主従の誓い
「これが、沙魚丸様とお話した全てです。」
小次郎は寂し気に話を終えた。
実は、その後、沙魚丸様との別れを嫌がった小次郎を沙魚丸とダイフクの二人がかりで説得し、どうにかこうにか小次郎を現実世界へ戻したことは小次郎の名誉のために内緒の話である。
小次郎は自らに言い聞かせるように話す。
「私は、沙魚丸様に笑っていただきたかったのです。あの方が目指す道を切り開くお手伝いをし、共に笑って進みたいと考えておりました。」
そう言うと、さっぱりとした表情となった小次郎が沙魚丸に顔を向けた。
「沙魚丸様は、あなたを手伝えと申されました。また、間違った方へ行かぬよう見張れとも申されました。」
〈沙魚丸君。ちゃんと小次郎さんに伝えることができたのね。よかった。〉
涙をこらえながら沙魚丸はウンウンと頷く。
そんな沙魚丸を見て、小次郎は静かに決意のこもった声で話す。
「沙魚丸様からあなたのことを頼まれました。それに、あなたは女神様から神託を授かっておいでです。さらに、父もあなたに期待しております。なので、私はあなたに全力で協力しようと思っています。ただし、あまりにも悪徳に過ぎたならば、問答無用で死んでいただきます。」
小次郎の声にどこか他人事な雰囲気を感じ取る沙魚丸。
〈まぁ、そうだよね。小次郎さんとしては、自発的にがんばる!、とはならないよね。うん、でも、淡々と語る小次郎さんが怖い。問答無用かぁ。嫌だなぁ。言い訳タイムを少しでも作ってくれるよう頼もうかな。〉
そんな沙魚丸の心の内を見透かしたように小次郎が続けた。
「私からの願いは、沙魚丸様のお体でみっともない真似だけは絶対になさらないでくださいということです。よろしいですね。」
沙魚丸には、小次郎の目にカッと燃え上がる炎が見えた気がした。
〈ひっ、ひぃぃ。これはダメだわ。絶対にみっともないことをする自信があるわ。うん、今日で死ぬかも・・・〉
しかし、沙魚丸はみっともなくあがく覚悟を決めている。
〈潔く死ぬなんて、まっぴらごめんよ。私だって、精一杯生きるんだから。〉
「でっ、でもね。私は、戦の無い平和な所から来たから、最初から問答無用は勘弁してもらえると嬉しいのですが・・・」
覚悟の割には、随分とおずおずとした物言いではあるが、沙魚丸的にはがんばったと思う。
ニコリと小次郎は笑う。
「もちろんです。あなたが初めから沙魚丸様のように知略に富み、勇敢でいて、さらに心の優しいお方であるわけがありません。ですから、沙魚丸様に少しでも近づけるように、私があなたをしっかりと鍛えて差し上げます。」
沙魚丸は、はっ?と声を出してしまう。
〈誰のことを言ってるの?もしかして、沙魚丸君のこと?知と武を兼ね備え、それに加えて優しいですと?いやいや、私は一度しか会っていませんが、そこまででは無いでしょう。沙魚丸君は、まぁ、頭は良かったけど。知略に富むねぇ。富んでたのかなぁ?勇敢は分からなかったけど、優しい?あれで?〉
頭を捻りながら沙魚丸はそっと小次郎の表情を盗み見る。
小次郎は先程から沙魚丸のことを語る時、今こうして沙魚丸のことを考えている(と思われる)時、明らかに目が潤んでいるように見える。
〈これは、もしや恋する乙女の瞳では!ということは、小次郎さんの中では、沙魚丸君のことは爆上げ状態じゃないの。そんなハイパーインフレの人に転生した私に待っているのは、虎の穴での修行・・・嫌だ、嫌すぎる。何とかしないと・・・〉
目が泳ぐ沙魚丸を見て、小次郎が笑った。
「大丈夫です。沙魚丸様は私と一緒に頭も体も鍛えてらっしゃったので、あなたが沙魚丸様の体に転生して変わったのは魂だけなのでしょう。ですから、あなたの魂に気合と根性があれば、きっと大丈夫です。ちなみに、私は頭の方は自信がありませんので、悪しからず。」
沙魚丸の体に戦慄が走った。
〈いやぁぁぁ。脳筋がいる。私は文化系出身なの。そりゃぁね、確かにね、絵を描くのにも気合と根性がいるわ。だけど、小次郎さんが言ってるのとは絶対に違う。違うの。小次郎さんの言葉から凄烈な血の匂いがする。小次郎さんの目が怖い。分かった!沙魚丸君の言ってたのはこれなのね。〉
頭を抱える沙魚丸の横で、ニコニコと笑う小次郎がいた。
将来のことは、その時に考えることにして、沙魚丸はサッと話を戻す。
切り替えの早さが私の長所と沙魚丸は思っている。
「ところで、源之進さんには、私の転生のことは話しますか?」
「いいえ、父には話しません。父に今までのことをすべて話すと、あなたの首と胴はまず間違いなく離れ離れになるでしょう。」
「そっ、そうなんですか・・・」
「父は、きっとこう思うでしょう。何らかの邪法により、沙魚丸様の体を乗っ取った主君のかたきと。私が何を言おうが、私もあなたに騙されていると言うはずです。最悪、私も沙魚丸様の後を追うことになります。まぁ、それでもいいのですが、それでは沙魚丸様との約束に反しますので、今は避けようと思います。」
