戦闘開始
道犬は自らの配下に命じた。
「お前らは、田畑の作物をすべて刈り取れ。」
道犬の配下の多くは食い詰めた百姓である。
彼らは手慣れた動きで大木村の努力の結晶を自らの鎌でザクザクと刈り取っていく。
〈何とも言えねぇ顔して刈ってやがる。人様が汗水たらして作ったものを横からかっさらって行くんだ。同じ百姓だしな・・・。だが、奪わねぇと死ぬだけだ。〉
道犬は自嘲気味に笑うと、手持無沙汰に寝転がっている盗賊に目をやる。
鷹条の役人に命じられて、仕方なしに連れて来た者たち。
奪うことや殺すことに快楽を見つけた者たちと聞いた。
〈こいつらにも早いとこ略奪させねぇと、俺たちに襲ってくるかもしれねぇしな。〉
道中でもすでに小さな喧嘩がいくつか発生していた。
幸いなことに、死人はまだ出ていない。
寄せては返す波のように襲ってくる頭痛に耐えかね、こめかみに手をやった道犬に配下がこっそりと話しかける。
「お頭、そろそろ始めないと、あいつらヤバいですぜ。」
「お前もそう思うか。」
「へい。あいつら、田畑で作業しているやつらに面白半分に石を投げてますが、だんだんと石の勢いが強くなってます。しまいに槍でも投げそうな目つきをしてますぜ。」
「分かった。」
頷いた道犬は、大声を発した。
「おい、お前ら、待たせたな。思う存分、奪ってこい。田畑にいる奴らは刈り取ってからだ。鷹条と合流しなくちゃいけねぇから時間はあまりねぇ。奪ったものは途中で商人に売る。金にならねぇものや戦に持って行けねぇものは持ってくんな。」
言葉を切った道犬はぐるりと回りを見渡す。
田畑で作業している者たちからは不満そうな声がちらほらと聞こえる一方で、道犬はぎょっとする。
〈さっきまで寝転んでたくせに、こいつら、いつの間に起き上がりやがった。〉
盗賊たちが、早くしろよと言わんばかりに道犬を睨みつけ首や肩をゴキゴキと音を鳴らしながら回している。
「よし、分かったら行け。」
道犬は見張りを村の入口に一人残し略奪の許可を下した。
村の中にある金目の物、食える物、価値があると思うありとあらゆる物を奪いつくすために嬉々として盗賊たちは駆けずり始める。
早速、何かを見つけたのだろうか、一人の男が叫びながら家から出て来た。
その男がつかんでいる何かをめぐって殴り合いの喧嘩が始まった。
〈こんな奴ら、連れて来るんじゃぁ無かった。〉
ため息とともに道犬は頭を横に軽く振り、周囲の者について来るよう促す。
子飼いの配下で無い奴は、死んでしまえと道犬は気持ちを切り替える。
〈その方が払いも減るしな。〉
我ながら愚かしい考えとは思うが、奇声を発しながら強奪を始めた奴らを見て、道犬にはどうしても同じ仲間と言う気持ちが浮かばなかった。
道犬は、目をつけておいた村で一番大きな屋敷へ向かう。
ここだけは立ち入り禁止にしておいた。
勝手に屋敷の中に入る奴がいたら殺していい、と命令しておいた。
その犠牲者であろう一人の死体が屋敷の入口付近に転がっている。
〈犬に芸を仕込む方が、こいつらに命令するよりも楽なんじゃねぇか・・・〉
黄ばんだ歯をむき出しにした顔を一瞥した道犬は、配下の一人に漬物石を顔の上に置くように命じ、屋敷の中に入った。
命じられた配下は不思議そうな顔をして漬物石を置いているが、道犬は化けて出てきそうな顔をしているからとは言えなかった。
〈表でやらせている苅田だけじゃぁ、全然足りねぇしな。ここらででかい稼ぎがどかんとあると楽なんだがな・・・〉
道犬は所帯が大きくなるにつれてため息が多くなった。
人数が増えるに従って稼ぎは大きくなったのは認める。
〈でもなぁ、払いが多すぎて、俺の手元に全然残りやしねぇ。やり方が悪いのかねぇ・・・〉
