通行止め
『熊出没注意』
の看板がでかでかと立っている。
真っ赤な背景に大口を開け両手の爪を突き立てた黒い熊が描かれ、今にも食べちゃうよと言わんばかりの看板が沙魚丸を出迎える。
「熊避け鈴!」
猫型ロボットがポケットから道具を取り出すようにバックパックから取り出した鈴をズボンのベルトループに顔を少し赤らめながら沙魚丸は取り付けた。
〈ルートは前日の夜にしっかりと確かめたし、地図もバックパックから取り出した。さぁ、出発だ。〉
沙魚丸は選んだルートを足取りも軽く進んで行くと、『発掘調査のため、通行止め』と書かれた板がロープにだらしなくぶら下がっている。
旅先などでもたまに通行止めに出くわし『しまったぁ』とした顔をして立ちすくんでいると、見かねた工事のおじさんが
「おねぇちゃん、ここから通りな」」
とハードボイルドたっぷりなオーラを出して、こっそり通してくれることがままある。
決して沙魚丸はスタイルがいいとか美人であるとかということはなく、ごく普通のアラサーの女子であるが、現場のおじさんは困っている女子には優しいものである。
〈誰も見ていないし、無視して乗り越えちゃおうか。〉
などと不謹慎な気持ちがよぎる。
しかし、発掘に限ったことだけではないが、素人が下手に現場に手を出すと(今回は足だが)、悲惨な結末を迎えやすいのは経理経験の長い沙魚丸は嫌というほど知っている。
後で良心の呵責に苛まれたくない沙魚丸は素直に分岐地点まで引き返すが、心の中でぼそっと毒づく。
〈レンタサイクルのおじさんめ、ゴルフのスコアの話なんかするぐらいなら、通行止めの話をしてよ。まったく。〉
プリプリしながら足取り重く分岐地点まで戻った沙魚丸は、別のルートから再度登り始める。先ほどのルートでは全く見かけなかった説明板を読みながら、思わず笑ってしまう。
「こっちが正規ルートなのかな?災い転じて福となす!私って奴はぁ、なんてラッキーガールなんでしょ。」
ご機嫌になった沙魚丸は、直後に土橋と堀に出会うのであった。
その後、馬出しや虎口と言った数々の遺物を楽しみながら山頂にある主郭まで到着した沙魚丸はエメラルドグリーンの海が一望できる切株に座るとお弁当を食べ始めた。ちなみに今日のお弁当は、鮭とツナ、梅干しが入ったおにぎりを各1個の計3個とおかずに卵焼きとチョリソー、ブロッコリーを詰め、保温ジャーにいれたネギの味噌汁である。空腹の沙魚丸には、景色の良さも相まって垂涎のご馳走である。
ひょいひょいと食べ終わると、ぼんやりと海を眺める。
〈下山したら、水軍基地に行って、名物の蜂蜜タイヤキを食べよう。〉
甘味のことを考え、ゴクリと喉を鳴らす。
帰り道は、搦手ルートを行くことにしているので、地図でしっかりとルートを確認する。
「よし、まだまだ見所はあるし、がんばるぞー。」
掛け声とともに出発する沙魚丸。
物見台に登ったり土塁から鉄砲を撃つ真似をしたりと城跡を存分に楽しみ帰路を進んできた沙魚丸だったが、三叉路でハタと悩む。
右は下り道。左は登り道。地図は右に見える。
〈どう考えても、右でしょう。〉
右に進んでいくと、だんだんと道から土が剝き出しになっている部分が見えなくなり始める。
沙魚丸は、じわじわと不安に駆られていく。
〈もしかして、左だった?でも、この地図だと右だよね。あってるよね。うん、もう少しだけ行ってみよう。〉
しかし、伸びた草が道を覆い隠し、大きく育った竹が両脇に並び、倒木が目立ち始める。
〈駄目だ。もう引き返そう。〉
そう思った時には、沙魚丸の周りにはうっすらと霧が漂っていた。
〈来た道なら引き返せるはず。まずは落ち着いて、深呼吸しよう。〉
不安な気持ちを静めようと、目を閉じ数度大きく深呼吸をする。
ゆっくりと目を開けると、来た道が無い。
途方に暮れた沙魚丸は、周りを見渡す。
すると、霧に隠れるように朱塗の鳥居が少し先に立っているのを見つけた。