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海徳、ねばる

登場人物が増えて参りましたので、簡単な人物相関図を作ってみました。

次回相関図を作ることがあったら、沙魚丸を真ん中にした図にする予定です。

分かりにくいと思った部分を差し替えました。

挿絵(By みてみん)

海徳の言葉に誰もが押し黙った。

男が命を賭けた真剣勝負にやり直しを命じるなど、なんと無粋なことをするのだと憤慨した彼らは揃って押し黙る。


一方、海徳は彼らの沈黙を肯定と受け取った。


海徳は、次五郎を蛇蝎のように嫌っている。次五郎は、いつも反抗的で何をさせても一言多い。海徳にとって家中でこれほど嫌な奴はいない。


だが、次五郎をどうこうするつもりはない。というよりは、できない。

次五郎は、戦になくてはならない存在なのだ。次五郎がいるかいないかで兵たちの士気が全く違う。弓の腕前は、家中でも一、二を争う。弓部隊の指揮を任せれば、戦の呼吸を読み取り、こちらが指示をしなくてもツボを抑えた用兵を行い、これまで何度も助けられた。


自信満々に射た矢を防がれ、呆然と立ちすくんだ次五郎の姿を見た海徳は次五郎を指さして笑いたくなるぐらい心の底から愉快であった。


しかし、十六夜に忠告され非常に口惜しいが、次五郎の失敗を挽回させてやろうと動く。

〈今回は援軍として来ておるが、もともと椎名家は我が家の不倶戴天(ふぐたいてん)の敵。椎名の血を引く者が一人でもこの世から消え去るのも実に結構。〉


海徳にとって、まさに一石二鳥。

いつも神経を逆撫でする次五郎に恩を着せることができ、憎き椎名の血統がこの世から一人減るのだ。

海徳の口元が思わず緩んでしまうのも仕方がない。


だからこそ、軽やかな足取りで躍り出た海徳は、『矢つかみの儀』のやり直しを宣言したのである。


そんな中、沙魚丸は思う。

〈やり直しかぁ、うん、死んだ。死んだわぁ。次五郎さん、今度は絶対に射殺しに来るだろうから予告もしてくれ無いだろうし・・・いきなり出て来て嬉しそうにやり直しって言ってる人さぁ、あの顔は腹黒いって決まってるのよね。あーぁ、私に恨みでもあるのかなぁ。でも、沙魚丸君の記憶にあの顔は出てこないし・・・〉


せっかく助かったのに、とぼんやり思っている沙魚丸の横で、次五郎が叫んだ。


「殿、『矢つかみの儀』をやり直すなど、聞いたことがございません。俺は、反対です。」


次五郎の大声を聞いた海徳は怒りのあまり刀の柄に手をかけそうになった。


〈この馬鹿は、一体、誰のために言っていると思っているのだ。お前の父波切が、此度の戦にはお前を連れて行ってくれと頼むから仕方なしに連れて来たと言うのに。やはり無理を言ってでも太郎を連れて来るべきであった。こいつに茄子家の家督は絶対に許さん。家の問題だから儂には関係ないと波切が言っても絶対に許さん。こいつは、儂を怒らすために生まれて来たとはっきり分かった。〉


