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勘九郎、悩む

板木の音は、せっせと農作業に従事している三太と勘九郎の耳にもはっきりと届く。


村では、板木の叩き方を事前に決めていた。

一、ゆっくり鳴らすときは、村長の家に全員集まれ。

一、激しく鳴らすときは、緊急事態のため非戦闘員は一刻も早く逃げる。

一、激しければ激しいほど、家に戻って貴重品を取ることなど考えず、一目散に逃げる。


板木が今までになく激しく鳴り響く音に勘九郎は三太に叫ぶ。


「三太、すぐに裏山に行け。俺は皆に声をかけてから行く。急げ。」


三太が目を見開いて大きく何度も頷いたのを見た勘九郎は、田んぼから飛び出るとあぜ道を走り出した。



走りながら勘九郎は儀作に言われていることを思い出す。


「板木が激しく鳴ったら、お前は子供たちを連れて急いで城に逃げ込め。絶対に戦おうと思うな。子供たちを守ることがお前の使命だ。いいな。」


何度も何度も繰り返し言われた。

男も女も戦うのに自分だけ逃げるようで嫌だった。

後から村に入ったから除け者にされているのかと邪推したこともある。


あれはいつだったか、村が野武士に襲われた時、儀作の命令通り子供たちを連れて裏山に逃げた。

子供の親の何人かは、野武士と戦って死んだ。


救った子供の親から息も絶え絶えにかすれた声で言われたことを勘九郎は忘れられないでいる。


「あんたのおかげで、うちの子は助かったよ。ありがとうね。」


勘九郎の手に力なく手を置き微笑んだ親を見て、勘九郎は分かった。

〈弟の死を深く悲しむ俺だから、子供たちを救う役目がふさわしいということなのか・・・〉


貧しい村では、村人は協力しなければ生きていけない。

一人の勝手な行動が村を滅ぼす可能性だってある。

特に、村が襲われているような時は。


自分の子供を守るために勝手に持ち場を離れたら、薄くなった村の守りは押し寄せる略奪者たちにあっという間に破られ、彼らが去った後にはぺんぺん草しか残っていないだろう。


掟を破ってまで守ろうとした子供どころか、自らの命すら守れない。

一人一人がきちんと決められた役目を果たす。

小さな村が生き残るための最低限の決まり・・・


〈一人で千人を屠る英雄であれば、よかったのかな・・・。〉

親の死体にすがりつき泣き叫ぶ子供を見て、自分が死んだ方がよかったのだろうかと悩んだこともある。


農作業の暇を見つけて、若衆と槍や弓の訓練をしたがさほど強くはならなかった。

勘九郎は自分が取るに足らない普通の下人と分かった時、子供を一人でも多く逃がすと決心した。

その時から儀作の言いつけを命令と思わなくなった。


〈なんて鳴らし方だ。一体、何が起きてるんだ。とにかく俺は少しでも早く子供たちを連れて裏山へ逃げねぇと。〉


勘九郎は田んぼで働いていた子供たちに早く裏山へ行くよう叫んで回り、残っていた幼いスズを小脇に抱えて走る。


◆◆◆


さほど時間は経っていないはずなのに、村の者たちの槍を持つ手からは汗がにじむ。


そんな時、緊張を打ち破るように背後で大きな声がした。


「道を開けよ。儂だ。儀作だ」


槍をかまえた村人は、心の中でほっとするが、男から目を離さない。

油断した仲間は次々と死んでいったことを生き残った村人は知っている。


村人たちをかき分け、村の長である儀作はようやく男の前に出た。


「村に何の用事ですかな。荒事は避けていただきたいのですが。」


ぐったりとした三人の男に目をやりながら儀作は用心深く問うた。


「私は、常盤木家中の者で針間と申します。」


常盤木家と聞いて儀作は顔をしかめる。


「それで、針間様は村に何の御用ですかな。」


「ここでお話していいのか悩みますが、村のことですし、私が気にすることでもないですな。」


儀作にだけ聞こえる大きさの声で言うと、針間は三人の男を軽く足蹴にした。


「この三人は、こちらの村を襲うために村の様子を探っていた者です。邪魔なので、捕らえました。」


村人はざわめき、動揺したように隣の者たちと話を始める。


「黙らんか。」


儀作が一喝すると、一斉に静かになった。


「さすが、長ですな。今から村が襲われるにも関わらず、実に泰然としていらっしゃる。」


針間がまぶしいものでも見るかのように目を細める。


「修羅場にはそこそこ慣れておりますでな。ところで、常盤木家の方が鷹条の村に、なぜお知らせくださったので。儂の記憶では常盤木家は椎名様のご家中のはず。鷹条の領内に針間様がいらっしゃる理由をお聞きしても?」


「我らは鷹条様の援軍として参っております。その道中で怪しき者たちを見つけましたので、探りましたところ、こちらの村を襲うと言うではありませんか。慈悲深き我らが大将は、あなた方を救うとお決めになったのです。」


