沙魚丸vs結衣3
元沙魚丸の言葉は熱を帯びる。
「小次郎は、脳筋ですが、勘がすさまじく鋭いのです。ですから、お姉さんが僕でないことは絶対にバレます。」
「でも、今日は大丈夫だったよ。」
結衣は口をとがらせる。
「僕とお姉さんは異質すぎます。僕は小次郎の関係者以外を信じませんでした。でも、お姉さんは、これから、たくさんの人を信じるでしょう。幼少の頃からずっと一緒にいた小次郎がその違いに気がつかないはずがありません。お姉さんが、もう少し表裏のある人間なら話は違いました。僕は十二歳で、まだまだ未熟です。普通の大人が僕に転生してくれていたら、今は多少の違和感があったとしても、成長するにつれ馴染んで疑われる余地もなくなったでしょう。」
〈えーと、さらっとディスられてる?まぁ、それは置いといたとしても、いやいや、あなたは十二歳だけど、私が知っている大人より断然賢いよ。そりゃぁ、たまに子供っぽいところが見え隠れするけど、私なんかよりとってもしっかりしてる。仮に、私があなたが言うような普通の大人だとしても、小次郎さんは、絶対に違うって気づいたと思うな。んー、というか、私は普通のはずだよねぇ・・・〉
心の中で色々と考えるものの、小次郎のことをよく知らない結衣は元沙魚丸の言うことが正しいのだろうと考え、ゆっくりと首を縦に振る。
「だとすると、私が沙魚丸君に転生しているってバレたら小次郎君は怒るかな?」
「はい。あいつは、僕と違って信じていた人間に裏切られたら何をするか分かりません。」
憂いを帯びた顔で語る元沙魚丸を見て、結衣は思った。
〈沙魚丸君は、何と言うか・・・さっきから色々とゴチャゴチャ話しているけど、要するに、小次郎君が傷ついて欲しくないだけじゃないの?〉
納得した結衣は、ニンマリする。
「沙魚丸君は、小次郎さんのことが心配なんでしょう。」
ウッと一瞬詰まった元沙魚丸がアセアセしながら答える。
「心配なんてするわけ無いでしょう。あいつがお馬鹿な主君に仕えて、未練を残して死んで欲しくないだけです。」
ニヤニヤしている結衣から元沙魚丸はプイッと顔をそむける。
〈あらあら、照れてるのね。いいなぁ、少年の友情。といっても、私には分からないんだけどね。〉
結衣の方を向いた元沙魚丸は、結衣のほっぺたを両手でぎゅっと挟み込む。
結衣がフガフガと変な顔になったのを見て、元沙魚丸は爽やかな笑顔を浮かべ、得意げに言った。
「あいつは、僕のただ一人の友ですから。」
結衣は、落雷に撃たれたような衝撃を受けた。
〈あぁ、言ってみたいし、言われたい。この言葉を聞いたら小次郎さんは、きっと喜ぶわね。〉
結衣の顔から手を放した元沙魚丸が、座りなおして話を続ける。
「それに、今なら、僕から小次郎に伝えることもできると思いますから。」
「そうなの?」
元沙魚丸が座卓の向こう側に呼び掛ける。
「ダイフクさん、大丈夫ですよね。」
ここにいないはずのダイフクが、静かに座っていた。
「今回の処置は私に任されておりますが、まぁ、沙魚丸様が小次郎様の枕元に立つぐらいは大丈夫でしょう。」
ダイフクが新しい煎茶を注ぎながら、元沙魚丸に片目をつぶる。
〈この世界にもウインクがあるのね。猫ちゃんのウインク、かわいい!〉
相変わらず、余計なところに感心する結衣を放置して、話は進む。
「お姉さんが転生したことを小次郎にだけバラしても大丈夫ですよね。」
「ええ、大丈夫です。ただし、他の誰かにお話をしてバレたりしたら、お話した方も聞いた方もすべてお命を頂戴いたしますので、ご注意ください。」
ダイフクの目にギラリと肉食獣の光が宿る。
〈こわっ。私、誰かに言っちゃいそうで自信ないなぁ。うん、禁酒だな。〉
酒を飲むと口が軽やかになる結衣は、密かに禁酒を誓う。
