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盗賊参上

「道犬さん、戻らんぞ。」


道犬と呼ばれた男の足下には、蛾の死体にたくさんの蟻がたかっていた。

腐ってボロボロになっている荒れ寺の濡縁に座った道犬と呼ばれた男は、蟻の群れをぼんやりと眺めながら頭を悩ませていた。


道犬からの返事をもらえなかった男は、不機嫌さを隠しもせず道犬に一歩足を踏み出した。

その男の足は死体に群がる蟻を踏み潰した。


「俺たちは蟻と同じか・・・」

泥で汚れた男の足を見ながら道犬は呟く。


「道犬さん、早く決めんと・・・」


「分かっとる。」


決断を迫る男の声に道犬は生返事を返した。


道犬は傭兵の(かしら)である。

鷹条領内のとある村で百姓をやりながら傭兵をしている。


鷹条家に雇われ、合流地点に向かっている途中で村を発見した。

道犬は荒れ寺で傭兵に休息を取らせている間に、村の様子を手下に探りに行かせた。


だが、手下が帰ってこない。

それも、三名。


このまま、手下が戻ってくるのを荒れ寺でじっと待っているわけにはいかない。

合流地点へ向かわなければいけないが、今すぐに決断するのなら村を襲うぐらいの時間はある。


〈払いがしょぼいくせに時間にうるせぇんだよな。〉

腕時計のような便利なものはなく、庶民は太陽の位置で大体の時間を図っていたため、分単位での約束というのはありえない。

だから、ある程度の遅れはごまかせる。


〈今回の稼ぎだと、手下への払いが全くと言っていいほど足りねぇ。〉

金のことで頭を痛める道犬は、鷹条の傭兵との窓口を務める役人との会話を思い出す。


畑仕事を手伝っていた道犬は鷹条の役人からの呼び出しを受けたため、見た目がましな着物に着替え役宅に向かった。


道犬は役宅の庭へ通されると、土下座となり、その役人が現れるのをじっと待つ。


しばらく待っていると、縁側を踏み抜くかと思うほどの大きな足音がしたかと思うと、道犬の前に座る音がした。


そして、いきなり声がした。


「道犬。お前のところには何人いる」


挨拶も無く用事を切り出されるのはいつものことだから慣れてはいるが、だからと言って好きにはなれない。


ある日、どうしても手が離せない用事があったため、若い手下を役宅へ行かせたら死体になって帰って来たことがある。


〈『何度も聞き返すので、無礼討ちにした。』と言われた時には、ぞっとしたぜ。こいつにとっちゃぁ、俺たちなんか虫以下なんだろうがな。しかし、相変わらず、話に脈絡がねぇ。〉

道犬は心の中で嘆く。


「へい。五十名ほどおります。」


「足らんな。此度は守護様にご出馬いただく戦となる。後、五十は欲しい。」


「他の頭に言えば、集まりますが・・・」


「では、すべて連れて参れ。」


「その頭たちを後ほど、こちらへ伴えばよろしゅうございますか。」


「いらん。頭は、お前がするのだ。すべてお前の配下とせよ。」


「それは、・・・」


道犬は冷たい土を見ながら、土の温度よりも自分の体が冷えているのが分かる。


冷たい汗をかきながら、次の言葉を口から出すか出さないか逡巡する。


〈さすがに、俺をいきなり殺しはしねぇはずだ。〉

覚悟を決めた道犬の声は緊張のせいか、少しかすれている


「大変申し訳ございませんが、先代様と同じ金額をいただけませんか。」


沈黙の後、役人の冷たい声が道犬に返って来た。


「貴様、御当代様のやり方に文句があるのか。」


道犬は額を地面にこすりつけ嘆願する。


「とんでもございません。今の代金で他の頭が抱える傭兵をあっしの配下として連れて行くのはむずかしゅうございます。後生にございます。どうか、ご配慮をお願いいたします。」


役人の発した憐れみとも侮蔑とも言えない声が道犬の頭上へ降ってくる。


「道犬。お前は工夫が足らんのだ。先代様がお決めになった金額はもう随分と古くに決められたものだ。だから、我らがわざわざ見直し算出してやったのだ。もし、この金額で足りないと言うのであれば、お前に問題があるのだ。分かるか?」