芝居がかったように話す針間に、儀作は疑問を感じる。


「なるほど。それはありがたいことですな。ですが、鷹条様と椎名様は犬猿の仲のはず。当村をお救いいただくのは何とも違和感があるのですが・・・」


「もっともです。我が大将は、こちらの村を救うことで鷹条の殿様に恩を売るおつもりなのです。ですので、何のご心配もいりません。」


「そういうことですか。具体的には、どのようにお助けいただけるので?」


「じきに盗賊がこちらの村を襲います。あなた方が村を守っている背後から我らが攻撃する、挟み撃ちと言うのはいかがですか?」


「残念ですが、村の男の大半は鷹条様の手伝いに村から出払っておりますので、戦えませんな。」


「それは、仕方ありませんね。では、どうされますか。我が軍は攻撃中に、村の方と盗賊を見分けるつもりはありませんが・・・」


〈村にいる者は見境なく殺すと言う意味か。〉

儀作は暗くなる心とは反対に、明るい顔をつくる。


「ご心配には及びません。裏山に城がありますので、今からそこへ村人は全員隠れることにいたします。」


針間はわざとらしく手を叩く。


「それは、よかった。では、早くお仕度ください。我が軍に誤って殺されないように・・・。ところで、私が嘘をついているとは思わないのですか?」


「そうですな。針間様は百姓と言うより大悪党と言う感じがしますでな。こんな小さな村を襲うほど暇な方には見えないだけです。」


「なるほど。変装には自信があったのですが、簡単に見破られてしまうとは、少々自信を無くしますな。まぁ、いいでしょう。私は、主君にこのことを報告に戻ります。この三人は差し上げますので、どうぞご自由に。では。」


作った様な笑顔となった針間は姿を消した。


安堵の息をついた儀作は振り返り、村人に指示を始める。


「急げ、かねてからの取り決め通り、城へ逃げるぞ。牛や馬もすべて連れて行くのだ。急ぐのだ。」


◆◆◆


山の城に入った儀作は村の年寄りや若衆とこれからのことについて話しをしている。


そこへ点呼を終えた村人が戻って来た。


「長、やはり権太と三太の二人がいません。」


「そうか。やはり、権太のもとへ行ったか。」


うーむと唸り声を上げた儀作は腕を組み、目を閉じた。


「三太は権太によく懐いっておったし、寝込んでおる権太を助けに行ったのだろう・・・」


山で採れた食べ物を三太にちょくちょくあげていた若衆の一人が口を開いた。

その後ろで男が叫んだ。


「俺に村に戻る許可を下さい。」


すっかり青ざめた顔の勘九郎がよろよろと歩いてきた。

勘九郎は三太を探して城の中を走り回っていたが、見つけることができず村人に三太のことを聞きまわっていた。


「勘九郎、盗賊どもがもう村の中にまで入っておる。今行ってもどうにもならん。権太と二人でうまく身を隠しておるよう祈るしかない。」


勘九郎は儀作の前に膝まずく。


「三太は、俺の弟みたいなもんなんです。だから、俺に三太を助けに行かせてください。お願いします。俺はもう弟を見殺しにしたくありません。」


「飢饉で死んだ弟によう似ておる三太をお前が可愛がっておるのはみんな知っておる。だが、今、村に入れば間違いなく盗賊どもに捕まって売り飛ばされるか殺されるかだぞ。」


儀作が勘九郎を説得する言葉に他の村人が続ける。


「あの盗賊は、見るからに手馴れておる。権太も三太も殺されはせんじゃろう。おそらく連れ去られて奴隷として売られるだけじゃ。」


「長の言う通りだ。連れ去られるだけなら、戦に出ている者たちが戻ってきたらあいつらの拠点を襲って取り返せばいい。」


「その通りだ。儂らの大半は、今でこそ百姓をやっておるが、もとは武士だ。あのようなコソ泥にやられっぱなしで終わらせんから安心しろ。」


周りにいる若衆たちも次々に勘九郎を説得する。


「しかし、俺は・・・」


うなだれた勘九郎が振り絞って出そうとした言葉を一人の女が遮った。


「やめときなよ。勘九郎さん。あんた、嫁取りも決まってるんだよ。それに、三太を救いに行ってあんたがどうにかなったら、三太が一番悲しむよ。」


女の言葉にがっくりと肩を落とした勘九郎を儀作が励ます。


「大丈夫だ。三太は運が良い。あの子が生まれた時から知ってる儂が断言する。間違いない。とにかく、お前の無駄死にだけは許さん。」


儀作の強い言葉に勘九郎は頷いた。


「よし。それでは、村の様子をしっかり見張るのじゃ。裏山に入ってくるものがいたら、手鐘を鳴らせ。他の者は武器を取り持ち場について待機じゃ。」


儀作の声に村人が活動を開始した。

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