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砦奪取作戦

さて、話は一旦(さかのぼ)る。

「沙魚丸様の臣下に加えて欲しい!」

直継が沙魚丸に向かって直談判を始めた時にまで・・・



直継の朗らかな表情とは、不釣り合いで奇怪な言葉。

『蓬生家を沙魚丸様の臣下としてくだされ。』


最初、沙魚丸は聞き間違いかな、と思った。

だが、クルクルと左右を見渡せば、源之進も次五郎もポカンとした顔で固まっている。

〈おおぅ。これは私の聞き間違いでは無いのね。すると、直継さんなりの冗談かしら。〉


冗談・・・

だとすると、センスの欠片も無い。

無い、と言うよりヤバいのだ。


笑えない。

笑わないのではなく、笑えないのだ。

前世では、勤務中ずっとオヤジギャグが飛び交う中、笑顔で聞き続けた強者の沙魚丸ですら笑えない。

なぜなら、直継が言ったことは、椎名家の秩序を崩壊させかねないほどのナイーブな発言であり、決して冗談で済ませられる内容ではないからだ。


沙魚丸は椎名本家の人間である。

しかし、元服式を上げれば、全てが変わる。


鵈沙魚丸。


沙魚丸の新しい名である。

そう、沙魚丸は椎名本家の人間ではなくなるのだ。


新しい家を興した沙魚丸は、椎名本家から独立し、椎名家の家臣となる。

そうなると、沙魚丸と直継の立場は国衆として同格になる。

一門衆と外様衆の違いはあるが、ここでは大した問題ではない。

直継が完全に従属するのは、椎名家当主の龍久でなければならないのだ。


しかし、直継は沙魚丸に従属すると言い切った。

これは、マズい。

実にマズい。

沙魚丸の芯が凍りつくほどマズい。

直継にその気は無いのかもしれない。

だが、現当主の龍久を本家の長として認めず、沙魚丸が本家の長にふさわしい、と言っているも同然。

お子ちゃまが言うならまだしも、蓬生家を数十年守り続けて来た直継が冗談でも言っていいことではない。

会ってからまだ1日も経っていないが、直継が冗談を言う男ではないと沙魚丸は見極めた。

悩みに悩んだ末、沙魚丸はある仮設にたどり着く。

〈これしかない。〉

これで全ての問題は解決よ、と沙魚丸は自信満々で自説を開陳する。


「直継さんはお酒に弱いのですね。まさか、甘酒みたらし団子で酔うとは・・・。知らなかったとは言え申し訳ありません。今後は気を付けます。」


だから、もう訳の分からないことを言うのは止めて!

そんな想いをたっぷりと籠めて語った。


そう、沙魚丸は全てをお酒のせいにすることにしたのだ。

これぞ、大人の知恵。

その手があったか、と源之進たちも救われたように明るい顔となる。

作戦成功と思われたその時、ドンと強く床を叩く音が鳴り響いた。


この場には、一人だけ空気を読まない男がいた。

直継である。

直継は再びドンと床を叩いて叫ぶ。


「儂が一升や二升ごときの酒で酔うものか! そんなことぐらい源之進が知っておる。それよりも、沙魚丸様を見損のうたわ。男の頼みをまともに聞かず、酒のせいにして逃げる。男気が足らん、足らんぞ!」


烈火のごとく直継は怒り始めた。

〈男気って言うけど、私、心は女の子だもん。とは言え、そんなことは言えないし・・・。よし、ここは正論で逃げるわ。〉

直継の前に沙魚丸は姿勢を改めた。


「私は椎名家の一家臣に過ぎません。その一家臣に直継様のような立派な国衆が従属するとなると、兄上のお許しが必要になります。それまで、お返事をお待ちいただけませんか。」


