三太の願い
「よかったな、坊主。師匠がお前の父と母の菩提を弔ってくれるぞ」
次五郎が三太の頭の上に手を置き、男くさい笑みを浮かべる。
三太は次五郎の顔をじっと見つめ、その目に決意の炎を燃やした。
「とうちゃんとかあちゃんは、おいらの将来を心配して死にました。とうちゃんとかあちゃんのために祈ってくださるなら、おいらを沙魚丸様の家臣にしてください。」
この場にいる全員の動きがピタリと止まった。
三太の気迫に全員が気圧されたのだ。
話を切り出した次五郎にいたっては、驚いてあんぐり口を開いている有様だ。
沙魚丸は可笑しかった。
〈やるなぁ、三太君。次五郎さんの申し出を利用して初対面の相手に自分を家臣にしろと迫るとは。やばい。行動パターンが好みだわ。前世では、私も社長に自分を雇って下さいって直談判したけど、仲良くなってからだったし・・・。〉
自らと比べ、はるかに行動力のある三太に好意を抱くものの、沙魚丸は悩む。
「『会社を成長させる秘訣は、自分より優れている者を採用し、力が発揮できるよう環境を整え楽しく働いてもらうこと。』だったわね。絶対にこの子は私より凄くなるわ。そうよね、三太君を家臣にしたい。でもなぁ・・・。」
沙魚丸が三太を家臣にしたいと思っても、どだい無理な話なのだ。
こんな小さな子供を家臣にしても、今すぐ沙魚丸の役に立つわけがない。
さらに、沙魚丸自身に家臣を持てない理由がある。
ずばり、沙魚丸は無一文なのだ。
元服前で領地も無く、裏切り者の血を引く者と言う烙印を押された沙魚丸は椎名家からの支援が無い。
源之進、と言うよりは妻のお琴が苦しい家計の中でやりくりをして、沙魚丸は生かされている。
見捨てられし者、と言えば沙魚丸のことと椎名の内情を知る者であれば言わずもがなのことなのだ。
だが、この中に一人だけその事実を知らない人間がいる。
そう、鷹条家の次五郎だ。
次五郎は、糀寺騒動のことは噂で聞いてはいるが、沙魚丸がどのような扱いをされているかなど知らない。
と言うより、この戦で会うまで、沙魚丸のことなど名すら聞いたことも無かった。
沙魚丸に会った時、沙魚丸の立派な鎧に唸った。
これほど立派な鎧を着け、元服前なのに大将を任されている沙魚丸が椎名家の中で期待されていない訳がない、と考えるのは自然なことだろう。
ボロボロな兜のことは不思議に思っていたが、誰かの形見か何かだろうと思い、あえて口にしていなかった。
そのため、次五郎は、沙魚丸を椎名家の期待の星と考えている。
「そうか。お前は師匠の家臣になりたいのか。実にいい心構えだ。師匠は俺を弟子にするだけあって、いい男だ。師匠を主君にできれば、お前の未来はきっと明るいぞ。」
次五郎は三太の頭を楽しそうにもみくちゃにしている。
「はい。おいらは沙魚丸様にお仕えするために生まれてきたのだと分かったんです。あの男に捕まった時に必死で抵抗しました。でも、かあちゃんが作ってくれた大事な着物を盗られても、何にもできませんでした。その時、颯爽と現れた沙魚丸様がおいらを助けてくれたんです。だから、おいらは物語にあるようにおいらの心を沙魚丸様に捧げることに決めました。」
次五郎が置いた手の下で、三太はグッとこぶしを握る。
三太の切実な思いは、大人たちの心を強く揺り動かす。
次五郎は、三太のおでこに自らのおでこをくっつけた。
「三太。お前の願いが叶うように俺も一緒に頼んでやろう。」
三太はこくこくと頷き、よろしくお願いしますとにっこり笑う。
任せろ、と次五郎も笑い、二人の会話が楽しく弾む。
一方で、沙魚丸を除く椎名家の面々は悲しそうな顔をしている。
