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信玄だって芋虫が嫌いだったんだから

二十一世紀初めにある戦国ゲームが発売された。このゲームは空前の大ヒットとなり、若い女性の間で戦国武将がブームとなるきっかけとなった。また、戦国時代をテーマとした大河ドラマや映画で数々のヒット作品が生み出されたことも戦国武将ブームの更なる後押しとなった。


それら戦国武将のゆかりの城として、それまでは圧倒的に中年男性の趣味であったお城巡りに続々と女性が参加していく。

彼女たち城好き女子は『城ガール』と呼ばれ、SNSや交流会で情報交換を行い、城の魅力について語り合える友人となり続々と城ガールを増やしていく。


そんな城ガールの一人に沙魚丸と名乗る人物がいる。もちろんハンドルネームである。

本名は、谷沢結衣という小さな会社で経理など間接業務の全部を任されている女性なのだが、彼女は、副業で絵描きをしているため、沙魚丸と言うペンネームを用いている。


幼少の頃、真田幸村が登場している写真集や小説、グッズなどに囲まれて生活をしていた真田幸村ファンの祖母が作ってくれる極細の芋けんぴをボリボリと食べながら一緒に見る時代劇が好きだった。

おばあちゃん子だった沙魚丸が祖母を喜ばせるために始めた戦国武将がらみの勉強が、いつのまにかミイラ取りがミイラになるのには大した時間はかからなかった。


先年、沙魚丸のもとに戦国ゲームに登場する武将のキャライラスト制作が舞い込む。制作対象のキャラ達のことをより深く調べようと、休日や有休を使って武将ゆかりの地を行脚して行く内に軍事拠点としてだけでなく統治・シンボル・住居など様々な目的のために用いられた城の奥深さに魅了され、城ガールの一人となった。


城と一口に言っても、山に築かれた城を山城と言うが、山城を愛する女子を『山城ガール』と言われ敬意を払われている。なぜなら、姫路城や大坂城のような気軽に行ける城と違い、山城は未整備の自然の中に立ち向かう気力と体力が必要な城だからである。もっとも、地域の人たちが丁寧に整備をしてくれている山城もあるが、山城の大多数は長年放置された結果、自然と同化しているものが多いのも事実である。


山城ガールに実際に行ってみて良かった山城はどこか?という設問で彼女達にアンケートを取ると常に上位に入る城がある。

その名を『大鍬形城(おおくわがたじょう)』という。


戦国時代に彗星のごとく現れた戦国大名の一雄である赤葦氏が拠点とした山城で、建築物は残っていないが土塁や堀切、曲輪などの遺構が残っている。地域の城址保存会が史跡の保存・活用のための整備・復元を進めているが、山城の範囲が広く野生動物に遭遇する可能性も高いため、女性問わず男性含め単独での登城はなかなか難しい山城である。


しかし、大鍬形城には、そんな困難を覆すだけの魅力がある。大鍬形城の主郭とされる山頂の曲輪に立てば、木々の間から透明感のあるエメラルドグリーンの海が広がる平田湾内に赤葦水軍の栄華の名残を留める基地跡を一望できる。視線を上げると、鋸富士と呼ばれる天海鹿山(あまみしかさん)の雄大な姿を望むことができる。また、日の出の時間に山頂に立つことが可能ならば、濃紺色をした夜空が海の向こうからオレンジ色に染められる幻想的な光景を見ることができる。


気軽に行けない点は悲しいが、戦国武将の気分に浸れる上に眺望が素晴らしいと、山城ガールの間では一度は登城すべき城として人気となっている。


沙魚丸は、虫が苦手である。

祖母によると、小さい頃はバッタやらセミやら平気で捕まえて来ていたらしい。ある時は、蒲焼にして欲しいと鼻息荒く祖母に捕まえたウナギをバケツに入れて差し出した、メクラヘビだったということもあったらしい。

小さい頃のやんちゃな話は、沙魚丸の記憶からは完全に抹消されているが。

虫たちの祟りか取り過ぎた反動なのか分からないが、大人となった沙魚丸は、虫を見るだけで後ずさり逃げ出すほど苦手となった。


中でもクモが天敵である。

追い詰められたゴキブリが沙魚丸の顔めがけて飛んでくれば、己の身を守るために手にした箒で撃ち落とすこともできるのだが、クモはその姿・形を見るだけで震えが来るぐらい無理なのである。

まして、巣と共にクモ本体が頭にべったりと付いた日には、気絶することは間違いない。


虫嫌いの沙魚丸にとって、自然豊かな山の中にある山城には当たり前のようにクモを始めとした虫たちがたくさんいるので、沙魚丸は山城に行くのを避けてきた。加えて、知り合った山城好きの人達、特におじさん達から


「藪漕ぎしたことのない城好きは、にわかだよね。」


と勝ち誇ったようにのたまわれ、さらに、熱心に見ていた城好きアイチューバーがある山城を紹介した投稿の中で


「クモさん、こんにちは」


とか楽しそうな笑顔をして、黄色と黒色がはっきりと分かる大きなジョロウグモを画面にドアップしてきた時に、絶対に行くもんかと決心した。

そんな沙魚丸が、今、大鍬形城の大手口へと続く尾根をハァハァと息を荒げて登っている。


沙魚丸は気づいたのだ。

虫がいないか少なくなった季節に行けばいいのだと。

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