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横領

「龍禅様のお話をする前に、知っておかなければいけないことがあります。」

源之進は、指を一本立てた。


「法で定められているわけではないのですが、幕府創設時より暗黙の原則となっている決まりがあるのです。」


源之進の真面目な表情に、沙魚丸は大きく頷く。

すると、沙魚丸の周りにいる誰もが首を縦に大きく振った。


沙魚丸は、思わず首を捻る。

ちなみに、彼らの一糸乱れぬ動きに感動したからではない。


〈ちょっと待って。あなたたちは知ってなきゃいけない話じゃないの。だって、あなたたちの総元締め(幕府)の話でしょ。〉


沙魚丸が一様に頷いた彼らに疑問を抱くのも仕方がない話である。

なぜなら、前世の沙魚丸は当たり前のように知識を与えられてきたが、この世界で知識の習得は難しい。

特に高度な知識を得ようとするのは、並大抵の苦労では済まない。


この世界の知識階層の主役は僧侶である。

公家も知識階層だが、雲上人なのでここでは考えない。


僧侶は、小学校の先生から大学や大学院の教授の役割を果たしている。

都にある寺はたくさんの宗派に分かれ、悟りの道を追求する者がいる一方で、世の(ことわり)を探求するために仏門に入った僧侶もいる。

村に寺を構えている僧侶は子供たちに読み書きから始まり仏の教えや和歌、物語などの文学的なことを教えている。

いろはで始まるひらがなを中心とした教えのため、漢字を自由に扱える者は珍しく、漢字で知っているのは自分の名前のみと言う者が多い。


そんな世界だからこそ、自分たちの生活などに関係する法令を知っていても、関係のない法令など初めて聞く話と言うのが普通なのだ。

必要の無い知識を習得するために都に行って、僧侶の教えを乞う時間を持つ者は稀である。


源之進がこのような話を滑らかに語れるのは、傅役という役職以上に新たについた御役目の影響が大きいが、その話は本人より別の機会に語られるであろう。


「守護は都にいなくてはならないという決まりがあり、これは、一般的に守護在都制と言われております。」


「そう言われれば、鷹条の領地に守護屋敷なるものは、どこにもなかったですな。」


次五郎は納得顔で頷いている。


「ええ。三家のどこにも、ありませんでしたね。年に一度は西蓮寺本家のある都へ必ず出仕することが決められておりますし。」


「西蓮寺本家に何をしに行くのですか?」


〈電車も車も無いから大変だろうに・・・、手紙とかではダメなのかな?〉

不思議に思った沙魚丸は源之進に尋ねてみる。


「当初は領国内の報告と相談をしに行くのが主な目的でした。今は、税を納めに行くのが主な目的となっており、報告も守護代の代理が行っております。」


「なるほど。守護代々ですね。」


なかなかうまいことを言ったんじゃないと表情に浮かべて周囲を見渡すと、なぜかシーンとしている。


そして、沈黙を打ち破ったのは、やはり次五郎だった。


「へっ、守護代々って、普通、思っても口に出せねぇ。やっぱり師匠はただ者ではないですな。こうやって。全員を黙らせるのですから。」


こめかみを押さえながら、次五郎が言う。


「えっ、次五郎さんに分かったんですか。あなたには絶対に分からないと思ったんですが、やはり私の感性が並じゃないってことですね。」


沙魚丸のドヤ顔にポカーンとした顔となった次五郎が呟く。


「凄い。凄すぎますな・・・」


調子に乗った沙魚丸は言葉を重ねる。


「守護代とは、守護の代わり。分かりました。だから、守護代が領国を統治するのですね。」


沙魚丸は手を叩いて明るい顔を源之進に向けた。


「はい。そう考える人もおりますし、守護代官のことと考える人もいます。」


源之進の表情は、変わらず優しい。


「守護代と守護代官は違うのですか?」


快進撃が終わってしまったことを残念に思いながら、沙魚丸は違いを知りたかった。


「私の考えを申し上げます。代官と言うのは、()()()()()を統治するために置かれた役人のことです。守護代は、()()()()()に守護の代理をする者です。ですから、守護代官と言う言葉自体がおかしいのです。とはいいつつ、一般的にはどちらの意味でも使われておりますので、気にしないでください。」


