沙魚丸vs結衣2
元沙魚丸はため息混じりに口を開いた。
「小次郎が、あんなに脳筋だとは思わなかったのです。」
結衣は、元沙魚丸が何を言ったのかよく分からなかった。
〈脳筋?何だか、拍子抜け感が凄いわね。小次郎さんねぇ、今日の印象だと、何だか忠義に熱い若武者って感じだったかな。でも、脳筋だと何がダメなんだろう?〉
ぼんやりした顔の結衣を見ることなく、元沙魚丸はうつむき加減に話を続ける。
「小次郎は、勘で物事の是非を決めるのです。例えば、スイカを選ぶ時は、スイカを叩きますよね。でも、あいつは、閃きだけでどのスイカが美味しいかを決めるのです。」
元沙魚丸は、あなたにも分かるような簡単な例にしたのだから分かりますよね、と言う顔を結衣に目を向ける。
結衣は優しく微笑むと、静かに頭を横に振る。
驚愕した元沙魚丸は、座卓に手をつき結衣に詰め寄った。
「はっ?どうして?なぜ首を横に振ってるのですか?スイカですよ。見ただけで分からないでしょう。ペシペシと叩くでしょう?」
スイカを叩くふりをしながら早口で話す元沙魚丸に、結衣は遠くを見ながら答える。
「あはは、お姉さんね、スイカを買ったことがないの。お母さんが買って来てくれるから・・・あっ、泣かないで、沙魚丸君。」
ガックリとうなだれ、元沙魚丸は空気が抜けた風船のようにしぼんでしまう。
「何だ、この感じは。小次郎と一緒にいた時と同じ感じがする。いや、そんな馬鹿な・・・あいつが僕の周りに二人もいてたまるものか。」
ブツブツと言い始める元沙魚丸に結衣は狼狽えて言葉をかける。
「ごめんね、沙魚丸君。お姉さんが悪かったわ。でも、小次郎さんが勘で動くのは分かったから安心して。」
キッと元沙魚丸はまなじりを吊り上げた。
「そういういい加減な同情は止めてください。それに、さっきから疑問だったのですが、どうして、僕が君付けで、小次郎がさん付けなんですか?おかしくないですか?」
「えぇ、同情じゃないよ。こういう時はごめんなさいって言うのが大人の知恵なの。ほら、まーるくおさまるでしょ。それからね、沙魚丸君と比べたら私の方がお姉さんでしょ。だから、沙魚丸君。小次郎さんは、初めて会った時に沙魚丸君として会ったから小次郎さんの方がお兄さんで、さん付けなんだけど、ダメだった?」
元沙魚丸は唖然とする。
結衣の穴だらけの返事に、これがいい年をした大人の言うことか、と元沙魚丸はひたいを押さえる。
「いえ、もう時間の無駄なので君で結構です。僕も大人げなく取り乱してしまい、すいませんでした。」
〈まぁ、かわいい。少年が大人ぶっているのを見るのって、お姉さんの心を刺激するのよね。ムフフ。〉
悪寒が走った様に全身を震わせた元沙魚丸だが、頭を横に数度振り話し始めた。
「とにかく、小次郎と二人でいる時は、僕が色々と決めなければいけないことが多すぎました。出会った最初の頃は、僕も小次郎の前で馬鹿のふりをしていたのです。それこそ、泥だらけになったり、触りたくもない馬糞をつかんだりしました。でも、小次郎は、本当に勘だけで適当に進めるのです。もし、あいつの勘のまま行動していたら、何度死にかけたか分からないでしょう。」
話の途中から元気の無くなっていく元沙魚丸の頭を結衣は手を伸ばし優しく撫でる。
「大変だったのね・・・」
結衣が元沙魚丸を慰めようとしていると、元沙魚丸がガバッと顔を上げる。
「違います。そうじゃありません。僕の苦労話は、もうどうでもいいのです。大変なのは、お姉さん、あなたです。」
「はぁ?」
結衣の間の抜けた声に、元沙魚丸はガックリと肩を落とし呟き出す。
「神様からも聞いていましたが、僕の予想を上回るものですね」
「大丈夫?お腹でも痛い?」
結衣の問いかけをあっさりと無視して、元沙魚丸が問いかける。
「お姉さんも直勘派と聞いていましたが、もしかして、ほぼ直感で行動していますか?」
「えっ、分かっちゃった。あはは。その通りよ。私って絵描きだから、直感が大事なの。」
