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かくてサイは投げられる

〈よし。これで、物見が来るまでに源之進さんに相談できるわ。〉


戦のど素人と言うよりは、殴り合いのケンカをしたことのない沙魚丸にとって、雨情の質問は最初から考える余地すらないものだった。


頼りになる誰かに相談する。

そのために、沙魚丸は時間稼ぎをしたのだ。


だが、沙魚丸の心中などお見通しとばかりに雨情の返事は沙魚丸をさらに追い詰めるものだった。


「物見は全員、活動中だ。だが、安心せい。物見の話は儂が全て聞いておるから、儂を物見と思い何でも聞くがよい。」


そう言った雨情は、立ち上がり沙魚丸の背中をバシバシと叩く。


「沙魚丸よ、実によい心がけだ。戦場では、どうしても浮き足立つからな。そんな中で、知らせを持ってきた者に再確認をすることは、聞き漏れを減らす。お前とは久しぶりに会うが、いつも一言もしゃべらぬし、阿呆かと思っておったが・・・。うーん、やはり少しは見直さんといかんのかな。」


雨情の言葉の最後の方は独り言に近く、沙魚丸の耳には届かない。


それよりも、沙魚丸はがっちりと痛みを感じていた。

〈痛いよぉ、何でみんなこんなに勢いよく叩くのよ・・・。鎧か。鎧を着ているから痛くないと思ってるのね。鎧を着ていても、全然、痛いです。〉


叩かれたことがきっかけなのか、沙魚丸に過去の記憶がよみがえってくる。

前世での業務応援で行った先でお世話になった何人かの上司のことを。


〈間違えてもいいから、思う通りに言いなさいって言う人いたわ。とっても優しい笑顔で聞いて来るから、調子に乗って思った通りに返事したら、途中から般若顔になって、なぜか怒られるのよ。そう、『俺の考えと違う!!』って怒り出すのよね。〉


沙魚丸は前世にあった理不尽なことをふつふつと思い出す。

その中で、異色な人がいたことも。


〈あれ、そういえば、一人だけ変な人がいたっけ。その人の考えと私の意見の違いを比べて面白いアイデアを創った人。あの人とは言いませんが、女神様、どうか、叔父上が怒る人ではないようお願いします。〉



そして、沙魚丸は悩む。

ここで返事を間違えれば、あの力でまた叩かれるかもしれない。

いや、それ以上の何か悲惨なことが待ち受けている気がする。


追い詰められた鼠は猫を噛むと言う。


何かないかと沙魚丸は顔を動かさずに目だけをぐるりと動かす。

雨情に悟られないように。


沙魚丸の目は地図をとらえた。


〈これよ!〉

手の平を上に向け地図を指し示す。

接客マナー講師直伝のポーズを取った沙魚丸は、胸を張ってドヤ顔で話す。


「叔父上、地図に何かを書かれているようでしたが、それを使ってご説明いただけませんか。」


「本当に笑わせる。木蓮、どうだ、こやつは。儂が書き込んだ地図で説明しろと言ってきよった。目端がききよる。」


雨情が嬉しそうに木蓮に話すのを見て、沙魚丸は胸をなでおろす。


〈よし、助かったぁ。〉

そう思った沙魚丸の頭上に雨情の大きな手がズシンと落ちて来た。


「その小賢しさは誉めてやろう。さて、村の名前は、大木村と言う。規模は、戸数からすると百名前後の村のようだ。盗賊の正体は、実は鷹条の軍に向かう傭兵らしい。数は、およそ百。奴ら鷹条の軍に合流する前に村に押し入って村人を奴隷にし、村の財を根こそぎ奪う計画らしい。さて、どうする?」


大木村らしきぐるりと丸く囲ってあるところを雨情は指さし説明した。


〈そんなの無視して行きましょう、の一択に決まってるはず・・・。だって、本軍のルートの方が短いって言ってたよね。急がないと間に合わないでしょ。個人的にも危ないのは嫌だし・・・。でも、何で叔父上はこんな質問をするの?ひっかけかしら?わかんないよー。〉


沙魚丸は悩むふりをして、首を回した。

前世であれば、ボキボキと音がする首だったが、転生してからは実にスムーズに動く。

地味に嬉しい。

だが、今はその喜びに身をひたしている場合ではない。


沙魚丸の目は小次郎の胸でピタリと止まった。

小次郎は、胸の前でこっそりと親指を立てている。


そう、さっき小次郎に怒られた時にサムズアップのことを説明したのだ。

『あれは、了解とか嬉しいと思った時に使う手振りです。』


申し訳ない気持ちで説明したことを思い出し、小次郎がこっそりと手助けしてくれていると沙魚丸は分かった。


〈『私の気持ち通りにしなさい、応援します!』なんて意味ではないよね・・・。叔父上の質問に、いいね!をするってことは、やっちまぇーなのね・・・。うふふ、小次郎さん、そういう時は逆さまにする方がいいと思うわ。そうよね、この人たちは修羅だったわ。もう、笑うしかなないわ、あははははぁぁ。〉