「了解です。」


沙魚丸は、源之進に親指を立てた。

前世で言うサムズアップをする沙魚丸に不思議そうな表情をする源之進に、小次郎が慌てて声をかける。


「父上、沙魚丸様は、今、鳥が上を飛んでいるので、フンが落ちてくるかもしれないとお考えになり、気をつけて欲しいと親指を立てられたのです。」


源之進は、空を見た。

非常に幸運なことに鳥の編隊が上空を通過しており、その中の一匹が発射したフンが見事に命中し、次五郎が悲鳴を上げた。


「うわっ、なんだ。鳥のフンじゃねぇか。」


次五郎が騒いでいる様子をじっと見ていた源之進は、破顔して沙魚丸を見た。


「ありがとうございます。沙魚丸様。次は次五郎殿にも教えてやってください。」


「はい。そうします。」


沙魚丸は、ニコッと笑い小次郎へ目を向ける。

小次郎がため息を吐きながら首を横に振っているのが見えた。


〈ごめんね、小次郎さん。つい、やっちゃった。気をつけます!〉

心の中で謝る沙魚丸であった。


「この体制も長続きはしませんでした。守護代の三家の力が領国内で強くなっていったからです。三家はこっそりと示し合わせて、本家に隠れて、新田開発や新たな特産品の開発を始めました。」


「ダメなんですか?」


「はい。領内で新たなことを行うのは本家のお許しが必要なのです。しかも、そこからの収益はすべて自らのものとしました。これに西蓮寺家はまったく気がつきませんでした。バレなかったことに増長した三家は本家に送るべき税金の内、何割かを自らの懐に入れ始めたのです。」


源之進が誇らしげに語るので、そのまま聞き流していきそうになるが、沙魚丸は思わず声を上げた。


「それもダメですよね。」


「はい、ダメです。世に言う横領と言うやつです。」


「でも、源之進さんの話し方はダメなことに聞こえないんですけど・・・」


「やらなければ、領民は本家にすべてを持って行かれて飢えて死んでいたでしょう。それほど、本家の税が過酷だったのです。」


前世で給与明細を見る度に社会保険料も含めた天引き額を見て、手取りの少なさに嘆いていた沙魚丸だが、西蓮寺家の税金は7~8割を持って行くと聞いて、

<じゃぁ、仕方ないのかな。>

と気持ちは必要悪へ傾く。

そして、凶作の場合は、()()()()()()()()()()()()()()()()と聞いた時、必要悪を肯定した。


〈300万の給料をもらったとして、7割税金で持って行かれて、手元に残るの90万円かぁ。すっくな。

90万円を12か月で割ると、月に7万5千円って、実家暮らしじゃなきゃ無理でしょ。

凶作の場合は、60万円のボーナスが無いって考えようかな。

すると、240万円の給料で、引かれるのは同じ額の210万円だから、残るのは30万円。

月に使えるのは、なんと2万5千円。

いや、無理でしょ。通勤代と携帯代を払って終わりって、そんなの嫌よ。〉


経理をやっていた沙魚丸は無駄に計算が早いため、脳内でのシミュレーションをもとに税を横領する方へ積極的に加担することを決める。


源之進の説明で衝撃的だったのは、凶作の時は、親は子供を進んで売ると言うことだった。


そうした方が、村に残って餓死するよりも売られた先でご飯を与えられ生き残ることができると親は考えるらしい。


〈前世も政治が悪いだの何だのと色々とあったけど、ご飯は食べれていたから、ここよりはマシだったのかな。うーん、いや、餓死と比べるのは、ちょっと違うかも。〉


沙魚丸が前世との違いに悩んでいると、源之進の言葉に我に返った。


「しかし、三家の内、二家、鷹条と佐和が手を組み、当時の椎名家当主の清久様を、税を横領したり土地の有力者たちと勝手に婚姻関係を結び独自勢力の拡大を図っていると西蓮寺家へ訴え出たのです。」

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