彼らの誰もが確信していた。
三太は長じて必ず沙魚丸の役に立つ家臣になる、と。
源之進がこっそりと沙魚丸に耳打ちする。
「いかがいたしますか。」
〈鎧一つ用意できない私が家臣を持つなんて、無理でしょう〉
源之進の問いかけに沙魚丸は心の中で愚痴る。
源之進は椎名家から俸禄が出ており、小次郎もこの戦の間だけ特別に手当てが出ることになっている。
だが、沙魚丸には、びた一文として支払われないのだ。
上使として訪れた役人が偉そうに語る元沙魚丸の記憶がよみがえる。
『大将として軍を率いる名誉を与えられるだけ幸せと思え。』
要するに、命をかけたただ働きである。
〈血縁で固められた中小企業でも、子供には給料を払うよ。椎名家ってちょっとケチすぎない。そんなに貧乏なのかしら。〉
源之進に危うく不満をぶちまけそうになる。
元沙魚丸が命令を黙って受け入れたのだから、沙魚丸がとやかく言ってはいけないと思う。
だが、転生して実際に体を張ることになってしまったのだから心の中で文句を言うぐらいは許して欲しい。
〈働いた分は、ちゃんと払おうよ。まったく。トップがこれじゃぁ、椎名家も色々とヤバそうね。〉
一通り愚痴って、心が落ち着いた沙魚丸は三太について考える。
考えるまでもなく、答えは決まっている。
『ただ働きで、自分のご飯も自分で用意してね。大サービスで寝床は用意できるわ。それで良ければ私の家臣になっていいよ。』
現状の沙魚丸としては、三太への返事はこう言うしかない。
どう見ても、三太は小学生低学年である。
ある意味で奴隷以下の労働条件を提示し、『家臣になるのを許してあげる。』、なんてことを常識人の沙魚丸としては口が裂けても言えない。
ため息とともに沙魚丸は源之進に告げた。
「叔父上に聞きましょう。何かいいお知恵をいただけるかもしれません。どちらにしろ、盗賊の報告を行わないと。それより、男が持っている三太の着物を返してあげてください。」
三太が元の着物を大事に受け取り着替え終わると、満面の笑みとなった。
〈この子が近くにいると、幸せな気持ちでいれそう。やっぱり、幸せは笑顔からよね。〉
三太の笑顔を見て、沙魚丸が頷いていると源之進に促される。
「では、参りましょうか。」
沙魚丸は掃討を終え縛り上げた盗賊を引き連れた槍兵たちと共に村の入口へ歩を進める。
沙魚丸はふと裏山に目を向けると目を見張った。
〈村の外からは木で覆われていて分からなかったけど、あそこに何か建ってる?あれって、柵かしら。竪堀もあるし、切岸かしら。なんか、お城に見えるんだけど?〉
沙魚丸の目線の先を確認した源之進が口を開いた。
「沙魚丸様もお気づきでしたか。あれは、この村の城ですな。かなり堅固に造られているように見えます。あそこからやたらと殺気を飛ばす者がいたようなのですが・・・。」
〈いえ、全く知りませんでした。しかも、殺気って何。源之進さんは、殺気を感じるの?漫画かしら・・・〉
嘘でしょうと疑わしそうな視線を向けると、次五郎が話しかけて来る。
「源之進殿も気がつかれましたか。」
〈はぁ?次五郎さんも分かるの?恐ろしい。笑顔で人を殴れるようになると分かるのかしら。〉
後で小次郎に聞いてみようと思うが、殺気が分かるようになるまで特訓です、と言われる予感がして質問は止めておこうと小さく頷く。
「沙魚丸様が三太を救われた時に殺気は消えました。」
小次郎が誇らしげに口を挟んだ。
〈ひぃっ。やっぱり、小次郎さんも殺気が分かるのね。聞かなくてよかった。〉
地獄の特訓を回避した沙魚丸は、ほっと胸をなでおろす。
「村のみんな、おいらに優しいんです。」