何かこう小次郎の返事にモヤモヤするものを感じる沙魚丸だが、
〈沙魚丸君とのことは、そんな簡単に割り切れるものではないよね。〉
と、納得し、小次郎に疑問をぶつける。
「邪法ですか?」
「はい。そんな法が本当にあるか知りませんが、父はそう言うと思います。」
「あるかないか分からないのに?」
「あろうがなかろうが、どちらでもいいのです。本人が納得できる理由になるのであれば。一番肝心なことは、沙魚丸様が父の枕元に立たれなかったということです。私が父なら、そのことを聞いた瞬間に息絶える自信があります。ただ、息絶える前に、絶対にあなたを殺します。」
〈似た者親子か!全然、微笑ましくないけどね。〉
何か突破口を探す沙魚丸は閃く。
「でも、女神様のことは信じてくれましたよね。」
どうよ、と言う顔をした沙魚丸に小次郎は残念そうな顔をする。
「それは、私たちに都合がいいところがあったからです。でも、沙魚丸様のお命を奪ったと考えた父があなたを許す余地はまったくと言ってありません。」
そう言うと、少し黙った小次郎が顔を赤らめ話し出す。
「少し、脅してしまいましたが、良かれ悪しかれ沙魚丸様に笑顔を取り戻したあなたにはとても感謝しています。申し訳ありませんが、私が忠誠を誓うのは沙魚丸様ただお一人のみです。だから、あなたに忠誠を誓うことはできませんが、沙魚丸様のお体が酷い目にあうのは不本意なため、しっかりとお側に仕えさせていただきます。」
〈少し?いやいや、いっぱいの間違いでしょ。言葉だけで殺せるわよ。それに、なんですかこれは、ツンデレですか?まったく!あーぁ、イケメンのツンデレは許されるっていいよね。まぁいいや。とにかく、最強の味方が誕生したのね。小次郎ゲットだぜ!これは、素直に超嬉しい。転生のことを誰にも言えずに独りぼっちでいるなんて、そんなメンタル持ち合わせていないし、よかったぁ。はっ、もしかして、これは沙魚丸君の知略のおかげなの。途中で疑ったりして、ごめんなさい。沙魚丸君は、最高に素晴らしいわ。〉
内心で亡き沙魚丸のことをほめちぎる沙魚丸に小次郎が話しかける。
「そんな訳で、これからもよろしくお願いします。」
小次郎はスッと沙魚丸に頭を下げた。
「こちらこそお願いします。小次郎さんが、私を支えてくれるのなら、きっとかたきを討てます。沙魚丸君との約束を守れそうだわ。」
胸の前でこぶしを握り締める沙魚丸とは裏腹に小次郎が怪訝そうな顔で沙魚丸を見る。
「今、なんとおっしゃいました?」
「お願い・・・」
「いえ、そこではありません。」
「かたき討ち?」
「そうです。何ですか、かたき討ちって」
「えーと、沙魚丸君のかたき討ちを私が引き継いだんです。それで、小次郎さんも手伝ってくれるなら、もう討ったも同然と思ったのですが・・・」
沙魚丸が言葉を言い終わらない内に小次郎は天を仰ぎ、目をつむった。
「まったく、沙魚丸様は、最後まで・・・」
〈あれ、どうしたの?かたまったわ。この世界の人は、よくかたまるのかしら?とにかく、しゃべりかけないほうがよさそうね。この世界に来てから、私って無言の修行を課されてるみたい。〉
小次郎の横で、沙魚丸はできるだけ空気となるよう努める。
しばらくして、小次郎が話し始めた。
「沙魚丸様は、私にかたき討ちを手伝うなと申されました。あなたは許されたのですか?」
「許されたと言うか、勝手に買って出ただけですね。沙魚丸君も、無理しなくていいよって言ってましたし・・・」
じっと、沙魚丸を見た小次郎は姿勢を正す。
「先ほどの私の話は撤回させてください。もしも、あなたが沙魚丸様の思いを継いでくださるなら、私は貴方に忠誠を誓います。いえ、誓わせてください。」
「えっ、はぁ、はい。どうぞ。」
沙魚丸の気の抜けた返事に小次郎は苦笑する。
「沙魚丸様は、きっとあなたに何かを見出されたのでしょう。そう言えば、あなたは間抜けだが、大物になると沙魚丸様はおっしゃっていました。改めてよろしくお願いいたします。」
〈くっ、沙魚丸君めぇ。私のいないところで悪口を言うなんて。今度会ったら、お説教よ。悪口を言いたいなら、ちゃんと目の前で言いなさいって言わないとね。〉
内心で怒りながらも急転直下の出来事に驚く沙魚丸は、嬉しさのあまり小次郎に手を差し出した。
「よろしくお願いします。」
沙魚丸が差し出してきた手が何なのか分からない小次郎は、いそいそと木椀に水を入れ沙魚丸に渡した。
とにもかくにも、新しい主従の誓いがここに生まれ、沙魚丸が修羅戦国を生き延びることができるかもしれない可能性が増えたのだ。
そして、沙魚丸はようやく戦国生き残りをかけた一歩を踏み出す。
※※※
「なんてことを考えていたこともありました・・・」
刀の手入れをしながら沙魚丸は半泣きで呟く。




