確執
沙魚丸は困惑する。
〈源之進さんの話からすると、どの領内も潤っている様に聞こえなかったよね。それに、西蓮寺家に横領がバレたら危ないと思うし、何より椎名だけが悪いことしていることにするって可能なの?単純な私としては、三家で手を組んでいた方が、西蓮寺家を騙しやすいと思うんだけど・・・。うーん、分かんない。〉
「清久様は、どうして鷹条と佐和の二家から切り捨てられたのですか?」
悩むのに疲れた沙魚丸は、源之進に答えを求める。
〈社長からは、疑問があったら自分の中で答えを出しなさいって言われたわねぇ。そんなん無理って顔をしたら、悲しそうな顔をした社長が言ったっけ。せめて、少しでも考えてから聞くようにしてって。源之進さんにすぐ答えを聞いてないから、セーフよね!〉
沙魚丸の疑問に、源之進はまさしく聞いて欲しかったと言うような顔となる。
「清久様は領民のために動いたのです。飢饉に備えるための食糧の準備、農業生産を上げるための灌漑や治水などの土木工事など、領民が飢えない国を目指されました。」
「ご先祖様は素晴らしい方だったんですね!」
「清久様は、沙魚丸様の曾祖父にあたられるお方です。私も直接お会いしたことはないのですが、古老たちは清久様のことを嬉しそうに語ります。」
〈沙魚丸君の曾祖父ってことは、ひいおじいちゃんね。それにしても、曾と會って似てるわね・・・。また、余計なことを考えてる。どうでもいいわ。>
「師匠もご領主となったら、目指されて欲しい治政ですな。」
集中力の続かない沙魚丸の耳に次五郎が小次郎に話す声が聞こえる。
「清久様が行ったことが二家には悪影響を与えたのです。清久様は、百姓は国の礎と考え、百姓が飢えないようするためにはどうすればいいかと考えられました。西蓮寺家の守護代として年貢の徴収率を変えることは許されておりません。そこで、年貢を徴収するための升を小さくしたのです。」
「升が小さくなると、量が少なくなりますよね・・・」
「今まで使っていた升より小さい升で量ればいいとなったのですから、年貢の量が減った百姓は喜びました。」
「どこにも悪影響が見当たらないのですけど・・・」
「升は、椎名の領内だけ小さくなったのです。その話を聞いた二家の領内に住む百姓が村を捨てて、椎名の領内に逃げ込み始めました。荒れ果てた村を見た二家の当時の領主は烈火のごとく怒り、清久様へ百姓の返還と升の大きさを戻すように求めました。」
「清久様は、百姓の返還に応じたふりをして実行しませんでした。国に戻った百姓がどのような仕打ちにあうかを心配されたのでしょう。それに、升の大きさを変えることもしませんでした。それどころか、二家にも升の大きさを変えるよう説得したのです。」
「それで、どうなったんですか。」
「二家は、清久様を西蓮寺家により処罰してもらおうと考え、訴えたのです。」
「あー、なるほど。」
〈でも、二家の気持ちも分からないでもないかなぁ。ひいおじいちゃんがやってることは立派なんだけど、された方からしたらふざけんな、おい!だよねぇ。二家も領民のことを考えて横領とかしてるわけだし。うーん、悩ましい。〉
顔をしかめ考える沙魚丸に次五郎が話しかける。
「師匠。清久様は、他家では大悪党となっていますよ。特に鷹条では、領地の税収のほとんどを奪われたとか、村に住んでいた者が全てさらわれて奴隷にされたとかね。俺たちが子供のころから延々と昔話に聞かされますからな。」
「えぇ、本当に?」
驚く沙魚丸に次五郎は肩をすくめる。
「実のところ、自分たちがやったことを全て清久様に押し付けているだけの話なのですけどね。うちの殿様は、清久様と違って全部自分の懐に入れていたって話ですよ。まぁ、ある程度の身分の者にとっては常識ですが、長年に渡って延々と聞かされてるせいで庶民のほとんどの者はそう信じていますな。」
一旦、言葉を切った次五郎は馬の首を撫でながら、皮肉気に笑った。
「傑作なのは、鷹条の代々の当主は椎名から受けた恨みを忘れないと触れ回っているのですよ。領内で何か失政があったとしても、椎名への敵対心を煽れば、領民は椎名への憎しみからその失政を忘れ矛先を椎名に向けるのですから椎名様々なのです。」
次五郎の話を聞いて、沙魚丸は鷹条への憎しみが湧くというより悲しくなった。
