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次五郎の罰とは

雨情は忘れていた。

西蓮寺家の家宝『蓮華一文字』のことを。


「そうじゃ、『蓮華一文字』を沙魚丸に授けないとな。沙魚丸、ここへ参れ。」


龍禅が朗らかに沙魚丸を呼ぶ。


はい、と元気に返事する沙魚丸の声を聞いて、雨情は苦悶の表情でよろめいた。


〈その話、まだ続いていたのか?〉


『蓮華一文字』を沙魚丸が国へ持って帰ると、間違いなく一騒動あるに決まっている。

秘密裏にこっそりと持ち帰り、蔵の奥に何事も無くしまいこんで、『はい、終わり!』としたいが、できるわけもない。


何と言っても、龍禅から拝領された脇差なのだ。


大々的に喧伝する必要がある。

領国内だけではなく、他国にもだ。

そうしなければ、守護代のくせに守護を軽んじていると非難をあびるのは間違いない。


しかも、西蓮寺家の家宝と言っていた気がする。


〈いや、きっと聞き間違えだ。西蓮寺家が椎名に家宝の武具を与えたことなど儂が知る限り一度しか無いはずだ。〉

雨情は思わず顔をしかめる。


西蓮寺家からは褒美として色々と賜ってはいるが、椎名の武力を恐れたのか歴代の西蓮寺家当主から授かるのは茶器や絵などの美術品ばかりだった。


唯一の例外は、太刀である。

それもずっとずーっと昔の話だ。

家紋よりも前の話である。


椎名家が西蓮寺家に服属を決めた際、その知らせを聞いた西蓮寺当主が喜びのあまり腰に佩いていた太刀を手ずから渡したらしい。


椎名領内では、()()()、その場面が強調して伝承されている。


〈当時の守護、西蓮寺頼宗(よりむね)様に我が祖先の椎名伸久(のぶひさ)が忠節を誓うと、頼宗様は人の背丈ほども飛び上がって喜ばれ、佩いていた太刀を渡すという場面・・・これが椎名領では、地歌舞伎の演目の一つとして面白おかしく演じられていると知ったら西蓮寺家は大激怒であろうな。〉


遠い目をした雨情は、その刀を思い出す。

椎名家当主だけが振るうことを許された刀、その名を『舌切雀』と言う。


だが、沙魚丸は、当主しか拝領刀を持っていないという椎名家の歴史を打ち壊してしまった。


〈そもそも、儂は、沙魚丸を大将にするのを反対したのだ。それを皆が龍久の代わりがいるからと儂に押し付けおって。あやつ、戦神と言うより疫病神でもついたのではないのか。どちらにしろ何とかせんといかんが・・・〉


脇差を断れないか考える雨情だが、龍禅とじいと呼ばれていた由良吹風(ゆらふくち)の会話を思い出し、ため息とともに頭を横に振る。


国に戻ってからどう言い訳をしようか、と胃と頭を抑えた雨情は、沙魚丸が脇差を拝領する姿をぼんやりと眺める。


〈本来ならば、お礼を言わなければならないのだが、儂は疲れた。うむ。すごく疲れた。よし、小便に行こう。そういえば、溜まっていたのだ。ずっと忘れていた。すべて出せばいい考えも浮かぶであろう。〉


雨情は、沙魚丸を放置し、広場の外側に逃げた。



龍禅が得意満面に語っている。


「よいか。この『蓮華一文字』は、刀に選ばれた者が持つと、刃紋に蓮が浮かぶらしい。さらにじゃ、匂いまで漂うと言う。これをそちに呉れてやるのだ。余に感謝するのなら、必ず精進するのだぞ。」