冷めた目になった元沙魚丸が冷え冷えとした口調で言う。
「お姉さん、それは違うと思います。絵描きに直感が大事なことは分かりますが、観察力や思考力など、たくさんの力が必要だと思います。」
まぁ、と言って結衣は満面の笑みで手を叩く。
「そうなの。よく分かるね。沙魚丸君って、本当にすごいね。社長からもよく言われたけど、ついつい、パパァって描いちゃうのよね。」
元沙魚丸は一つ短くため息をつく。
「失礼なことを言ってすみませんでした。小次郎とたくさん絵を描いている内に、小次郎が直感だけで絵を描くことに少しイラついていました。お姉さんと絵描きに必要な力の話をするつもりはありませんでした。」
「そっ、そうよね、今は絵の話をしてる場合じゃないよね。私こそ、ごめんね。」
「話を戻します。決して口を開かない僕のことを大人も子供も誰もが馬鹿だと指さし笑いました。侮り油断しきった同年代の少年たちなど、僕と小次郎の敵ではありません。たやすくやりこめると、彼らは僕らに尻尾を振り始めました。」
「そうすると、沙魚丸君は、馬鹿のふりはやめたの?」
「いいえ。僕や小次郎をいじめた少年たちに仕返しをして、彼らが勝手に手下になっただけです。子供の上下関係は、ほぼ力の強い弱いで決まります。僕と小次郎が一番強い奴らを叩きのめしたので、僕らに逆らう子供は一人もいません。彼らには、僕が馬鹿のふりをしていることを大人には言うなと口止めしています。例え、言ったとしても、大人は信じないでしょう。僕ら、謀反人の血を引く子供ごときに反抗する気力など残っていない、という曇った目で大人は見ていますから。」
黙った元沙魚丸はお茶を飲み、暗い笑みを浮かべた。
「これから、大人に仕返しをしようと思っていました。僕らを謀反人と罵る思考の停止した大人たちのひたいを地面にこすりつけ、ひれ伏させようと考えていました。大人の世界は、子供の世界と違って、暴力だけで決まる世界ではないでしょう?だから、政治力、人脈、武力、知力など必要な力を身に着け、椎名家の中枢に近づき、あわよくばお家を乗っ取ろうと考えていました。母上のかたきは、権力を持つ者のようなので。」
〈十二歳よね。沙魚丸君ってヤバいわ。私が十二歳の頃は、教科書でパラパラ漫画を描いて楽しんでいたわ。本当にこの子の転生者は私でいいのかな?ギャップが激しすぎない?〉
少し口を開けて元沙魚丸を見つめる結衣に、元沙魚丸は厳しい顔を向けた。
「大人への仕返しは、余談でした。言いたかったのは、小次郎だけは僕のことを頭がいいと思っています。なので、お姉さんは、小次郎に的確に指示を与えないといけません。」
「えぇぇ、それはちょっと無理じゃないかしら。」
「はい、無理でしょうね。」
〈なんてド直球。もう笑うしかないわ。〉
結衣はニッコリと笑う。
「僕は、お姉さんより頭がいいです。」
<もう、ここまで来ると清々しいわ。>
「うん。知ってる。」
結衣の答えに元沙魚丸は楽しそうに笑い出した。
「お姉さんは、とんでもない大物ですね。賢しらぶった子供の僕に対して偉ぶらずに対等か、へりくだって接してくれる。僕の周りにあなたのような大人は一人もいませんでした。」
「うっ、うん。」
〈褒めてる?褒めてるよね?〉
「僕は、すっかり人を信用することができなくなりました。戦国の武将の心構えとしては利点なのかもしれませんが、四六時中、人に騙されないよう気を張っている大将のもとで真心をもって仕えてくれる者はいません。少しばかり頭がいい者が大将になっても、人を容れる器の大きさがなければ、国は滅びます。なので、僕ではダメだったでしょう。」
フムフムと聞き入っている結衣の肩を当然、元沙魚丸はしっかとつかんだ。
「お姉さんは、たくさんの人を容れる大器の人になれます。必ずです。お姉さんと話をして確信しました。だからこそ、小次郎に転生したことを打ち明けませんか?」
「ええっ・・・」
思わぬ元沙魚丸の提案に結衣は言葉を失った。




