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夢の中

源之進と小次郎が、父と子の語らいをしている頃、沙魚丸はスヤスヤと寝息をたて夢の中にいた。


薄くかかった霧の中、沙魚丸はどんぶらこ、どんぶらこと水面を漂う舟の中でちょこんと座っている。

舟はすべて木でできており、水をかいて舟を進めるための()が左右に三本ずつ後ろに一本の合計七本がえっちらおっちらと休みなく働いている。


沙魚丸は、ゆっくり動くメトロノームを見ていると眠くなるのだが、この櫓の動きにも似たような睡眠効果を感じる。


〈せめて、人がいればお話しできるのに・・・〉


舟には、沙魚丸の他には誰もいない。

沙魚丸は、この不思議な光景を夢だから何でもありだよねと思っていた。


〈ここは夢の中とは言えど、絶対に海の上だわ。だって、この舟、ちょっと小さいけど、水軍まつりで見た小早舟(こばやぶね)にそっくりだもの。川の上なら高瀬舟(たかせぶね)だと思うし、何より左右に櫓があるから、海用だと思うのだけど・・・〉


研究者でもない沙魚丸に、小早舟と高瀬舟の違いを能弁に語ることは無理である。

今、沙魚丸にとって重要なのは、かなづちの沙魚丸が舟の上とは言え、水の上にいることなのだ。


<川なら、もしかしたら立てるかもしれないのにな。>

と、浅はかに考える沙魚丸は自ら考えた海の上にいるという考えにがっかりする。


しかし、海の上にいると言うのに不思議と怖くない。

時化(しけ)の海を走るフェリーに乗っていた時に感じた恐怖を感じない。


〈これも沙魚丸君に転生したおかげなのかしら。少し、確かめてみようっと。〉


沙魚丸は舟から身を乗り出そうと舟のへりに手をかけた。


パチン


音がして、沙魚丸は慌てて手を引っ込める。

〈痛い。えっ、何。〉


もう一度、沙魚丸は手をへりにかける。


バチン

〈いったぁ、何で?さっきより、痛いんだけど?〉


意地になった沙魚丸は、もう一度手をへりにかける。


ベシィィィン


思いっきり手の平をはたかれた様な音が響き渡り、沙魚丸は手を抑えてうずくまる。


痛さのあまり、崩れ落ちた沙魚丸を舟尾から見ていた船霊(ふなだま)のヌルメがため息をつく。


〈ダイフクから頼まれたからこの子の送迎をしていますけど、困った子ですわ。〉


この舟の本体であるヌルメは、沙魚丸が落ちないように最初は、軽く叩いた。

でも、また舟のへりに手をかけた沙魚丸を(いさ)めるために少し強く叩いた。

もうしないだろうと思ったら、再び手をかけた沙魚丸を見たヌルメはイラっとした。


「仏の顔も三度まで、私は船霊だから三度は無い。」


ヌルメは思いっきり沙魚丸の手を叩いた。


痛みがひいた沙魚丸は顔を上げると、霧が晴れていく風景を目にし、おおっと声を上げる。


〈この感じは、経験したことがある。それも数時間前に!〉


もしや、女神様に呼ばれたのでは、とウキウキする心で目を先にやると、白亜に輝く天守が目に飛び込んで来た。


海の上に浮かぶようにそそり立つ天守に舟はどんどん近づいていく。

近づくにつれ、その城の全貌が明らかになっていくと、沙魚丸は歓喜の声をあげる。


「すごい。屋根が五つもある。でかーい!」


我を忘れた沙魚丸は舟の上にも関わらず、立ち上がり、城のあちこちを指さしながら独り言を炸裂する。

「隅っこに櫓がたくさんある。一、二、三・・・七つも見える。あれ、ちょっと、待って。屋根が三つ。七つとも三重櫓なのね!しかも、穴が空いてる。あそこから鉄砲に撃たれたら、逃げ場は海だけ。やだー、こわいー!」


イラっとするほど沙魚丸のボルテージは加速度的に上昇する。

沙魚丸が興奮するのも仕方がない。


なぜなら、屋根が三つある櫓は三重櫓と言われ、櫓の中では最高の格式を持ち、天守の代用にもなる特別な櫓だからである。それが、七つもズラリと並んでいれば、自称城好きの沙魚丸がエキサイトするのも頷ける話なのだ。