「はい。いつの日かご覧に入れます。」


「よくぞ申した。余は楽しみにしておる。」


そう言って龍禅は沙魚丸に脇差を授けた。


手に取る前から分かっていたが、いい、実にいい。

もし、誰もいなかったなら、沙魚丸はほおずりして脇差を撫でまわしていたに違いない。

それほどの愛くるしさをこの脇差は全身から漂わせている。

潤塗(うるみぬり)で仕上げられた外装もいいが、刀身を一刻も早く見たいと沙魚丸は欲望に駆られる。


「抜いても・・・」


龍禅に言いかけて、後ろにいる老将の眼光に沙魚丸は怯え口を閉ざす。


〈なんで?後ろのおじいさん、私を両断する気まんまんだわ。私、何かした?もしかして、おじいさんもこの脇差を狙ってたとか?そういえば、やたら反対してたし・・・〉


沙魚丸の考えは、間違っている。


だが、斬るという意味ではあっているかもしれない。


吹風は、沙魚丸からただならぬ気配を感じていた。


〈もしや、こやつ、子供のふりをして、龍禅様にあだなすつもりか。〉

沙魚丸が発散させた変態じみたオーラによって、吹風は反射的に刀に手をかけたのである。


龍禅の前後でそのような緊張状態に陥っているとも知らず、龍禅は目を次五郎に移した。


「それはそうと、次五郎よ。其の方が余をきらめく瞳で見つめる気持ちは分からぬでもない。余は偉大だからな。」


龍禅を見つめる次五郎の目は確かにキラキラと輝いている。


次五郎は、海徳を苦しめる龍禅に夢中になっていた。


「はい。龍禅様のような素晴らしきお方を見たのは初めてです。俺は、いえ、某は貴方様のような方にお会いしたいと常々思っておりました。」


次五郎は声まで弾んでいる。


龍禅はニンマリと笑う。


「そうか、そうか。沙魚丸と共に余のことを称える者がおるとは、今日は本当に吉日である。」


龍禅は立ち上がると腰の扇子を澄み渡った青空へ突き上げ、パッと広げた。

扇は金張りで、中に大きく龍が描いてある。

そして、ひらりひらりと優雅に舞う。

伴奏も何も無いのに、舞から音楽が聞こえる。


〈かっこいい、上流階級はみんなああなのかしら?〉


沙魚丸が見とれていると、舞を終えた龍禅は再び床几に着座した。


龍禅はおもむろに扇を閉じると、冷たい目を次五郎に向けた。


「次五郎。余は貴様に余を(じか)に見ることを許した覚えは無い。先ほどから余のことを凝視しおって。はなはだ無礼である。いかに海徳の配下であろうと許さぬ。」


ぴしゃりと龍禅が言い放った。


〈さすがに生まれながらのお殿様ね。威厳があるわ。〉

龍禅のことを何も知らない沙魚丸は、他人事なので余裕をもって眺めている。


「申し訳ございません。」


慌てて平伏する次五郎を海徳が暗い笑顔で見ている。


〈ざまぁみろ。ついでに手打ちにでもされてしまえばよいのだ。こいつにほんの少しでもかわいげがあれば、助け船の一つでも出してやるところだが、それはない。わはは。まったくない。〉


そんな海徳に龍禅が声をかける。


「海徳よ。この無礼者の始末は余がつける。反論は許さん。」


「はっ。もうどんな罰でもお与えください。私もこやつには困っておりましたので、できるだけ厳しめにお願いいたします。」


〈できれば、主君を褒めたたえるようになるような罰でお願いいたします。〉

こっそりと海徳は願う。


次五郎から何かが切れた音が聞こえた気がするが、誰も何も言わないので沙魚丸も何も聞こえていないことにした。


「よし、それでは、次五郎に罰を申し付ける。次五郎はこの合戦の間、沙魚丸の身を守れ。一つの怪我を負わせることも許さん。」


残念ながら願いの届かなかった海徳が、不満たらたらの顔で恐れながらと言いかけた時、横から十六夜が海徳にひそひそと耳打ちをする。


すっかりとにこやかな笑みとなった海徳が龍禅に言上する。


「さすが、龍禅様にございます。沙魚丸殿は戦神からご加護を授かった身にございますれば、我が軍の勇者である次五郎が護衛をするのも実に素晴らしき御沙汰にございます。鷹条の面目をお考え下さり、ありがたき幸せにございます。ほれ、次五郎もお礼を申し上げんか。」


えぇーっと驚いた顔をしていた次五郎はすぐに嬉しそうな顔となった。


「龍禅様。お任せください。沙魚丸様に傷一つつけることなく我が身に変えてもお守り申し上げます。はい、お守りいたします。」


〈何を言い出されるかと思ったが、俺、龍禅様の信奉者になろうかな。今回の戦で馬鹿殿と一緒にいるより、この小僧と一緒の方が絶対に面白い。本当に龍禅様に感謝いたします。龍禅様が危機の時は、俺が駆けつけますから。〉


「では、其の方たちの活躍を期待しておる。すでに軍議は終わっておるから、早々に出立せい。次に会うのは、鶴山城である。」


龍禅の声に、たちまち周りから(とき)の声が上がった。


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