道犬は自らの経営手腕に自信を失いつつある。
そんな鬱屈とした気持ちを払拭してくれる匂いが、この屋敷からは漂ってくる。
道犬には、隠された金のありかが分かると言う特技がある。
道犬は屋敷に入った瞬間に、大金の匂いを嗅いだ。
「おい。あそことここを掘れ。」
「へい。」
嬉しそうな顔をした配下が手に手に鍬を持ち土間を掘り始めた。
配下が掘りだすと、すぐに鍬が何かと当たった音がした。
「お頭、瓶が埋まってやすぜ。結構、でかいな、こりゃ。」
弾んだ声で語る配下の方へ走り寄った道犬は、瓶の蓋を開けさせた。
瓶の中には、ぎっしりと銅銭が詰まっている。
「よっしゃぁー。」
雄叫びとも絶叫とも言える配下たちの声に、ほっとする道犬。
〈これで、こいつらへの払いは大丈夫だな。〉
「この調子なら、まだあるだろう。しらみつぶしに探せ。」
命令した道犬の耳に屋外から怒号が響いた。
喧嘩でも始めたのかと道犬がうんざりした時、見張りに残して置いた者が屋内に飛び込んできた。
「お頭、騎馬武者が突っ込んで来た!」
〈畜生。油断した。〉
道犬は人っ子一人いない村の様子を見て、村人がこの村を捨てたのだと気を緩めていた。
そして、瓶一杯の銭が見つかった時に、道犬は警戒することを忘れた。
道犬はずっと金の工面をどうしようかと頭を悩ましてきた。
だから、大金を見つけた道犬は安堵してしまった。
いつもなら手練れの配下を見張りに残しておく道犬だが、村の略奪に優秀な配下を繰り出した。
子飼いの配下でない者たちに多くを渡したくないという気持ちがついつい働いてしまった。
敵を見つければ、その場ですぐに呼子を鳴らして知らせることぐらい分かっているはずなのだ。
見張りを命令した時にも、そんなことは繰り返し言っている。
だが、騎馬武者の突撃に驚き慌ててしまった配下は、道犬を呼びに屋内に飛び込んで来てしまった。
わずかな時間の差だが、生か死かを決めるには十分な時間だ。
騎馬武者が来るのを見た瞬間に呼子が鳴っていれば、門を閉じることができただろう。
門を破られても、集まった配下で槍衾をつくることも可能だっただろう。
いくつもの『だろう』が、道犬の頭をよぎる。
〈反省は後だ。今は、一刻も早く対処だ。〉
慌てふためく配下の頬を道犬は軽く張り飛ばす。
「急いで、呼子を鳴らせ。」
言うや否や道犬は、さっと屋外に出ると激しく音のする方に目をやった。
屋敷の垣根越しに道犬の目に飛び込んで来たのは、騎馬武者たちが盗賊たちを次々と殴り倒す光景だった。
呼子の音で三々五々と集まって来る配下たちは、騎馬武者たちの勢いを見て逃げ始めた。
すると、騎馬武者の後から現れた槍兵が次々と背中を見せた盗賊を叩き伏せる。
田畑から集まって来た配下の盗賊たちは、道犬のもとで応戦を始めようとした。
だが、相手の槍兵は精兵ぞろいらしく、道犬の配下の手向かいもむなしくばたばたと殴り倒されていく。
「お前ら、逃げるぞ。」
かなわないと見た道犬は垣根を跳び越し逃げようとしたが、前に騎馬武者が立ちはだかった。
見とれるような青い縅の甲冑を着た武将が馬上から道犬を冷ややかな目で見ていた。
「どこへ行く。おとなしくするなら命は助けてやろう。」
武将の言葉に怖気づいた道犬は武将のいる反対側へ走り出そうとした。
背中を見せた道犬に騎馬武者は、槍を真上から降り下ろす。
もんどりうって倒れた道犬は、意識が遠のく中、騎馬武者の声がこだまする。
「生きている者は残らず捕縛しろ。手当が無理そうな者はさっさと殺してやれ。木蓮、沙魚丸用に何人か裏へ追い立ててやれ。」
「若はお優しいですな。」
「気が合うな。儂もそう思っておったのだ。」
青空に雨情の楽しそうな笑い声が響いていた。




