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雑すぎる!

沙魚丸は愛馬の背に揺られている。


椎名家に伝わる馬術は、団栗(どんぐり)流馬術と言う。


椎名家の家中で半ば放置されていた沙魚丸が我流で馬術を習得できる訳はないのだが、熊五郎たちの厳しくも温かい指導のおかげもあり、沙魚丸の騎乗の様子は今や堂に入ったものである。


コナラの実で作ったおきあがりこぼしから奥義のヒントを得た始祖が、団栗流馬術と命名したらしいが、秘伝故、本当のところは分からない。

この馬術は、馬の揺れを下半身で吸収し上体は水平を保つことを重視している。

そうすると、騎射の命中度が抜群に良くなるらしい。

そのため、この流派にあっては、体の安定性を保ちやすくなる舌長鐙(したながあぶみ)に重きを置いている。


沙魚丸が、舌長鐙を初めて見たのは、高校の部活中である。

その日、沙魚丸は、部室で皆と一緒にゴロゴロとアイスをかじっていた。


「神社の蔵掃除を手伝いに行きますよ!」


突然、部室のドアをバァンと開けて入って来た校外の顧問がテンション高く叫んだ。

そして、嫌がる部員を神社へ引きずるように連れて行った。

もちろん、汚れてもいいようにジャージに着替えさせて。


蔵の中の奥にあった黒い和紙で覆われた木箱を開けると、中から左右一対の舌長鐙が出て来た。

それらしい木箱を見つけた時にお宝発見かと色めきだった部員の誰もが中から出て来た物のボロさに落胆した。

しかし、肩を落とす彼女たちの横で顧問一人が熱く語っていたのを思い出し、沙魚丸は笑みをこぼす。


「この舌長鐙の出現こそ武士の戦闘力を高め、武士の時代をもたらしたものなんですよ、みなさん。お分かりですか!」


薄汚れた舌長鐙を神に捧げるかのように両手で大切に掲げた顧問のきらめく金髪と赤いルージュを思い出す。


日本の歴史が好きだからと言って、なぜあんな変な白人女性が率いる変人部員だらけの部に入っていたのか、今思うと過去の自分の考えが良く分からない。


決して、『類は友を呼ぶ』では無いことだけは確かだと思う。

思いたい。


そんなことを考えながら、少しだけ足裏に力を入れ腰をすえる。


〈先生、あなたの可愛い教え子が、実際に使うことになってしまいました。先生が今の私を見たら絶叫して悔しがるだろうなぁ。ふふ。〉


記憶をたどりながら騎乗にふさわしい姿勢をとる練習をこっそりと沙魚丸は行う。


〈パカラッ、パカラッ、て漫画みたいに足音がしないのね。草鞋(わらじ)を履いているから?蹄鉄をしていないから?それとも、地面が固くないからなのかな?〉


「日本で蹄鉄が普及したのは、明治に入って富国強兵をしてからよ。戦国時代に蹄鉄が使われたという記録がありますけどね!」


顧問が蹄鉄が普及した理由をペラペラと言っていた気がするが、思い出せない沙魚丸は、独自に理由を考える。


〈こうして馬の上から見ても、みんな裸足で足半(あしなか)草鞋だし、沙魚丸君の足裏もカチカチだもんね。人間が足半分しかない草履で暮らしている中で、馬に草鞋を履かせるって、馬をものすごく大事にしているのよね。そうよ、おそろだもの!〉


