丸は、いやいやそんな大したことはしてないですよ、と低姿勢で言おうとした時に、雨情からの鋭い視線を感じ、慌てて口を閉じたため舌を噛んでしまう。


「ふぎゃ。」


沙魚丸の情けない声を無視して雨情が口を開けた。


「三太を助けたとは、どういうことだ。」


〈私の粗相を助けてくれたんですか、叔父上。あれ、なんだか、お怒りに見えるけど・・・。もしかして、私の粗相に激怒してるの。〉

よく分からないが、謝っておこうと口を開きかけた沙魚丸より儀作の方が早かった。


「三太は、八歳になる村の子供でございます。盗賊に捕らえられ縛られた三太を沙魚丸様に助けていただいたのです。村の者一同、山の上から見ておりましたが、実に見事な一突きでございました。」


儀作が惚れ惚れとした口調で語る。

雨情は片眉を跳ね上げ、源之進を睨む。


「どういうことだ。源之進。」


詰問口調の雨情が源之進の方へ顔を向けた。

〈ひぇっ、怖い。叔父上、なぜにお怒りなの。この怒りは私にじゃないよね。ごめんなさい、源之進さん。がんばって、心の底から応援するわ。お願いだから、私に振らないでね!〉


「三太という子供が盗賊の一人に連れ去られるのを見た沙魚丸様がお一人で相対され、退治されました。その男は、昔、三太の父母を殺した者だったようです。」


えっ、と驚く儀作の声が聞こえるが、雨情はこれもさらっと無視する。


「そうか。仇のことはさておきだ。儂が聞きたいのは、お前が何をしていたのかだ。それに次五郎も沙魚丸の身を守るように龍禅様から厳命されたと聞いていたが。」


「はっ、我ら二人は複数の盗賊を相手にしておりまして、気がついた時には、盗賊は沙魚丸様の足下に倒れておりました。」


目頭を押さえた雨情が呆れた声で言う。


「それは、あれか。お前たちが盗賊の相手を楽しんでいる間に、その男を沙魚丸が一人で倒したということか。」


「その通りでございます。」


「馬鹿者。お前は傅役であろう。いつもいつも言っておるであろう。お前は戦場に立つと、興奮しすぎると。沙魚丸に何もなかったからよいが・・・。」


「おほん。」


雨情の背後で木蓮がわざとらしく咳払いをした。

説教の邪魔をするなとばかりに雨情が木蓮を見るが、木蓮の澄ました表情に意味を悟った雨情はちっと舌打ちをする。


「とにかくだ、お前はもう少し戦場での振る舞いに気を付けろ。よいな。」


「はい。」


しゅんとしている源之進から雨情は沙魚丸に視線を移す。


「何にせよ、初槍よくやった。椎名家家宝の鎧も返り血を浴びて喜んでおる。国に戻ったら祝ってやろう。楽しみにしておれ。」


雨情がすこぶるご機嫌な様子を沙魚丸は見て取った。

〈ここか。ここね。ここしかないわ。〉

沙魚丸は腹に力を入れる。


「叔父上。三太という子供ですが、私の家臣になりたいと申しております。何かお知恵をお借りできませんか。」


沙魚丸の言葉に、飲んでいた水を吐き出したのは儀作だった。

水が変なところに入ったのか、涙ぐんでせき込んでいる儀作を沙魚丸は冷ややかに見つめる。


〈ふっふっふ。どうよ、あなたも村の長ならば、私の悩みを一緒に考えなさい。そうよ。三太君はあなたの下人と聞いたわ。あなたが教育した子供なんだからね。単純に採用拒否って言う答えは却下よ。〉

儀作が落ち着くのを全員が待つ。


「申し訳ございません。三太が沙魚丸様の家臣になりたいと聞こえた気がいたしまして・・・。いや、年は取りたくないものですな。どうもボケてしまったようで。」


ひきつった顔で話す儀作に沙魚丸が答える。


「いいえ、確かにそう言いました。」


にこやかに話す沙魚丸を見て、儀作がさっと土下座する。


「沙魚丸様におかれましては、御腹立ちでございましょうが、子供の言ったことでございます。どうかお許しください。当村から出たこともなく、まだ身分高きお方と接したこともございません。何が無礼なことなのかを教えてもございません。このしわ首に免じて、なにとぞお願いいたします。」