次五郎がやることなすことすべてが癇に障る海徳の言葉は怒りに満ちる。


「貴様、儂の言うことが聞けんのか。黙って、やらんか。」


次五郎は次五郎で、海徳の言い方に顔を歪める。

次五郎も海徳のやることなすことに腹が立つのだ。


残念ながら、この二人は生まれる前から仇敵(きゅうてき)の間柄だったのだろう。


次五郎は唾を吐き捨てる。

もはや、海徳と話す時の癖となっている。


次五郎が言い返そうとした時、青空によく似合う声が響いた。

声を発したのは、総大将の西蓮寺龍禅(りゅうぜん)だった。


「海徳よ。余は感動した。やり直しはいらぬ。それよりも、儀を行った者たちを称えねばならん。二人をこれへ連れて参れ。」


驚く海徳は、龍禅に走り寄る。


「お待ちください、龍禅様。この儀には不吉がございました。なにとぞ、お考え直しを。」


「何を言っておるのだ。神風があの子供を守ったのだぞ。不吉どころか大吉兆ではないか。のう、皆の者。」


龍禅の声に救われたように、沈黙していた者たちは一様に賛同の声を高らかに上げる。

その声に頷いた龍禅は、気持ちよさげな顔で海徳に声をかけた。


「海徳よ。余は、この大吉兆を皆と分かち合うために、皆に酒を振る舞おうと思う。早うせい。」


龍禅を褒めたたえる声が高まっていくのを聞き、悔しそうな顔をした海徳は、これ以上の抗弁は無理と諦める。

龍禅とそれなりに付き合いの長い海徳は、この顔をした龍禅が意見を変えないと知っている。


「では、戦の前でもありますから、少しだけ配ることにいたします。」


「うむ、頼むぞ。」

機嫌良く海徳に返事をした龍禅の前に沙魚丸と次五郎がひざまずいた。


「大儀であった。其の方たちの技量、余も存分に楽しませてもらった。ところで、そちは初見であるが名を何と申すのだ。」


龍禅は沙魚丸に問いかけた。


「龍禅様、直にお言葉をかけるなど、いけませぬ。」

龍禅の後に立つ老人が龍禅を諫めた。


「じい、良いではないか、ここは戦場だ。ほれ、其の方、余に名を聞かせい。」


老武将は、少し困った顔をして沙魚丸に言う。

「では、そこの者、この場限りで龍禅様に直答を許す。」


「はい。ありがとうございます。椎名家前当主の春久が庶子、沙魚丸と申します。」


自らを紹介しながら、沙魚丸は不思議に思った。

〈何だかスラスラと自己紹介できるけど、父親は春久さんなのね。でも前当主とは?沙魚丸君の記憶に春久さんの記憶が一ミリもないのよね。謎だわ。〉


とりあえず、後で誰かに聞けばいいと考えていた沙魚丸に龍禅が話しかける。


「其の方も庶子であるか。余も庶子であるが、励めばきっと、良いことがあるからな。」


〈あら、優しい人だ。今までスパルタな人が多かったから優しい言葉を言われると和むわぁ。〉

沙魚丸は目を輝かせて返事をする。


「はい。励みます。」


龍禅は沙魚丸の返事に微笑む。


「ところで、次五郎よ。其の方の矢は、いささか強いように見えたが、いかがしたのじゃ。もっと弱い矢で椎名の強者にわざとつかませて、士気を上げると余は聞いておったのだが。」


「はっ。」


一言だけ返事を返した次五郎は下を向いている。今、次五郎の顔は絶対に龍禅に見せられない。

次五郎の目は怒りで血走り、歯を食いしばっている。


〈何だ、その話は。俺はそんなこと聞いてねぇぞ。うちの馬鹿殿に小僧を射殺せって言われたんだ。しかも、十六夜にぶん投げられて。誰が好き好んで子供を射殺そうとするか。くそが。あぁ、ぶっちゃけてぇ。本当にすまじきものは宮仕えだな。〉


「それに、沙魚丸が強者と言うのは、どういうことだ。なぜ、こんな子供にやらせたのだ。危ないではないか。」


〈おぉ、さすが総大将。いいこと言うじゃない。誰だぁ、こんなカヨワイ子供にあんな危険なことをやらせたのは。〉


「はっはっは。龍禅様。恐れながら、それは違いますぞ。沙魚丸殿は椎名の大将でございます。一軍を預かる大将として、勝利を祈願し戦神を祀るために自ら進んで出て参ったのでございます。のう、沙魚丸殿。そうであろう?」


いつのまにか龍禅の横に控えた海徳が沙魚丸に問いかける。

ばちん、ばちんと音が出るように目配せを沙魚丸に送りながら・・・


なんだかウインクをしている気もするが、気持ち悪いので、沙魚丸は顔をそっと背けた。


〈これは、そうですって言わないと後で何されるか分からないやつだ。こういう大人って、いつの時代でもどこにでもいるのね。やだやだ。しょうがない、私が大人になってあげよう。〉


「龍禅様。その通りでございます。かように幼き身ゆえ、私は戦ではお役に立てぬと思い、此度の『矢つかみの儀』に自ら名乗りを上げました。」


演技をするなら、それらしくやれと誰かに言われたことを思い出し、ドヤ顔で語る。


「なんと。素晴らしき心がけじゃ。そちの名は覚えておくぞ。」


「ありがたき幸せにございます。いつか大功を立ててご覧に見せます。」


〈確か、名を覚えてもらうって、すごくいいことよね。これぐらい大袈裟に喜べば、龍禅様もニコニコなはず。〉


沙魚丸の考えは正しかった。

龍禅はとても機嫌がよくなった。

光り輝くような明るい笑みをこぼす。


世渡り上手な海徳は、それを見逃さない。


「龍禅様。次五郎に関しては、どうも沙魚丸殿の力量を試したくなったのでしょうな。儂はきちんと儀式の内容を言ったのでありますが、どうにも血の気の多い者で申し訳ございません。後で、きちっと言い聞かせますので、ここは、ひとまずお許し下さい。」


海徳は次五郎が悪いことにした。

龍禅が機嫌よく頷いていることを確認しながら海徳は言葉を続ける。


「龍禅様。ですので、私は儀のやり直しをした方が良いと申し上げたのです。いかがでしょう。もう一度、正しくやり直してみては。」

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