「じゃぁ、お姉さん、僕はそろそろお暇するね。」
「えっ、私からの質問時間は?」
「小次郎の枕元に立つなら、もう時間が無いってダイフクさんに言われたので、無くなりました。」
横でダイフクが腹が立つぐらい涼し気な顔で頷いている。
〈そうなんだ。何か聞くことなかったっけ。えーと、そうだ。〉
「どうして、柿を取ろうと思ったの。」
結衣の唐突な質問に赤面した元沙魚丸が、小さな声で話し出す。
「小次郎はね、干し柿が好きなんです。お城では、渋柿を取れるところがあまりないから、つい・・・」
〈なんて、いい子なの。決めた。〉
結衣は、すっくと立ちあがり仁王立ちとなった。
ピシッと音が出る様に美しく伸ばした指を元沙魚丸に向けると、沙魚丸は高らかに宣言する。
「沙魚丸君の思いを私が受け継ぐわ。絶対にかたき討ちをするから!」
一瞬、ポカーンと口を開いた元沙魚丸が、慌てて両手を左右に振る。
「いや、いいですよ。さっきも言いましたけど、お姉さんの沙魚丸を生きてください。死んだ僕のことは忘れてください。」
「ダメよ。それじゃぁ、小次郎さんが納得しないし、あなたを好きになった私も納得しないもの。それに、私はあなたに生まれ変わったの。だから、あなたのかたきは、私のかたきよ。」
結衣の決めのポーズを前にして、元沙魚丸はクスクスと笑う。
「お姉さんは、義の星の女だったのですね。でも、かたき討ちに成功すれば、お姉さんが誰かのかたきとなって、憎しみの連鎖が終わらないですよ。」
「大丈夫。ここは修羅戦国時代だもの。私も血の道を生きて行く覚悟をしたから。」
元沙魚丸が泣きそうな笑顔をこぼし、少しためらいを見せた後で、ぽつぽつと話し出した。。
「ありがとうございます。お姉さんが、僕に転生してくれて凄く嬉しいです。でも、無理はしないでください。お姉さんは憎しみより、誰かの幸せのために生きる方が似合っていますから。」
「さすが、沙魚丸君。私が幸せの使者と見抜いたのね。」
元沙魚丸が、苦笑をこぼす。
「その調子の良さにつけ込まれるかもしれないので、気を付けてください。それから、念のために言っておきます。僕は、幼少の頃から小次郎とずっと鍛えてきました。武装していない普通の大人になら負けません。これからも鍛え続ければ、もっと強くなれます。ただし、稽古をやめるとすぐに弱くなりますからね。」
「そうなのね。私、沙魚丸君は弱っちいと思ってたわ。」
元沙魚丸はため息をつくと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「本当に失礼ですね。お姉さんは、僕より頭が悪いので、ここから戻ったらたくさん勉強してください。一生懸命がんばっていたら、僕と違って、お姉さんを助けてくれる人たちが集まってくれますから。それから、ちょっと頭が良くなったからと言って、天狗になって小さくまとまったりしたらダメですよ。」
「もう。どっちが失礼なのよ。」
「あはは。お姉さんの活躍を草葉の陰から見守っています。残念ですが、本当にお別れみたいです。ほら、足下から体が消えて行って、本当にお化けみたいになってきましたから。」
「私、がんばるから、たまには化けて出て来てね!」
「ごめんなさい、ちょっと無理です。これから、母上に甘えて、たくさん母上に親孝行する時間を神様からいただいたので、他に費やす時間はすべて却下です。草葉の陰から見守るのも本当は時間が惜しくって避けたいぐらいです。」
「あなたって、本当にいい性格してるわ。ごちそうさま。お母様とお幸せにね。今日はありがとう。私もあなたに転生できて幸せよ。」
薄くなっていく元沙魚丸に泣き顔を見られないようブンブンと大きく手を振る結衣であった。