フン

直継は鼻を鳴らす。


「椎名本家のゴタゴタは、儂ですら知っておりますぞ。龍久様は監禁状態。あの雨情様すら会えんのに、沙魚丸様はどうやって龍久様にお許しを得るおつもりか。」


「えっ、兄上が監禁状態?」


沙魚丸の驚いた顔を見て、直継が不審な表情に変わる。


「なんじゃ、沙魚丸様はご存じ無いのか。」


呆然としている沙魚丸の代わりに源之進が答えた。


「沙魚丸様にはお知らせするな、と雨情様から厳命されておりますので。」


「やれやれ。雨情様は本当に沙魚丸様にお優しいことだ。」


ガリガリと頭を掻いた直継が、改めて手を床につき頭を下げた。


「そう言う訳で、儂が誰の下につこうが儂の自由。これからは儂を家臣としてこき使ってくだされ。」


目をキラキラと輝かせる直継だが、沙魚丸の頭は直継どころではない。

沙魚丸の脳は、直継を視界から強制排除する。

龍久と言えば、椎名家の血筋で唯一人、沙魚丸に優しく接してくれた人。

亡き沙魚丸の記憶にも強く焼き付いている。

そんな龍久が監禁されている。

何も知らず、のうのうと生きて来た自分に腹が立つ。

沙魚丸は立ち上がるや否や大声を出す。


「こんな所でウダウダしている場合じゃありません。今すぐ、兄上を助けに行きます。」


「なりません。」


だが、沙魚丸の決意も源之進によって言下に否定された。

源之進は座ったままだが、息を呑むような迫力がある。

〈とても静かな口調なのに、気合がヤバいわね。〉

源之進の背後に渦巻くようなオーラが見え始めた。

いや、気のせいよ。

しかし、沙魚丸の体は正直だ。

源之進の迫力に足がガクガクと震える。

〈ここで引いては女がすたるわ。〉

沙魚丸は覇気溢れる源之進をしっかと睨む。


「兄上が苦境にあるのに、弟である自分が救いに行くのがダメなんですか。」


「雨情様が口止めした意味をよくお考え下さい。今、沙魚丸様が龍久様をお救いに行ったとしても、何もできません。謀反の罪で殺されるだけです。」


「叔父上が口止め・・・」


ボソッと呟いた沙魚丸は、糸の切れた人形のようにどさりとその場に座る。

そして、二言、三言と何かを呟くと、手で顔を覆い、声を殺して泣き始めた。

沙魚丸の横で源之進は力なく(うつむ)く。

誰もが何も言わない。

うっ、うっ、うっ、と忍び泣く沙魚丸の声に皆は拳を強く握り締める。

心の中で沙魚丸に謝りながら・・・

しばらく泣き続けた沙魚丸は、サッと涙を拭きとると思いっきり自身の頬を張った。


「大恩ある兄上を救わずして、椎名家の中で生きていようとは思いません。私は強くなって、兄上を救いに行きます。この地を豊かにし、兵を強くし、椎名家の中で最も強くなります。皆さん、私に手を貸してください。」


