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父と子

沙魚丸がスヤスヤと静かな寝息を立てているのを聞いた源之進は、大きく伸びをすると、揺れる炎をぼんやりと眺める。


「父上もそろそろお休みください。火の番は私がいたします。」


熱のこもった沙魚丸との会話の余韻が残っているのであろうか、顔を紅潮させた小次郎が火の勢いを弱めようと新たな薪を投入する。


小次郎の意図とは逆に勢いが増した炎は、したり顔で話していた小次郎から余裕を奪い去る。

うわぁと驚く声をあげ慌てふためく小次郎に源之進は苦笑する。


〈こうして父と子の二人きりで会話をするのも久しぶりだ。すっかり小次郎もたくましくなったと思っていたが、まだまだ子供だな。〉


成長した小次郎を見るのも嬉しいが、子供らしい仕草を見ることができ源之進は喜ぶ。


「小次郎こそ、今日は疲れたであろうから早く寝なさい。火は私が見ておくから大丈夫だ。」


久しぶりの親子の会話に照れくささを感じる源之進だが、実際に口から出た父親らしい言葉に、しまったと後悔する。


ちぐはぐした思いに葛藤する源之進に、小次郎がはきはきと答える。


「父上、実は、気が(たかぶ)って眠れそうにないのです。もう少し、火に当たっていてもよろしいでしょうか。」


「親子だから似たのかもしれんな。実を言うと、父も眠くないのだ。」


源之進は炎に照らされる小次郎の頭をガシガシと掻き、嬉しそうに目を細めた。


〈沙魚丸様のことで、父上はすこぶるご機嫌が良いのだな。〉

源之進の嬉しそうな表情の原因に思い当たった小次郎は、ほんの少しだけ悲しく思う自身を不思議に感じながら、沙魚丸と源之進とが広げた会話の中で抱いた疑問を口に出す。


「父上、我が家では毘沙門天様を信仰しておりますが、今後はどうするのでしょうか?」


「決まっている。私たちの主君を加護してくださる女神様を信仰するのみだ。」


唇の端にかすかな笑みを浮かべたまま源之進は、さらに言葉を繋ぐ。


「神仏の教えは、いずれもありがたいものだ。どの神仏を信じようとも、いずれの宗派を信じようとも、辿り着くところは同じなのだ。分かるか?」


「なんとなく・・・」

分かりません、と続けると、雰囲気良く続いている父との会話を壊してしまいそうで、小次郎は、次に続けるべき言葉を濁した。


源之進は、小次郎が理解していないことに気づき、自分の子供に教えることができる喜びをかみしめる。


「例えば、ここから私たちのお城に向かう道は幾筋もあるが、どの道を選んでも最終的にはお城に到着するのと同じことだ。もちろん、選ぶ道によって様々なことが待っているだろう。時には、想像を絶するような困難があるかもしれんが、道自体は通じているから必ずお城に辿り着く。」


「途中で道が無くなることなどは無いのですか?」


「神仏が指示した道に誤りがあるはずが無かろう。無くなるとすれば、人が道を疑い、道に迷い、道を捨て去るからだろうな。」


源之進の言葉を受け、しばらく考えた小次郎は質問を続ける。

「死は、人が誤った結果なのでしょうか。」


「それは難しいな。『現世とは辛く苦しいもので、死ぬことで苦難から解放され安らぎを得る。』、と説く考えもあるらしい。だが、私たちは、沙魚丸様のために命を燃やし尽くさなければならない。単純に死ぬことは許されぬし、死を華々しく飾り付けてもならぬ。」


「父上、申し訳ありません。私は理解が及ばぬようです。」

つらそうな声でうつむく小次郎。


「お前には、まだ分からなくて良い。沙魚丸様にお仕えする中で、父の言うことが分かる時が来るだろう。」

優しく小次郎の方を源之進は叩いた。


「はい。心しておきます。ところで、毘沙門天様と女神様と同時に信じるのですか?」


さっと話題を転換するのは、妻のお琴によく似ていると思い、源之進は苦笑する。


「いや、それは違う。たくさんの神仏にすがれば、お恵みもたくさんいただけると言うのは誤りだ。あちらこちらと気を散らすのではなく、一心不乱に一柱を信じてこそお恵みを授かれるのだ。」


