お駒の絵
ご愛読いただき、ありがとうございます!
沙魚丸を取り巻く状況や過去の説明となります。なるべく分かりやすく書いてみたのですが、分かりにくければごめんなさい。一応、図も用意してみました。もし、質問とかありましたら教えてください。
沙魚丸は愛馬烈風の背に揺られている。
横には背筋を伸ばした源之進が颯爽と歩く。
〈さずが、髭イケオジね。歩く姿もセクシーだわ。〉
オジサマを描く担当のイラストレーターとして研鑽を積んで来た沙魚丸にとって、セクシーな中年男性がいるだけで拝みたくなる。
そんな超優良物件が、沙魚丸の質問に答えるために、わざわざ馬を降り烈風の横で歩いてくれている。
沙魚丸は、源之進に心の中で、ありがたやと手をあわせる。
「沙魚丸様、そろそろご質問をお教えいただけますか。」
煩悩に支配されていた沙魚丸は、源之進の質問にビクッとしてしまう。
「はっ、はい。よろしくお願いします。」
ニコニコと沙魚丸を見る源之進と目が合い、沙魚丸は焦ってしまうが、烈風のいななきで落ち着きを取り戻す。
<烈風、ありがとう。さすが、沙魚丸君の愛馬だわ。私のピンチを的確に救ってくれるとは!妄想タイムは、一人の時だけにするわね。やめれそうにもないし・・・、という訳で、聞きたかったのは、これね。>
「源之進さん、他家の方々は椎名家のことを何だかこう奥歯に物が挟まった感じで話すのはなぜなのでしょう。」
「おや、師はご存じないのですか。」
次五郎が明らかにからかう気満々の顔で話しかけて来る。
「そういうことを言うから愛されないんですよ。次五郎さんは、今は黙っていないといけません。」
「さすが、師匠。早くも俺の欠点を指摘してきたよ。なぁ、小次郎。もう少し優しく教えてくれると嬉しいと言っておいてくれんか?」
次五郎はウキウキした様子で隣にいる源之進の馬に乗った小次郎に話しかけている。
「鷹条家の者の前で話すことは、少しためらわれますが、次五郎殿なので、きっと大丈夫でしょう。」
「うむ。今は、沙魚丸殿の家臣であるから、ここでの話は一切漏らさぬ。我が弓にかけて誓おう。」
次五郎が役者のふりをして弓を高々と掲げるのを見た源之進は、片方の頬を少し上げフッと笑う。
「沙魚丸様。椎名家は西蓮寺家の守護代というのは、よろしいでしょうか。」
「はい、椎名と鷹条が西蓮寺家にお仕えしているのですね。」
「そうです。正しく言いますと、西蓮寺家の守護代は十家あります。」
「えっ、十家もあるのですか?十家って十個の家ってことですよね。」
馬鹿みたいな質問にも怒ることなく源之進は優しく答えてくれる。
「はい、その通りです。ただし、今の沙魚丸様に覚えていただきたいのは、三家です。その三家の名前を憶えていただければ、当面は大丈夫です。」
〈源之進さん、優しい。教えるって優しさだけじゃダメかもしれないけど、キレたらダメよね。小学校の頃のスイミングのコーチに源之進さんの爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。〉
※※※
沙魚丸はかなづちなのだが、一時期、泳ぐことができた。
コーチの指示通り泳がなかったと言うことで、小学校低学年の沙魚丸の手をビーチサンダルでグリグリ踏んだアフロのコーチのことを思い出す。
これも、関西の思い出である。
海を怖がって泣いていた沙魚丸を両親が心配して始めたスイミングは、関西に来るまでは泳ぐのが楽しかった気がする。
関西に引っ越して来て、初めて行ったスイミングスクールには、コーチにも子供にも笑顔一つなかった。
コーチに命令されるがままに水の中でもがいている様に見えた。
関西弁でまくし立てるコーチが何を言っているか分からず、聞くのも怖かったので前の子の真似をして泳いだ。
「ワレ、ワシガ イウタ トオリニ ヤランカイ。」
どすのきいた声を放ち、沙魚丸を蔑んだ目で見るアフロのコーチにプールサイドをつかんだ手を足で踏まれた。
足が底につかない深いプールで必死につかむプールサイド。
踏まれた手は、離せない。
沈むから。
身長よりも深いプール。
その日は、泣きながら泳いだ。
ゴーグルに涙が溜まって泳ぎにくかった。
それ以来、沙魚丸は泳げなくなった。
※※※
「沙魚丸様、大丈夫ですか。」
昔を思い出し、どんよりとなった沙魚丸を心配した源之進が声をかける。