きっとそうに違いないわ、と沙魚丸は悦に入る。


競馬場のパドックでしか馬を間近に見たことがない沙魚丸は、馬に関わるのは初めてである。

それこそ、馬に乗るのも、触ることすら初めてである。


そんな馬初心者の沙魚丸の前に愛馬を連れた口取りが現れた時、沙魚丸は興奮した。


〈かわいい。かっこいい。〉


サラブレッドよりも一回り小さく見えるが、引き締まったいい体をしているのは馬初心者の沙魚丸でも分かった。

ちらほら見える荷物運び用の馬とは、体つきが明らかに違う。


思わず走り寄った沙魚丸に対して、愛馬は怪訝そうな顔をする。

まるで、『お前は誰だ?』と言わんばかりに大きくいななく。


〈沙魚丸君、愛馬にも枕元に立たないといけなかったかも。〉


愛馬から疑われたことに悲しく脱力している沙魚丸の匂いを近くによって来た愛馬が嗅ぎだす。


いつもと変わらぬ匂いに不思議そうな顔をした愛馬は沙魚丸の顔をベロンと舐める。

今一つ納得していない様子をしているが、ようやく沙魚丸は愛馬に騎乗することができた。


沙魚丸は、ようやく愛馬の名前を呼ぶ。


「烈風、今日もよろしくね。」


沙魚丸に声を掛けられた烈風は、ビクッと身を震わせ一声いなないた。


〈烈風まで、私に声をかけられてビックリしてる。沙魚丸君、本当に一声も発しなかったのね。凄いわ。〉


ウキウキと烈風に跨った沙魚丸だが、隣を歩く小次郎にこっそりと目をやり、そっとため息をつく。

そして、朝の出来事を思い出す。


夜明け前、天空にぼんやりとした光を放つ月は恥ずかしがるように薄い雲を身にまとう。

既に出立の準備を終え、隠れようとする月を見つめていた小次郎は、静かに沙魚丸に近づき片膝をついた。


「沙魚丸様、そろそろお起きください。」


口を軽く開け少し涎を垂らして寝入っている沙魚丸は小次郎の言葉にうっすらと目を開け、もう少し待ってといいかけ、クワッと目を覚ます。


〈やってしまったぁ。昨日、あんなにカッコつけたのに一日も立たない内から寝坊するとは・・・せめて、爽やかに挨拶でもしておこう。〉


「おはようございます、小次郎さん。まだ日も昇っていないようですが、気持ちのいい朝ですね。」


口を開けて寝ていたせいか、微妙にかすれた声になる。


沙魚丸の挨拶が聞こえなかったのか、小次郎は何も言わずに寝起きの沙魚丸のために水の入った木椀を差し出す。

受け取ろうとした木椀の水がわずかに揺れている。

目線を小次郎に移すと、小次郎がわずかに身を震わせているのが見て取れた。


〈寝坊したから、怒ってる?これはすぐに謝らないと・・・〉


沙魚丸が謝罪の言葉を口にする前に、小次郎が震えた声で話す。


「昨晩、父に火の番をお願いし、私が眠りにつくと、沙魚丸様が枕元に立たれました。」


うつむき、沙魚丸に顔を見せない小次郎がどんな表情をしているか分からない。


〈えっ、沙魚丸君。もう、枕元に立ったの?ちょっと、早くない。そりゃ、立つとは聞いてたけど。それでも、私の枕元に先に立って、今から小次郎さんのところに立つからとか、一言あってよくない?心の用意が全然できてないよぉ・・・〉


動揺する沙魚丸は、差し出された木椀を地面に落としてしまう。


落ちた木椀に目をやった小次郎の目は真っ赤に充血している。


〈あぁ、小次郎さん、泣いていたのね。沙魚丸君と感動のお別れができたのかしら。だと、いいのだけど。〉


喜ぶ沙魚丸だが、不意に元沙魚丸との話を思い出す。


『小次郎は、信じていた人間に裏切られたら何をするか分かりません。』


〈そういえば、何だか、小次郎さんの様子は、喜びにあふれているって感じじゃないよね。それより、静かな怒りかしら・・・ちょっと、私ってもしかして、殺される?〉


叫び声をあげ逃げ出したいのを必死でこらえる沙魚丸。

一日やそこらで戦国時代に生きる覚悟などつくはずもないし、逃げたくなるのも仕方がない、と自分に言い訳する。


〈こういう時は下手に刺激しないほうがいいはず・・・〉


「あなたが、誰かは分かりません。」


お怒りであろう小次郎は一言だけ発して、沈黙を続ける。


〈ちょっと、沙魚丸君。何を言ったらこうなるの?夢の中では、俺に任しとけば、オールオッケーな顔してたじゃない。雑すぎ。やだよぉー、この沈黙。〉


沙魚丸は、誰かと一緒にいる時の沈黙が苦手である。

なので、気をつかって本当にどうでもいいことを話し、愛想笑いを振りまく。

そして、あんなこと言わなければよかった、と家に帰ってからどんよりすることを繰り返してきた。


そんな沙魚丸でも、今の小次郎に話しかける勇気が吹き飛んでしまうほど、小次郎の雰囲気は重い。

というよりは、ものすごく重苦しい。


沙魚丸は、待つ。


産まれて初めてかもしれないぐらい待つ。


沈黙は嫌だが、今の小次郎に話しかけるのは直感がやめておけと教えてくれている。


幸か不幸か小次郎が口を開いた。


「あなたが、沙魚丸様に転生されたと沙魚丸様からお聞きしました。他人が聞けば、何を言ってるのかと言われそうですが、あなたには分かりますよね。私は悔しいのです。あなたが、沙魚丸様に転生したことを気づけなかったことに・・・私は、沙魚丸様の一番近くにいて、一番分かっていたはずなのに・・・だのに、あんなにも浮かれてしまった・・・」


小次郎は口惜しそうに語る。


〈えっと、小次郎さんが落ち込むのは分かる、分かります。でもね、転生を分かる人間なんている訳がないから。この世の中のあっちこっちで転生が起きていたら、小次郎さんの言うことも正しいわ。でも、そんなことないから。女神様にそう聞いたから。そう、だから、あなたのせいではないの。〉


小次郎に慰めの言葉をかけようとした沙魚丸だが、考え直し、口を閉ざす。


小次郎は、きっと私が話すのを聞きたくないだろうと考えて。


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