〈何を言いやがる。先代様が金額を決められたのはほんの数年前じゃねぇか。〉

道犬が歯を食いしばっていると、チャリンと音がした。


役人が土下座をしている道犬に銅銭を投げたのだ。

銅銭を数枚。

今の日本円で二、三百円と言ったところだろう。


「私も鬼ではない。わざわざ今日ここまで来た分の駄賃はくれてやろう。それからな。」


役人が言葉を止めた。

少し震えている道犬を愉快そうに眺め、口を開いた。


「お前がやらないのであれば、他の者に申し付けるだけだからな。嫌ならやらんでよい。では、文句が無ければ、細かい点は追って知らせる。」


甲高い笑い声を上げながら足音高く役人が遠ざかっていく。

だが、道犬の耳には悔しさで破裂しそうな血管の音が響いていた。


道犬は役宅から帰った後、稽古場の木を相手に役人の名前を罵りながら木刀を振りまくった。

〈誰が好き好んで、てめぇらがよこす赤字仕事をするか、ボケが。足下みやがって。全部、てめえらが戦をするせぇじゃねぇか。〉



戦が増えるにしたがって、農村は荒らされ食うに困った百姓が増えた。

彼らは、傭兵仕事に手を出し、さらに農村は荒れる。

そして、雇う側は安く傭兵を雇えることとなり、さらに戦が増えた。


道犬の元にも食い詰めた百姓が増えた。

手下が増えた分、道犬は仕事を選べなくなっていった。

手下を食べさせるために嫌な仕事も受けざるを得なくなっていたのだ。


〈この村は鷹条領内の村だし、この村から分捕れば、あの木っ端役人への仕返しにもなるな。それに、ここで少しでも稼いでおかねぇと、俺たちの分の稼ぎが足りねぇからな。〉


道犬は迷いに迷った末、決断した。

慎重な道犬は普通の状態であれば、心配事を抱えたまま村を襲う決定などしない。

だが、稼ぎの少なさが道犬の冷静さを奪った。

戻らぬ三人という不安要素があるにも関わらず、このまま鷹条の軍に合流するよりは農村を襲うことを決断した。

彼らは、傭兵から盗賊へと姿を変えた。


◆◆◆


だが、村を襲った盗賊たちは、いつもと勝手が違うことに戸惑う。


村の周囲を窺い、村に近づいても何の手ごたえも無い。


盗賊たちが今まで襲ってきた村では、槍や刀を手にした村人たちが必死の形相で村への侵入を許すまいと攻撃をしかけてきた。


しかし、この村は早々に全員が逃げ出したらしく、人っ子一人おらず、馬や牛の鳴き声も聞こえない。


「ちっ、逃げられたか。」


道犬は吐き捨てるように言った。


略奪の一番の目的は人である。

さらった村人を奴隷商人に売るのが一番金になる。


であるのに、人っ子一人いないのだ。


「お頭、どうしやす?」


盗賊たちが集まって来て、不安そうに道犬の指示を待っている。


〈金目のものがなかったら、承知しねぇぞって目だな。この目になったら、こいつら言うことは聞かねぇしな。〉


道犬の指示を守る集団にするために、道犬は多大な労力を費やした。


基本は、飴と鞭である。


言うことを聞く奴には、取り分を多くしたり、全員の前で褒め自尊心を満足させたりと厚遇を施した。


逆に言うことを聞かない奴は、棒叩きや鞭打ちなど肉体的な罰を与えたり、牢に入れて飯を抜いたりとしたが、それでもダメな奴は殺して首を門前に晒し、逆らうとこうなると見せつけた。


そんな苦労が実り、今では道犬の指示のもとに動く傭兵となった。


だが、盗賊になった彼らは縛りが外れてしまう。

自分の取り分を増やそうと道犬の命令など聞こえなくなる。


彼らの欲望を十分に満たすだけの取り分を与えなければ、無能な頭として道犬は配下から報復される。


何も無かったね、じゃぁ帰ろうかで済まされるほど、道犬の立場は甘くない。

まさしく、飢えた者たちの頭であり続けるのは命がけなのだ。


「よし、半数は稲を刈り取れ。他の奴はしばらく様子見をしろ。村人が戻ってくるかもしれん。お前たちは村の中をざっと見てこい。」


奴隷というお宝を持ち帰ることは無理そうだが、何かあってくれと願い、道犬は飢えた目をしている配下へ指示を下すのであった。


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