「「「応!」」」


と一斉に声が上がった。

沙魚丸は視線を直継に向けるとニッコリと笑う。

〈頑固おやじさん、ビシビシこき使ってやるから、よろしくね。〉


「と言う訳です。直継さんの働きに期待しています。」


「お任せあれ。」


直継が臣下の礼を取った時、針間がそっと沙魚丸に耳打ちした。


「二郎が戻って参りました。」


「すぐに通してください。報告を聞きましょう。」


針間と共に砦の様子を見に行った二郎だが、針間が現状報告に戻る際、砦の様子を引き続き見張るように命じられた。

ここに二郎が現れたと言うことは、砦に何か動きがあったのだろう。

二郎からの聞き取りを源之進が始めた。


「秋月兵が砦に入りました。その数、およそ200。大半が農民のようで、砦に入るなり、普請を始めました。」


「兵糧はどうだ。」


「1か月分と思われる兵糧を確認いたしました。私がこちらへ戻るに当たって、2名を砦の見張りに残しました。」


「よくやってくれた。」


二郎から砦の様子を聞き終わった源之進が沙魚丸に向き直る。

どうされます? と言う目をして。


まだ誰にも言っていないが、沙魚丸は砦を渡す気は無い。

地図を穴があくほど見た沙魚丸は、砦が重要地点にあると判断した。

秋月と鵈の地をつなぐ交通の要所と言うだけではない。

〈塩之津と言うから、塩田があると思っていたけど、まさかの場所にあるわね。〉

沙魚丸が頭を抱えた塩田の位置。

それは、まさしく砦の付近にあるのだ。

砦を渡せない理由はまだある。

傭兵が舟で逃げた、と言うことは、この砦に舟で出入りできると考えて間違いはない。

すると、この砦は海上交通を見張る砦にもなるのだ。

ここを押さえられると、海の出入りが困難になる。

せっかく、湊を手に入れのに・・・


でもなぁ、と沙魚丸は頭を傾げる。

沙魚丸には幾ら考えても分からないことがある。

こんな重要な場所を清柳が放棄した理由が分からない。

ブンブンと沙魚丸は頭を振った。

〈清柳さんのことは今はどうでもいいわ。砦を獲ったら何か新事実が出るでしょう。〉

とにかく、今は砦をどうするか、だ。

何か決めるにしても、もう少し情報が欲しい、

そう思った沙魚丸は針間に尋ねる。


「針間さんの元には、今、何人の忍びがいますか。」


「四葩が連れて来た者が10名おります。」


了解、と沙魚丸はコクリと頷いた。


「源之進さん、砦を一気に攻め落としたいのですが、どう思いますか。」


地図に目を落とした源之進が、うーんと頭を捻る。

そして、1点を指し示す。

そこには、沼と書かれていた。


「砦に行くためには、この沼を越えなければなりません。この沼についてもう少し調べないと、何とも言えません。」


「あの、その沼の事でしたら、私がお答えいたします。」


ここで地元を一番よく知る人間、幸之助が現れた。

これから沙魚丸軍が到着し、町に出入りする人間が増えると言うことで、色々な差配をお願いしていたのだが、一通りのことが終わったのか、座敷に戻って来たのだ。


「それは助かる。この沼は海とは違うのか。」


「この沼は海とつながっておりまして、淡水魚と海水魚が共存しているのです。夜にはこの沼で獲れたお魚を召し上がっていただこうと思っております。」


幸之助の言葉に沙魚丸の目がギラリと光る。

〈それって、汽水湖ってことよね。と言うことは、色々な美味しい魚が獲れるんじゃないの。〉

食い気が最優先。

うひょひょひょ、と心の中で笑った沙魚丸だが、源之進の何とも言えない視線を察知し、今は軍議中と心を引き締める。


「単刀直入に聞こう。この沼を渡って、砦を攻めたい。傭兵が舟を壊し退去した今、何か方法があるなら教えてくれ。」


「お待ちください。」


幸之助は言うや否や、矢立てを取り出し、沼の中にスーッと筆で1本の線を描いた。


「潮の干満により、ここは馬で通れるほどの浅い部分となります。地元の民でも、知っているのは漁師などでございます。」


ふむ、と源之進は腕を組んだ。


「このことは傭兵も知っているのだな。」


ビクッと幸之助の体が跳ねた。

まるで、大事な隠し事がバレた時の様に・・・


「もっ、申し訳ございません。まさか、砦を攻められるとは思わなかったので・・・」


バッ、と源之進が幸之助の顔の前に手を広げた。


「言い訳はいい。知っていることを全て話せ。」


「はっ、はい。」


幸之助は語り始めた。

沼を突っ切る道は、そのまま山へ通じており、山道をまっすぐに行けば、砦の裏手に通じていることを。

そして、話の最後になった時、幸之助の顔は真っ青になり、少なからず震えていた。


「実は傭兵の計画を私も知っておりました。来年、沙魚丸様が当町へ入るのを傭兵が防ぐ間に、砦から出た兵が沙魚丸様の軍を背後から夜襲すると自慢気に申しておりました。ですが、沙魚丸様が町に入ったので、もうこの計画は無理だろう、と思ったのです。」


申し訳ございません、と謝る幸之助だが、源之進がボソリと呟いた。


「そうなると、当軍の大半はやられていただろうな。」


さらに、次五郎も相槌を打つ。


「夜の挟み撃ちか。しかも、初めての土地。沙魚丸様を逃がすだけで精いっぱいだな。」


ご勘弁ください、と謝る幸之助の背中を次五郎がポンポンと叩く。


「冗談だ、冗談。俺たちが傭兵の夜襲ごときでやられるものか。」


「いや、夜襲でビックリした沙魚丸様は逃げようとして川で溺れる。」


信じられない言葉が聞こえた。

〈えっ、何。ビックリして溺れて死ぬの。私が・・・〉

誰だ、そんなことを言うのは。

怒った沙魚丸が発言者へ顔を向けると、そこには田頭がいた。

沙魚丸の顔を見た田頭はニヤッと笑う。


「沙魚丸様、騎馬兵を連れて参りました。さぁ、おっぱじめましょうか!」


「その前に訂正してください。田頭さん、私はあなたの猛特訓のおかげでスイスイ泳げるようになりました。だから、絶対に溺れません。」


ムキになって沙魚丸が言い返すが、田頭はヒューと口笛で答えた。

そして、いや、いや、とあきれ顔で田頭が手を振るではないか。


「褌で泳げるようにはなりました。しかし、鎧を着用しての特訓は、まだ途中ではないですか。」


くっ・・・

沙魚丸は下を向いて押し黙る。

田頭の言う通り、着衣水泳も甲冑泳ぎもマスターしていない。

まだ、まだ道半ばなのだ。

沙魚丸がぐぬぬと唸っていると、次五郎が田頭の肩をガッと抱いていた。


「おう、田頭。いつの間に来たんだ。静かで分からんかった。」


「沙魚丸様を驚かせようと思ってな。馬には(ばい)(ふく)ませ、草鞋を履かせてきた。だが、やり過ぎた。到着したのに誰も俺たちのことを気づいてくれんかった。失敗した。」