心の中で絶叫しながらも、沙魚丸はキリッとした顔を雨情に向けた。


「盗賊を攻めます。こてんぱんにしてやりましょう。鷹条の傭兵と言えど盗賊に変わりはありません。三日月家の兵が偽っている可能性もありますので、このまま通り過ぎた後で、背後を取られるのは避けたいと考えます。」


〈私を危険にさらす者に何の同情もないわ。すべて無に帰してやる。〉

もはや、やけくそとなった沙魚丸である。


雨情がほんの少し驚き、口が裂けるほどの笑顔となった。


「そうか。大将殿の言うことには逆らえんな。では、蹴散らしやろう。付け足すとすれば、ここは鷹条の領内の村だから、後で海徳に村を盗賊から救ってやったぞといい顔ができるぐらいか。という訳で、村のものには一切、手出し厳禁だ。兵には徹底しておけ。」


機嫌良く頷いた雨情は、地図を指さす。


「よいか、ここが村の正面入り口で、裏口は二ヶ所。こことここだ。沙魚丸には五十の槍兵を預けるので、こちらの裏口を攻めろ。儂は正面から突撃する。もう一方の裏口は村人が守るはずだから近寄るな。何か聞きたいことはあるか?」


〈この地図は、叔父上が描いたのよね。なかなかうまく描けてるわ。ちょっとジェラシーを感じるかも。ダメダメ。絵のことより戦よ。〉


地図を見てブツブツ言っている沙魚丸を源之進は見つめ思い至った。


〈もしや、沙魚丸様はどのように攻めるのかをかんがえていらっしゃるのか。であれば、私が少しでも情報を雨情様から聞き出さねば。〉


沙魚丸に期待をかけている源之進が口を開く。


「雨情様。別の裏口について、もう少しお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。」


少し考えた雨情が話し始めた。


「物見は、この裏口は裏山に通じていると言っておる。問題は、この裏山だ。正面から見るとただの山にしか見えないらしい。だが、物見の勘によると、間違いなく城らしきものがあると言っておる。ちなみに、この物見は我が軍で最も優秀な物見だ。」


沙魚丸の耳がピクリと動く。

〈ほほう。それは見たい。話からすると、小規模な山城だろうけど、どんな擬装をしているのかしら。見に行きたいと、私の魂が叫んでいる。あぁ、でも血みどろの城なんて見たくない。〉


城マニアの沙魚丸は、廃墟となった城で楽しく妄想するのは好きだが、実際に城攻めを楽しみたいわけでない。


沙魚丸が心の中で遊んでいる時、源之進は沙魚丸のために頑張っている。


「村の城ですか。ということは、村人は城に逃げ込むというお考えですか。」


「それがな、村の中に男の姿があまり見つからぬらしい。通常の村とは考えない方がいいかも知れん。そのへんは突入してから考えればいいだろう。」


〈やってから考えよう作戦ね。私も得意です。もしかして、叔父上とは相性がいいのかも・・・〉

沙魚丸は二人の考えを聞きながらうんうんと頷いているが、自分でも何かズレている気がしないでもない。


「雨情様。盗賊の生死は?」


「捕らえよ。だが、あまり手向かいがひどい者は、容赦せんでもいい。」


「攻め込む時は合わせますか?」


「いや、儂らが突撃した後に攻め込めばよい。儂らがすべてを終わらせる前に来て欲しいとは思うがな。」

さらっと嫌味を言う雨情。


「私たちには、軍神から加護を授かった沙魚丸様がいらっしゃいますので、雨情様のご活躍をすべて奪ってしまうかもしれません。」

ニヤリと源之進が笑う。


「それは楽しみだ。」

雨情がニヤリと仕返す。


〈源之進さん、何を言い出すの。いつも紳士的なあなたが、何でそんな攻撃的な態度になってるのよ。〉

沙魚丸は悲鳴を上げそうになる。


突然、哄笑を始めた雨情が沙魚丸の頭にドンと手を置いた。


「小僧。お前の初槍じゃ。いずれにしろ我が甥の手柄を楽しみにしておる。源之進、こやつがちびらぬよう頼んだぞ。」


「お任せください。では、ご武運を。」


不敵な笑みを浮かべる源之進を見た沙魚丸は痛さを忘れぶるぶるッと身震いした。

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