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矢をつかむ

沙魚丸はどうしてこうなったのかいくら考えても分からない。

いや、百歩譲って分かったとしても納得できない。


「小次郎さんもそう思いますよね。」


不満を小次郎にぶつけている沙魚丸は、椎名軍と共に丸根城の城内にいる。

ちなみに、この城に向かう行軍中に色々と話をした二人にギクシャク感はほとんど無くなっている。

沙魚丸はそう思っている。


丸根城は、今回の敵と(もく)された三日月家の城、鶴山(つるやま)城を攻撃するための拠点として丸根山に築かれた小城である。


城の普請に当たっては、鷹条(たかじょう)家当主の海徳(かいとく)が直々に陣頭指揮を取った。


今回の戦用に軍勢が集結できる広い土地を用意すればよいだけ、と考えた海徳はおまんじゅうの様にポコッと平野部に位置している丸根山に目をつけた。

平野のどこかで集まればいい、という考えも家臣から出たが、万が一敵に攻め込まれた時のことを考え、山の上に城を築くことにした。

できれば、敵の城の近くに造って威圧を加えたいと言う気持ちも働いている。

丸根山の山頂付近の土地をならし、できた広場の周囲に土を盛って造った土塁を巡らしただけの城、というよりは砦と呼んだ方がいいかもしれないものができあがった。


沙魚丸と小次郎は、そうやってできた城中の片隅で話をしている。


〈どうして、こんなことになっているの・・・〉

沙魚丸は大きな大きなため息を吐く。

そんなため息混じりの主君よりも小次郎の方が大いに気勢をあげている。


沙魚丸の愚痴に一通り付き合った小次郎は、沙魚丸に刀の手入れ方法を伝えながら、自らの考えを述べる。


「いいですか、沙魚丸様。これは、沙魚丸様の実力を見せつけるまたとない機会です。幼き頃から私と嫌になるくらい何度も何度も修行して叩き落とせるようになったことを記憶から引きずり出してください。本当の沙魚丸様なら目隠しをしてでもできることです。」


ふんすと鼻息の荒い小次郎が沙魚丸に気合を入れる。


小次郎に活を入れられ、覚悟を決めた沙魚丸は小次郎に教えてもらいながら生まれて初めて抜いた刀の手入れを始める。

とは言っても、時代劇でやっているような抜身の刀を持った人物が懐紙を口にくわえて打粉をポンポンとやるような手入れではない。


刀を振った時に刀身がスポーンとどこかへ吹っ飛んでいかないように目釘の点検をしている。


元沙魚丸が体で修得したことは、無意識化で体が勝手に動くという修練のたまものであり、頭を使わなければいけないことは、今の沙魚丸が頑張るしかない。


そのため、小次郎の説明を聞き、沙魚丸は必死で手を動かす。


運動を遠ざけ生きて来た沙魚丸は、真剣など転生する前までは博物館のガラス越しでしか見たことがない。


〈イラストを描くために模造刀を買って、鏡の前で色々なかっこいいポーズを取ったよねぇ・・・秘剣立川流とか言って。平和だったよねぇ、今となっては何もかも懐かしいわ。〉


なぜ、沙魚丸が刀の点検をしているかと言えば、


『今から沙魚丸は、弓の名手が放った矢を刀で颯爽と叩き落とすからだ。』


丸根城に着陣した際に、偉い人たちの話し合いで決まった。

『矢つかみの儀』という戦の神に捧げる儀式をすることで、戦の必勝を祈願するものらしい。


最初に沙魚丸が、その儀式のことを聞いた時に真っ先に思ったことは、

<それで、祈願になるの?当たったら生贄ってこと?>

である。

<そんなの、女神様が、喜ぶわけないよね・・・>

と思うものの、

<いや、あの女神様ならあるかも・・・>

と考えが二転三転する。


そうして、女神様を信じなかった罰があったのだろうか、名ばかりの大将である沙魚丸がやることになってしまった。


矢はもちろん鍛鉄(たんてつ)製の矢尻を使った合戦用のものである。


〈当たったら死ぬよね。〉

使用する弓矢を見せられた時、沙魚丸は気が遠くなりそうだった。


今にして思えば、気絶すればよかったのでは・・・と思わないでもなかったが、その場合は、小次郎から『みっともない』判定を下され、結果は同じか、とがっくりと肩を落とす。