平身低頭する儀作を見て、沙魚丸は実は別のことを考えていた。

〈なんて滑らかで美しい土下座なの。もしかして、この人、忍者なのかしら。だって、今、後ろに飛んだわよ。胡坐(あぐら)のまま飛びあがって空中で正座になって土下座をする老人って、達人じゃないの。〉


沙魚丸は、儀作の身のこなしにごくりと生唾を飲み込む。


「儀作。沙魚丸は三太を家臣にしたいと言うておるのだ。少し冷静になれ。」


雨情の声に沙魚丸は脳内の余計なことを追い払う。


「そうです。三太君は私に心を捧げると言いました。三太君の笑顔は、私を幸せにします。ですから、彼を私の家臣にしたいのです。」


力説する沙魚丸に対して、黙然と土下座を続ける儀作にヤレヤレとした顔で雨情が話しかける。


「儀作よ。そうしていては話ができん。さっさと席につけ。」


「はい。それでは、失礼いたします。」


「儀作よ、三太のことは少し横に置いておこう。」


「分かりました。」


「我らが大将は、この村が襲われると聞いて、進軍路からわざわざ離れて盗賊どもを退治したのだ。感謝したくなるであろう。」


「はい、もちろんでございます。私どもにできることでしたら、何なりとお申し付けください。ただ、このように小さな村ゆえ、あまり差し上げるものも無いのですが・・・」


心苦しそうに話す儀作に雨情が一笑した。


「お前の屋敷で、瓶に詰まったたくさんの銭を見つけたぞ。」


申し訳なさそうな表情の儀作の顔が、にこやかな表情に変わる。


「おや、見つかってしまいましたか。あれは、鷹条様に納めるための銭でございます。ですが、椎名様に差し上げたと鷹条様に申し上げてもよろければ、どうぞお持ちください。」


「狸め。」


「何を仰います。小さな村の老人に過ぎません。」


二人は目線を交錯させ睨みあうと、突然、笑い出した。


「鷹条殿の銭なら手は出せんな。盗賊から剥ぎ取ったものは、お前たちの好きにしろ。ただし、盗賊どもは儂らが連れて行く。どうだ?」


「驚きましたな。我々の大儲けとなりますが、よろしいのですか。」


雨情は、沙魚丸に向き直る。


「何しろ、大将殿がそのように仰せなのでな。儂は銭も米も全て持って行っていいと思うのだが、大将殿が許さんのだ。」


〈あらら、また勝手につくるんだから。私は何も聞いてませんよ。〉

下手なことは言えないと思う沙魚丸は、にこにこと笑うことにした。


「何と慈悲深いお方か。それに三太の仇を討っていただき、感謝の言葉もございません。もし、よろしければ、あなた様に幸運が訪れることを村人全員で祈らせてくださいませ。」


「儀作よ。沙魚丸は戦神からご加護を賜っておる。沙魚丸のことをしっかりと覚えておけよ。」


〈叔父上、そんな重いのいらないです。さらっと忘れてくれるぐらいがいいんですけど・・・、とは言えない。痛いし・・・。〉

わはは、と笑いながら機嫌よさげに沙魚丸の背中を叩く雨情。


沙魚丸と雨情を見ながら、儀作は床に手をつき頭を下げる。


「我ら大木村の者一同、何があっても沙魚丸様の名を忘れません。」


「よかったな、沙魚丸。椎名領内で何か会った時には、この村に逃げて来い。」


本気か冗談か分からない顔で話す雨情に、沙魚丸は驚いて見上げる。

あごひげを撫でる雨情の真意が分からず、沙魚丸は戸惑う。


「沙魚丸様。三太が参りました。」


後から源之進の声がかかり、庭に次五郎と三太が立っていた。


「沙魚丸。あの小僧か。」


「はい。そうです。」


三太をじっと見た雨情は、沙魚丸の背中を大きく叩く。


「三太とやらの父母の墓に手を合わせて来い。それから、源之進は残れ。」


沙魚丸を屋敷から追い払いつつ、雨情は木蓮に命じる。


「木蓮、三太の仇討ちが成ったことを祝い、海徳からかっぱらってきた酒を村の者に振舞ってやれ。」


頷いた木蓮は広間から去り、後には雨情、源之進、儀作の三名がだけが残った。


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