〈要するに私腹を肥やしてたってパターンね。それに、前世では偉い人たちに騙される方だったからなぁ。庶民ってチョロすぎって言われてるようで涙が出ちゃうわね。でも、そういうことをしてると、後でバレた時の反動が怖いと思うんだけどなぁ。上に立つ人ってバレた時のことは考えないのかしら。〉
次五郎の言葉に考え込む沙魚丸に源之進が話し始めた。
「鷹条と椎名は、今ほど仲が悪かったのではないのです。ここまでになったのは、清久様が突然お亡くなりになってしまったことが原因です。椎名家が動揺した隙をつき新しく開墾した田や畑は、二家と言うより鷹条にほとんど奪われてしまいました。」
「何ですか。それは。鷹条の悪辣ぶりがすごいですね。」
「それだけではないですぞ、師匠。源之進殿は、鷹条家配下の俺に遠慮して下さってるようなので、俺からお話しましょう。清久様は闇討ちされたと言われているのです。それも鷹条の手にかかって。」
二の句が継げない沙魚丸に次五郎が話を進める。
「鷹条が手を下したかどうかは分かりませんが、清久様が西蓮寺家へ釈明に行く都への道中で何者かの手によって付き従っていた兵共々皆殺しにされたことは事実です。そして、その噂を鷹条は否定せず、清久様は悪逆非道のため、天罰を受けたのだと触れ回ったことも事実です。」
「次五郎殿の申される通りです。清久様のことは非常に悔しいと椎名の者は皆思っております。ですが、騙された方が悪いのです。騙されて死ねば、全てが終わりです。沙魚丸様は、これから領主となり、家臣や領民を持つお方です。もし、民を守ろうとするお気持ちがあるならば、騙されて命を落とされるぐらいなら騙して生き残ってください。それが、沙魚丸様を慕う者たちにとって一番嬉しいことなのです。」
沙魚丸は唐突に分かった。
源之進の優し気な笑顔には、たくさんの哀しみが詰まっているのだと。
「分かりました。私は必ず生き残ります。」
沙魚丸の誓いの言葉に源之進は嬉し気に微笑んだ。
「さて、龍禅様ですが。」
「はい。」
「実は、都で大乱が起きてから守護在都の原則は有名無実化しております。そのため、守護は領国の支配を確立しようと国へ戻ろうとしております。西蓮寺家の本国は高穂の国ですので、当主は高穂へ戻られました。稲柵の国には、ご当主の実弟様が兵を率いて入国されたと聞いております。」
「ほほう、そうだったんですな。いや、源之進殿は本当によくご存じだ。こちらの一行に入れていだたき、俺は実に幸せ者ですな。」
楽しそうに話す次五郎に源之進も嬉しそうに応じる。
「私も次五郎殿のような勇者と胸襟を開いてお話できる幸せを嚙みしめております。」
<男同士って、何だかいいわねぇ。>
生温かい目で見つめる沙魚丸に気づいた源之進が咳払いをして話し始める。
「さて、我ら下房の国ですが、椎名家に手綱をつけると言う名目で、龍禅様がわずかな供回りだけで下向されました。実際のところは、下房の国の統治を西蓮寺家に取り戻すためにお越しになったのでしょう。そして、鷹条の領地内に屋敷を構えられました。」
「えっ、そうなんですか。」
驚く沙魚丸へすかさず次五郎が話に入ってくる。
「鷹条でも龍禅様のお屋敷に近づくのは禁止されていますね。屋敷内は、西蓮寺本家から連れて来た者しかいないらしいですよ。そういえば、うちの馬鹿殿は、毎日のように龍禅様のお屋敷に通っていると、養父がぼやいていましたなぁ。」
「龍禅様は、武力を海徳様に頼っていらっしゃいます。そのため、海徳様に譲歩しつつ行動されるのだろうと椎名は見ておりますが、次五郎殿はいかがお考えでしょう。」
「はっはっは。そういう質問は、非常に困りますな。何といっても極秘事項ですし。とは言っても、今は師匠の下についておりますから、ギリギリの範囲で申しましょう。此度の戦は、西蓮寺家を裏切った三日月殿を龍禅様が懲らしめることになっておりますが、実際は馬鹿殿が裏で何か企んでいるようです。」
「具体的にお聞きしても?」
「申し訳ない。俺はなぜか、そういう密議に呼ばれないのだ。前は少しは呼ばれていたのだが、十六夜と言う軍師が来てからは全くなくなったな。俺は、決して馬鹿ではないのだがな。謎だ。」
不思議そうに頭を捻る次五郎を見て、沙魚丸は自らの感情を悟られないように、そっと目を閉じた。
〈いや、あなた、海徳さんに嫌われてるからじゃないかな。〉
「沙魚丸様、軍議を開きます。至急、雨情様のもとへお越しください。」
目を閉じていた沙魚丸の耳に雨情からの使番の声が不意打ちのように駆け抜けた。