「分かりました。では、私たちはこれから・・・」


急にうつむき口ごもる小次郎の様子を不思議に思う源之進。


「どうした、小次郎?」


「女神様なのですが、その、ですね。秋なんとか姫という女神様だと思ったのですが・・・」


小次郎の答えに思わず噴き出した源之進は、おかしそうに小次郎の背中を数度叩く。


「そうだな。沙魚丸様は、一度しか女神様のお名前を仰せにならなかったからな。秋夜叉姫様という女神様だ。よく覚えておけよ。本日より我らが一心に信仰を捧げる女神様なのだからな。」


「申し訳ありません。沙魚丸様が女神様とお会いしたと聞いて、興奮してしまい所々の記憶が抜け落ちてしまいました。」


「仕方ない。女神様とお会いになってからの沙魚丸様はお琴から聞いていたお姿には少しも当てはまらないし、まったくの別人にしか思えん。お側で仕えていたお前の方が、ひとしお感じるものがあるだろう。」


「そうなのです、父上。自分が悪いと思っても、絶対に謝らなかった沙魚丸様が気絶から目を覚まされた瞬間に詫びの言葉を述べられました。しかも、一日中、無表情で過ごされていた沙魚丸様がころころと明るくお笑いになるのです。沙魚丸様のお心は分かっているつもりになっていた自分が恥ずかしくてたまりません。」


うつむき加減に話していた小次郎が顔を上げ、明るい顔を源之進に向けた。

「私は沙魚丸様が笑顔でお過ごしになるお姿を見たかったのだ、と今日初めて分かったのです。」


「そうか。」

小次郎の言葉に目を閉じ頷いた源之進は、不意に胸の奥が熱くなる。

天を仰ぐ源之進の目に涙がにじむ。


「そうだな。まったくその通りだ。女神様には本当に感謝しかないな。百合様が召されてから、ずっと殻に閉じこもっておいでだったようだが、今日の沙魚丸様は、とても快活なお姿であった。ようやく、百合様の墓前にいい知らせをお届けできそうだ。」


「秋夜叉姫様は、本当に素晴らしい神様ですね、父上。その、浅学のためお教えいただきたいのですが、秋夜叉姫様は、どのような女神様なのでしょうか?」


小次郎の質問を聞いた源之進は、少し困ったような笑顔を浮かべる。


「私も知らん。」


父と子が織りなしてきた緊張感の中に和やかさを含んだ空気が一変し、二人の間にほんのりと気まずい沈黙が漂う。


〈私が質問をしなければ・・・〉

この微妙な空気を打ち壊すために、小次郎は思いついたことを咄嗟に口走る。


「そんな(たぐい)まれな女神様から見込まれるとは、沙魚丸様も稀代のお方になるかもしれませんね。」


「そのためには、私たちも頑張らないとな。」


源之進は、こぶしを握り締めると、小次郎の前に突き出した。


父から突き出されたこぶしに小次郎は自らのこぶしを恐る恐る当てる。


沙魚丸様を共に支える仲間の一人として父が自分を認めてくれたのだ。

こぼれ落ちそうになる涙をこらえながら小次郎の胸は高鳴る。


「まぁ、あれだな、女神様のことは和尚に聞けば分かるだろう。」

父が恥ずかしそうに呟いたことに小次郎は興奮のあまりまったく気が付かなかった。


沙魚丸が女神と会ったことで、これからの人生が激変する予感にふつふつと血がたぎり小次郎は眠気をまるで覚えない。


鬱々としていた沙魚丸が明るくなり、今まで滅多に会えず、ほとんど話もできなかったため、距離を感じていた父と打ち解けることができた。


喜びに打ち震える小次郎に応えるように、「ホッホウ ホッホウ」と深夜の森に鳥の鳴き声が響く。


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