次五郎に肩車された三太が嬉しそうに話す。
高いところから見る村の風景にはしゃぐ三太を見て、沙魚丸は思う。
〈こんな子供の心まで虜にするなんて・・・。沙魚丸君って、本当にモテモテだよね。『色男、金と力は無かりけり』か。沙魚丸君が金持ちだったらなぁ。もうちょっと違うと思うんだけど・・・。〉
「村の人気者の三太を沙魚丸様が助けたことは、大手柄となりますな。」
〈えっ、そうなの。だとしたら、ちょっと嬉しいかも。〉
沙魚丸のほころぶ顔を見ながら源之進が話を続ける。
「私は、新たなお役目のため、沙魚丸様の傅役をほとんど務めることが出来ず、内心忸怩たるものがございました。出陣して以来、沙魚丸様のご成長ぶりを拝見でき、嬉しさを禁じえません。沙魚丸様が領主となられましたら、身命を賭してお仕えいたしますので、私もお連れ下さい。」
源之進は静かに頭を下げた。
〈源之進さん、あなたがいないと、私は何もできないでしょ。あぁ、そうね。そうよ。感謝の気持ちはちゃんと伝えなきゃダメなのよ。前世でも、いつも居酒屋で感謝を言わない社長に文句を言ってました。ごめんなさい、社長。でも、言わないあなたが悪いんです。社長を反面教師にして、私はちゃんと言います。社長、色々と教えて下さりありがとうございます。〉
「源之進さんがいないと、困ります。断られても来てもらいますから、お願いしますね。」
「ははは。いや、年甲斐もなく、素直な三太に嫉妬を覚えたようです。年を取ると、心の内をそのまま言えなくなりダメですな。沙魚丸様にそのように仰っていただけて、私は幸せ者です。」
「沙魚丸様、当然、私もお供します。私は父にも三太にも負けません。」
小次郎がここぞとばかりに口を開く。
「もちろんです、小次郎さん。あなたには色々な意味でお願いいたします。」
意味深な沙魚丸の言葉に気づいた小次郎はしっかりと頷く。
「お任せください。」
「いいよなぁ。俺も入りたいなぁ。」
主従の心温まる風景に次五郎が拗ねた声を出す。
「次五郎様は、沙魚丸様のお弟子さんなのでしょう。おいらが沙魚丸様の家臣になったら、次五郎様が家臣になれるよう頼んであげます。」
張り切った声の三太に次五郎は声を上げて笑う。
「そうだな。いつか、そうなるといいな。」
次五郎が三太を肩車しながら、スキップし始めた。
驚いた三太が次五郎の頭を軽く叩き、指さした。
「次五郎様、おいら、あの家に行ってもいいですか。」
「おう。いいぞ・・・。」
軽く答えた次五郎だが、その家を見て絶句する。
〈あれ、家なのか?穴だらけだぞ・・・。どう見ても、物置。いや廃屋・・・〉
「三太。あれは家なのか?」
次五郎は素直に聞いた。
三太以外の誰もがあれは家ではないだろうと思っていたこともあり、次五郎の無遠慮な質問を止める者はいなかった。
「さっき、盗賊に穴だらけにされたんです。家の扉も持っていかれたし。」
なるほど、と皆は一斉に頷いた。
「師匠。では、俺は三太と一緒にあの家に行って来ますので、お先にどうぞ。」
「分かりました。じゃぁ、先に行ってますね。」
「次五郎殿、念のため、五人ほど連れて行ってください。残党がいるかもしれません。」
源之進が槍兵五人に指図する。
「助かります。さすがに肩車で戦うのはやったことがないですからな。」
「大丈夫。おいらも戦うから!」
「そいつは頼もしいな。今度は捕まるなよ。」
楽し気に権太の小屋へ向かう二人を見ながら、沙魚丸は三太のことを雨情に何と切り出すか悩むのであった。
〈源之進さんに丸投げってありかしら・・・〉
沙魚丸は中間管理職って辛いのね、とこっそりと呟いた。