悲しい、と田頭が泣き真似をした隙を狙って、沙魚丸は田頭にボディーブローを炸裂させた。

ぐはぁ。

田頭が跪く。


「主君を馬鹿にするとは100年早い。源之進さんに勝てないくせに、主君を煽るとは言語道断。ふはは、ざまぁみろ。」


悔しそうに沙魚丸を見た田頭はガクッと崩れ落ちた。

鶴山城の戦いで源之進に負けて以来、田頭は源之進に何度も挑んでいるが、今のところ一度も勝っていない。

そこを沙魚丸に指摘されたのだ。


「人の心の傷を土足で踏みにじるとは、なんて酷い主君なんだ。」


ボソリと呟いた田頭の声は、幸か不幸か沙魚丸には届かなかった。

到着した騎馬隊を見に行っていた直継が何か叫びながら戻って来たのだ。


「あれは、喜び声のようですね。」


自信なさげに源之進が言うと、周囲からも、あぁ、そうかも、と言う声が起きた。

嬉々とした表情を浮かべる直継を見て、沙魚丸は喜び声だったのね、と納得した。

〈てっきり、猿叫(えんきょう)かと思ったわ。〉

そんな直継だが、沙魚丸の前に座ると、とびっきりの笑顔となった。

ヤバい、と身構える沙魚丸の勘は当たった。

意味不明なことを言い出したのだ。


「沙魚丸様。儂はあなたに仕えるのに条件を付けることにした。」


「条件ですか・・・」


ふーむ、と沙魚丸は腕を組んだ。

〈家臣になって欲しい、とは私から1回もお願いしてないよね。直継さんが私の家臣になりたいって言ったんだよね。〉

沙魚丸はだんだん腹が立ってきた。

援軍で来てくれたとは言え、さっきから直継の言葉に右往左往している自分が情けない。


「一応お聞きしますが、私にお願いしてるんですよね。」


「もちろんじゃ。それが証拠にこうして頭を下げておるではないか。」


沙魚丸は大きなため息を吐いた。

〈確かに、頭は下げてます。でも、同時に脅迫してますよ・・・〉

ヤレヤレと肩をすくめた沙魚丸は条件を聞くことにした。

〈条件が手前勝手なものだったら、直継さんには引き上げてもらおう。田頭さんが騎馬兵を連れて来てくれたしね。〉


「条件を教えてください。」


「秋月屋敷にいる儂の娘、桔梗を助けて欲しい。」


そう言うと、直継は額を床にこすりつける。

〈なるほど。うちの騎馬隊が立派だから、秋月家も攻め落とせるって考えたのね。直継さんにとって桔梗姫が大事なように、私には一緒に修行した騎馬隊のみんなが大事なのよね・・・〉

沙魚丸は、共に修業した一人一人の顔も名もすべて覚えている。

別に記憶力がいいとかではない。

仲間で助け合わねば、突破できない修行のお陰で全て覚えてしまったのだ。

〈でも、困っている私を助けに来てくれたのも直継さんなのよね。〉

やるか、と沙魚丸は決めた。

桔梗姫を助けに行きましょう。

直継にかけるはずの言葉を沙魚丸は飲み込んだ。


直継から先ほどまでの勢いがすっかり消え失せてたのだ。

沙魚丸の前には、憐れな娘を助け出して欲しい、と懇願する老爺がいた。

大きい体がしぼんだように見える。

わなわなと体を震わせ、どうかお頼み申す、と連呼する直継に沙魚丸は声を失った。

〈娘を持つ父親か・・・〉

前世の父の姿が直継に重なる。

お父さん・・・

小さな声で呟いた沙魚丸は、直継の肩にそっと手を置いた。


「やりましょう。」


その瞬間、砦攻めは止めになった。

そして、秋月屋敷から桔梗を救い出すための作戦会議が始まった。

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