「こいつぅぅぅ。」

そんな沙魚丸とは対照的に怒りを爆発させるのが船霊のヌルメである。


「舟の上で暴れるな!舟から落ちるだろうが!」


ヌルメは沙魚丸が舟から落ちないよう舟を必死で支える。

ヌルメの怒りの声は、沙魚丸には届かない。


そして、舟はヌルメのおかげで実に静かに海を滑るように城の船着き場へ到着した。


「高松城みたい。」


ウキウキしている沙魚丸の声の調子は自然と高くなる。


舟が着いた所から石の階段が数段続いた先に重厚な薬医門(やくいもん)がどっしりと構えている。

薬医門の屋根は白く輝く瓦で葺かれていて、黒光する鉄で覆われた扉との比較が目に楽しい。


「ほぇぇー」

と、変な声を出して見とれていた沙魚丸の後頭部をパンと誰かに叩かれた。


驚いて後ろをきょろきょろと振り返った沙魚丸だが、誰も見つけることができない。

すると、さっきまで乗っていた舟が船着き場からスルスルと去っていくのを目にした沙魚丸は、ペコリと頭を下げ、

「ありがとうございました。」

と、お礼を言った。


「お礼を言うのが遅いですわ。それよりも、後で子守の追加報酬をダイフクからいただかないと、いけませんわ。ダイフク秘蔵の豆大福がいいかしら。」


少し赤くなった手の平を見ながらヌルメは、舟首を沖へ向けた。


一人では動かせそうもない重そうな門の扉が音もたてず、滑らかに左右へ分かれて開く。


門の中には、ハチワレ猫が立っていた。

半裃(はんかみしも)を着用し、扇子を持った猫は、沙魚丸に一礼をし、顔を上げる。

猫は、ドヤァと言うように光沢のある美しいヒゲをヒクヒクさせている。


二足歩行で時代劇さながらの着物を着た猫が現れたことに少しだけ理解が遅れた沙魚丸だったが、


〈この猫ちゃん、かわいい。どうしよう。抱きしめてもいいのかしら。〉

熱のこもった目で猫を見る沙魚丸に本能で危険を察知した猫は、少し後に下がる。


「私は、月詠(つくよみ)様の眷属が一使、ダイフクと申します。貴方様のために当城を案内するよう命じられましたので、どうぞよろしくお願いいたします。」


にっこりと笑うダイフクにせめて頭だけでも撫でられないかと考えつつ、沙魚丸は挨拶を返す。


「沙魚丸と申します。こちらこそよろしくお願いします。」


沙魚丸の返事に、首をわずかに傾げたダイフクが呟いた。


「これでは、いけませんね。沙魚丸様には申し訳ございませんが、以前のお姿になっていただきます。」


パチンと指をダイフクが鳴らすと、沙魚丸は谷沢結衣の姿になっていた。


「いかがですか?」

ダイフクが置いた姿見を見た沙魚丸は驚く。


「あの、こんな綺麗な着物まで着せてもらっていいんですか?」


「もちろんでございます。私共の事情で行っておりますし、こちらでは快適にお過ごしいただくよう、月詠様からも申し付かっておりますので。それから、貴方様のことは、これから結衣様とお呼びいたします。では、参りましょうか。」


〈二足歩行の猫ちゃんのペースは遅いだろうから、あわせてあげないとね。〉


そんな風に考えていた結衣は、すぐに反省した。


ダイフクは、スタスタと歩く。


結衣は着なれない和服でいつものように大股で歩けない。


気を遣うダイフクが逆にゆっくりと歩いてくれる。


〈ダイフクちゃんは紳士なのね。ありがとうございます。〉


ポテポテと歩いていると、ダイフクは豪壮な唐門をくぐる。

結衣は、唐門を茫然と見上げる。


〈でっか。門柱の前と後ろに控え柱が四本あるから、合わせて六本と。つまり、これは四脚門(よつあしもん)ね。えぇーと。これって格式が高い門よね。横の土壁も築地塀で五本白線とくれば、これも最高格式だし・・・〉

結衣は、突然、くるりと振り向き、来た道を戻り始めた。


ダイフクの後をついてこない結衣が門を見つめているのをもどかしそうに見ていたダイフクは結衣がいきなり背を向けたのに飛び上がって驚き、慌てて結衣に飛びついた。


「ニャ、ニャにしてるですか?」


先程までの紳士的な言葉遣いは消え去り、猫語となり結衣にしがみついたダイフクの頭をよしよしと撫でながら結衣は答えた。


「だって、私が入ったら、無礼者とか言われて打ち首になりそうな門だから、帰ろうかなと思ったの。」


〈秋夜叉姫様、人選を間違えてるニャン。〉

月詠様に会ったらダイフクは真っ先に言おうと思った。


しかし、ダイフクにはやらなければいけないことがある。

結衣を対談が行われる月光の間へ連れて行かなければならないのだ。


ダイフクは、結衣に月詠ご自慢の池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)庭園を案内し、御殿の造りや襖絵を楽しんでもらおうと計画していた。


だが、事ここに至って、ダイフクは諦めた。

<あんなにがんばって考えたのに、もう知らないニャン。自業自得ですニャン。>


ダイフクが指を鳴らすと、沙魚丸は青々としたイグサのいい香りがする部屋に正座をしていた。


結衣が目を明るい方へ向ける。

開け放たれた障子から外には庭園が広がり、遠景に白亜の五重の天守がそびえている。


〈これは、城好きには大好物。それにしても、どうして屋根の数を重って言うのかしら?まぁ、それはさておき、あぁ、これで、お茶とお菓子をいただけたら最高に幸せなんだけど。〉


結衣のゆるんだ口からは、またしても涎がジュルリと出て来る。


「結衣様。こちらのハンカチをどうぞ。」


差し出されたハンカチを見て、これをどうするの?みたいな顔をした結衣に、ダイフクが自分の口元を指さし結衣の涎を教える。


気づいた結衣は、えへへと照れ笑いをしながらハンカチを受け取る。


「ありがとうございます。」


涎を拭きながら、結衣はいけない事を考え始める。


〈この素敵な風景を猫ちゃんを膝の上に置きながら見るのはどうかしら?〉

などと妖しい光を目から発した時、ダイフクは大きく後ろへ飛びのいた。


「結衣様をこちらへお呼びした理由は、亡き沙魚丸様とご対談をするように月詠様から申し付かったからでございます。沙魚丸様は、すでにあちらでお待ちです。」


ダイフクが手をかざした方向を見ると、一人の少年が美しい姿勢で座っていた。


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