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頭の上でクエスチョンマークが浮かぶ沙魚丸を見た源之進は、笑顔で沙魚丸に問いかける。


「内容が物騒だったかもしれませんが、ご神託をいただいた沙魚丸様にはご承知いただかなければなりません。沙魚丸様、何か疑問がございましたら何なりとお聞きください。」


源之進に促された沙魚丸は、背筋を伸ばす。


「源之進さん、私が言うのも何なのですが・・・、そのですね、女神様とか神託って、そこまで影響があるのですか?神や仏への信仰があるのは分かっているつもりです。でも、具体的な恩恵があるわけではないのでしょう?それに、ご神託を授かったと嘘を言う人もいるかもしれませんし。」


「なるほど。沙魚丸様が抱いた疑問もその通りです。確かに、私たち人間に目に見えるような恩恵を神や仏からいただくことは滅多にありませんが、神や仏はいらっしゃいます。例えば、飢饉や洪水、嵐などに備えて私たちは色々と準備をしますし、天災が実際に訪れた時にも生きようと必死にあがきます。」


源之進は、静かに空を指さした。

「ただし、最終的に生き残ることができるかどうかは天が決めることです。」


「それは、そうですね・・・」

沙魚丸は呟く。


「私たちは心の奥底で神や仏に生かされていると思って生きているので、ご神託を授かった方を尊ぶと言うのは自然なことなのです。ただし、ご神託を授かるだけの資格があるかどうかを人々は見極めます。」


「資格ですか?それは・・・」

沙魚丸は、国家資格とか大学で単位を取ったりするのですか、と言いそうになって、慌てて言葉を飲み込む。


「神や仏からご神託を授かるにふさわしい人格や品位、実力を持った方かということです。」


〈それって、私にあるのかしら?〉


腑に落ちない顔をした沙魚丸を見て、源之進は笑う。


「もちろん、今の沙魚丸様がご神託を授かったと言っても信じる者は少ないでしょう。しかし、沙魚丸様は庶子と言えども、椎名家の血筋を引くお方ですので、貴種のお生まれと言うことで人々は沙魚丸様をご神託を授かるにしかるべき者と称えるでしょう。それが、お嫌であるのならば、これから人格を磨き実力を示していけばよいのです。何といっても、沙魚丸様は女神様に認められた方なのですから。」


〈私にできるかな・・・〉


今までこれといった何かを成し遂げる訳でもなく中途半端に生きて来たことを思い出し、沙魚丸は、うつむいてしまう。


そんな沙魚丸に源之進はひざまづき、沙魚丸の顔をじっと見る。


「沙魚丸様。私は百合様よりあなたのことを託されました。ですので、今は傅役としてではなく、百合様の幼馴染として申し上げます。」


源之進の優しい声音に沙魚丸は大きく首を縦に振る。


「沙魚丸様が武将として生きると言うことは、我ら家臣や領民を食べさせるために、他国から奪い、殺すことが必要となります。時には自らの家臣や領民を犠牲にすることもあるでしょう。沙魚丸様に付き従う者たちと共に生きていく国を造るには、人の血と命を犠牲にし自国を富ませる覚悟が必要なのです。」


優しい声音に反した源之進の射るような眼差しに(ひる)んだ沙魚丸だが、ぼそりと疑問を口に出す。


「でも、相手が平和を望むこともあるでしょう。」


「そうですね。誰もが平和を望んでおります。しかし、人の上に立つ者と民とでは意味が違うのです。」


源之進は、耳を澄まして聞いている沙魚丸を見て、話を続けた。


「上に立つ者が平和を望むのであれば、自らの手で平和を勝ち取らなければいけません。平和を実現するためには、圧倒的な武力で世を平定することが必要です。なぜなら、今は、衣食住のすべてが不足し、餓死が当たり前の時代なのです。自国の者たちを食べさせるため、少ない食べ物を求め、奪い合う虎狼のごとき者たちを残らず服従させなければ平和にはならないのです。」


沙魚丸は飢えたことなどないし、部下の一人も持ったこともない。

なので、正直なところ、源之進に覚悟について詰め寄られても困るのが本音だ。


〈源之進さん、私はまだこちらの世界に来て数時間も経ってないのです。この世界に慣れるまで、もう少し待って欲しいです。〉


源之進は、沙魚丸の目に浮かぶ甘えを見て取った。


「今から言うことに御腹立ちであれば、ここで私を切り捨てて下さい。」


〈源之進さん、何を言い出すの?そんなことできる訳ないでしょ。〉


沙魚丸は心の中で源之進に訴えるが、沙魚丸を見つめる源之進のただならぬ雰囲気に黙って頷かざるを得なかった。


死を覚悟した者の瞳は、静かな湖面のように澄み渡ると言う。

源之進の美しく透き通る瞳に吸い込まれるように見入った沙魚丸から周囲の音が消える。


「主君の地位に覚悟の定まらない者が就くと、家臣や領民は必ず不幸となります。国内は乱れ、流行(はや)り病で寝たきりになる者や他国に侵され奴隷となり死んだ方がましというような扱いを受ける者たちが出るのです。」


「でも、私は体も大きくないし、頭もそんなに良くないです。」

悲し気に沙魚丸が小さな声を出した。


源之進は首を横に振り、沙魚丸を勇気づける様に話す。

「武勇や智謀に優れていることだけが主君に求められる資質ではありません。覚悟なき主君が振るう力は、蛮勇であり、人を不幸にするだけです。私利私欲にとらわれず、民を愛する気持ちが必要なのです。」


一拍置いた源之進は、優しい笑顔を沙魚丸に向けた。

「もしも、沙魚丸様が覇道を進むことを良しとしないのであれば、逃げることをお勧めいたします。僧侶となり、主君としての責務を捨て去り、安寧の生活をお求めになるのがよろしいと考えます。」


沙魚丸は、基本的に小心者であり、そんな自分を嫌っている。


だからこそ、沙魚丸は、できるかどうかは別として自分が取る行動が美しいかどうかを人生の判断基準としている。


そんな性格の沙魚丸が、どんな善意であっても、自分だけ幸せになりなさいと言われて、『うん、分かった。』と頷けるほど肝は太くない。


仲間がバタバタ倒れている中で、一人だけ安全な所でのんびりと過ごして、周囲から後ろ指を指されるぐらいなら、共に行動し共に倒れることを選ぶ。


それが美しい生き方だから。


沙魚丸の答えは、もちろんノーである。


「源之進さん。私は、あなたたちと共に生きて行きたいです。私が覚悟を忘れた時は、叱咤(しった)してください。それこそが傅役としてのお務めでしょう。」


沙魚丸は微笑む。


沙魚丸から嬉しい不意打ちを喰らった源之進は、感極まった様子で目を潤ませ、姿勢を正した。


千鳥ヶ淵(ちどりがふち)源之進暁月(あかつき)は、沙魚丸様のご覚悟をお聞きし、改めてここに誓います。沙魚丸様の刀となり、矢となり、盾となり、我が生涯を捧げると。」


源之進の忠誠の言葉に沙魚丸は喜びを感じた。

血みどろの道を一緒に歩いてくれることに嬉しさを感じ、前を向いた顔は明るく輝いていた。



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