霧の中の神社
〈あんなところに神社なんかあったっけ?〉
目をこらし神社を眺めていた沙魚丸は、ポンと手を叩き、鳥居の方へ歩みを進める。
「神社があるってことは、人が来てるってことだよね。とりあえず、神社に緊急避難しよう。もしかしたら、誰かいるかも。」
しーんと静まり返った山の中で自らの声で元気づけるように歩く。
鳥居の前に来ると、沙魚丸はマラソンのゴールテープを切った選手かのように両手を挙げ満面の笑みで鳥居をくぐった。
「着いたぁ」
鳥居の先には、のっそりと鎮座する蛙の狛犬が笑顔で乱入してきた沙魚丸をぎょろりと見ている。
〈おっ。蛙の狛犬ですかぁ。両蛙とも大きくて立派なお口。なんかかわいい。私は家に無事帰る。なんちゃって。〉
吽形蛙の口を両手でペチペチと叩く。
沙魚丸は心ゆくまで叩き終わると拝殿へ歩を進めようとする。
すると、今まで霧に包まれていた境内がサッと晴れていく。
鳥居から続く石畳は青石で造られたものらしく、零れ落ちる木漏れ日は水面の様に揺らめき石畳を優しく緑色に濡らす。
流造の茅葺き屋根を抱く拝殿は霧に光沢を得て黒く輝いているが、屋根の下の正面には光が届かず陰で塗りつぶされ、幻想的な光景が広がっている。
沙魚丸は、この世のものと思えない美しさに心を奪われ、フラフラと拝殿へ近づいていく。
どこからともなく落ちて来た椎の実が沙魚丸の頭頂をこつんと直撃する。
「いった。」
痛さに我に返った沙魚丸は、目の前に垂れ下がっている鈴緒をしっかりと握りガランガランと鈴を鳴らす。
道すがら見つけた自動販売機で帰路に使おうと決めていた100円をポケットから取り出しグッと握りしめると、勢いよく賽銭箱に投げ入れた。
〈いつも五円しか入れない私の本気を知ってください。神様。〉
しかし、『断る』と言わんばかりに100円は賽銭箱にぶつかり拝殿の中に飛び込んでいった。
〈ありゃりゃ、気合入れすぎたかな?ま、中に飛び込んでいったからオールオッケーですよね、神様。無事に帰れますように!〉
心の中で神様に親しげに話しかけた沙魚丸は、勢いよくブンブンと二礼し、二拍手を高らかに響かせた。そして、ピシッと直立姿勢をとり静かに一礼をする。
一礼後に手を合わせ、無事に帰れるように神様に念を押していた沙魚丸は目の前が急に真っ暗になり、遠のく意識の中で社の中に吸い込まれていることを感じていた。