<そう、あんなアフロなんか思い出す価値ないわ。だって、源之進さんが教えてくれてるのだから。ちゃんと聞かないと罰が当たる。それに、私が人に教える時が来たら、アフロ方式は絶対に採用しないから。>
沙魚丸を気づかう優しい源之進の声に涙ぐみそうになる自分を沙魚丸は叱咤する。
「ごめんなさい。三家ですよね。椎名と鷹条。あれ、もう一つは知らないですね・・・」
「そうですね。ここ最近は、三家の国境は平和でしたから。きっとお耳には入らなかったのでしょう。では、話を続けさせていただきます。西蓮寺家は高穂・稲柵・下房の三ヶ国の守護に任じられました。そして、ここ下房の国の統治を守護代十家の内の三家に託されたのです。」
「それが、椎名なのですね。」
沙魚丸が弾んだ声で言う。
転生して間もないが、自分の家の名前が出て来るのは嬉しいし、体も喜んでいる気がする。
「ご名答です!残りの二家の内、鷹条の現当主が城内でお会いした海徳様になります。」
「あんなのは、忘れていいですよ。」
次五郎が、やる気なさそうに話す。
<本当に嫌いなのね。この時代は、嫌いだからって簡単に主君を変えるなんて出来ないだろうし・・・、よし、一緒にいる間だけでも優しくしてあげよう。>
沙魚丸が精一杯優しく見つめると、次五郎が気持ち悪そうな顔をする。
二人を見比べた源之進が苦笑いをして、話を続けた。
もう一家は、佐和と言います。鷹条と佐和は西蓮寺家から分かれ出た家で、言うなればこの二家は西蓮寺家の身内です。椎名は後から臣下となりましたので外様となります。」
そう言って、源之進は懐から一枚の紙を取り出し広げた。
紙には、源之進が説明したことが、家紋入りで書かれている。
「源之進さん、何ですか、これは。とても分かりやすいです。」
源之進から手渡された紙を沙魚丸は食い入るように見つめる。
「ありがとうございます。沙魚丸様にお教えする機会があると思い、密かに用意しておりました。いや、そう言っていただいて嬉しいですな。」
源之進が照れたように笑う。
「これは源之進さんが描いたのですか?」
沙魚丸は、少しだけ絵描き魂をメラッとさせながら質問する。
「あー、いや、違います。これは、娘のお駒が描きました。私には絵心というものがサッパリでして。」
横から、次五郎が覗き込み感嘆の声を上げる。
「これは、よく描けておりますな。俺にも何か描いて欲しいですな。」
「いやいや、ありがとうございます。娘には伝えておきます。」
<源之進さん、嬉しそう。娘を持つ父親は、あんな風なのね。私の父さんは、どうなのかしら。ふふ。何だか、おかしい。もっと親孝行しとけばよかったかな・・・>
頭を軽く横に振った沙魚丸は、記憶を振り返る。
<ちょっと、待って。妹ね・・・。うん、いた、いた。知ってる。>
ちらっと小次郎を見ると、小次郎も嬉しそうな顔をしている。
<うんうん。小次郎さんもお駒ちゃんのことをとってもかわいがっていたって記憶が叫んでいるもんね。んー、あれ、沙魚丸君もか!お駒ちゃんは、みんなのアイドルなのね。戻ったら、一緒にお絵描きしようかしら。>
沙魚丸は、ほのぼのとした気持ちになり、フッと閃いた。
「もしかすると、外様なのに守護代に選ばれたってことは優秀だっだのですか。」
「はい。当時のご領主は椎名実久様と申されました。戦で数々の手柄をお立てになり、西蓮寺四天王とまで言われました。ただ、あまりに優秀過ぎたため、西蓮寺本家から警戒され鷹条と佐和の二家に挟まれた領地を与えられました。」
「ということは、ずっと見張られているのですか。」
「その通りです。うちの馬鹿殿も口を開けば、椎名は何かするのではないかと言っておりますよ。」
次五郎の大声が必要以上に響く。
<周りの人たちも私たちの話に聞き耳を立てているようだけど、次五郎さんは馬鹿殿って言っていて大丈夫なのかな。誰かに言われたら困らないのかしら?あー、大丈夫かも。あの人、海徳さんに直接言ってるかもしれない。まぁ、次五郎さんのことは、いいでしょう。>
「守護代が国を統治していると、龍禅様は何をされているのですか?あれ、ちょっと待ってください。西蓮寺家は都から出たらダメなんですよね。龍禅様はいいんですか?」
沙魚丸の質問に、源之進は少し困ったような顔となった。