矢を射るのは、鷹条家の家中でも弓の名手と名高い茄子次郎五郎(じろうごろう)、人は彼を次五郎(じごろう)と呼ぶ。

茄子家には、弓の名手が多い。

長男の茄子太郎を筆頭として、弟の茄子次郎五郎、紅一点で末妹の茄子(あさひ)の三人を特に茄子の三弓と言い、弓を志す者として憧れを抱く者も多い。


「次五郎に狙われた者が五体満足で国に帰れたと言う話を聞いたことはございません。」


人知れず次五郎を敬慕する小次郎に射手のことを教えられた時の沙魚丸の落胆ぶりは凄まじく、ひざまずき頭を垂れ、がっかりポーズとなってしまうほどだった。


〈人間だもの。失敗ぐらいするでしょ。〉

沙魚丸が気楽に考えていたのが悪いのだが・・・



周囲には、たくさんの武将がやんや、やんやと囃し立てている。

娯楽などほとんど無い時代。

しかも、合戦前の軍中で、援軍に来た他家の若様らしき子供が命を賭けて演武を行うと言うのである。

この見世物を見逃す者がいる訳がない。

合戦前に士気を高めようとするためか、鷹条軍の者があちこちで賭けを始めている。


これを見た椎名軍は驚く。

椎名軍では、軍事行動中の賭け事は禁止されており、見つけようものなら、即座に切り捨てるという軍法となっているからである。


椎名軍のことは、さておき、賭けに興じている者たちは鷹条家から報酬として配給された米を種銭としているようで、男たちの熱気が渦を巻き、息苦しさすら感じる。


どの男たちも目をぎらつかせ配給された米をすべて賭けている。


〈宵越しの米は持たないか・・・江戸っ子かよ!人の生き方にケチはつける気はありません。でもね、私の近くで嬉しそうに賭けるのやめて。どうして、私が死ぬ方に賭けてるの。何よ、あんたたち、デリカシーってものが無さすぎるわ。こいつらも絶対に将来、同じ目にあわせてやる。〉


めらめらと復讐の心を燃やす沙魚丸だが、数時間もすれば忘れてしまうのだから、そんな小さなことを考えるだけ時間の無駄と心の中ではこっそり思っている。


とりあえず、沙魚丸は身近で熱狂している者たちに虎のようにギラリと目を光らせて圧をかけてみた。


しかし、本当の沙魚丸ならいざ知らず、今の沙魚丸ではハゼが睨んだぐらいにしかなっていないのだろう、誰も何も感じていないようだ。


涙目の沙魚丸が反対方向を見ると、酒盛りをしている者までいる。

よく見れば、いや、よく見なくても叔父の雨情である。

雨情は、茄子旭に酌をしてもらい、ご機嫌である。

沙魚丸に何か言っているようだが、無視することに決めた。


〈あいつぅ、私にこんなことをさせてるのに、楽しそうに呑みやがってぇ。なんて羨ましいの。後で覚えてなさいよ。後があるかどうかしらないけど・・・旭さん、毒を入れてあげて!〉


心中の声に忙しい沙魚丸に、雨情の横で祈るように沙魚丸を見つめる源之進と目があった。

今回の『矢つかみの儀』に沙魚丸に許された供は小次郎のみなので、源之進は遠くから見守るだけである。

心配そうな源之進にブイサインを送ろうとした沙魚丸は、自分のうかつさに気づき、ごまかすように首を縦に振った。


小次郎に刀を確認をしてもらった沙魚丸は、刀を腰に差し、兜を被せてもらう。


「では、行ってきます。」


少し震える声で告げると、小次郎が沙魚丸の手を強く握りしめる。


「大丈夫です。必ずできます。ご武運を。」


力強く励ます小次郎の声に、沙魚丸はしっかりと頷き、海徳の横に座っている総大将に一礼し、定められた場所へと歩く。


沙魚丸は、歩きながら小次郎が言っていたことを思い出す。


「余計なことを考えず、沙魚丸様の体に任せてください。」


〈あの時は、小次郎さんに言われて、じゃぁ大丈夫かなって思ったけど・・・〉


いざ、自分に向かって本物の矢が飛んでくると思うと余計なことを考えて心臓が飛び出しそうになる。

呼吸も苦しくなってきた。


次五郎が試しに放った矢が雑兵用の鎧を貫通したのを見た後では、なおさらである。


〈矢が刺さるよりも前に心臓が破れて死ぬかも・・・〉


修行僧ではあるまいし、俗にまみれて生きて来た沙魚丸に無の境地になどなれる訳がない。

だから、小次郎が言っていた修行のことを必死で思い出す。


そうすれば、死ぬかもしれないなどと余計なことは考えないでいいから。

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