告白
思いつめたように言葉を絞り出そうとする沙魚丸に源之進と小次郎は姿勢を正す。
「木から落ちて気を失った時に、私は女神様にお会いしたのです。女神様は、『私を見守っている。』と仰ってくださいました。女神様の慈悲深い御心に感動した私はこれまでの生き方を猛烈に反省し、まずはあなたたち二人に立派な主と認めてもらえるよう励もうと思っています。今までの私と色々な点で違和感があると感じるかもしれませんが、どうか見守って欲しいと思っています。」
眼を輝かせ語る沙魚丸の話の内容に源之進と小次郎は仰天し絶句する。
声を失った二人を見て、沙魚丸は心の中でニンマリと笑う。
〈ふっふーん。思った通りだわ。戦国時代っぽいと女神様に教えてもらっていたから科学は未発達なはず。つまり、この時代の人間にはどうしようもないことは神仏にすがるしかないと考えたけど、ズバリだったみたいね。オルレアンの少女を気取るつもりはないけど、『女神様が仰せになりました。』ってことで色々と乗り切れそうだわ。私って、なかなかできる女・・・もとい男じゃないかしら。〉
「そんな訳で、お二人には色々とご迷惑をかけると思うのですが、これからもよろしくお願いします。」
沙魚丸は清々しい顔を二人に向け、ぺこりと頭を下げる。
「沙魚丸様。申し訳ありませんが、そんな訳では足りなさすぎです。」
かぶりを振り眉間に皺を寄せた小次郎が詰め寄る。
「沙魚丸様。私も小次郎と同意見です。女神様のお名前やご神託の内容、どのようにお会いしたのか、その他諸々をもう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか。」
重々しい表情ではあるが、優しい声で源之進が沙魚丸に問いかける。
〈おっ、おう。なんだか二人とも思った以上に信じてくれたみたいね。でも、転生前の私のことから話すのは避けたほうがいいかな。説明が難しいし、何より面倒くさいもんね。とりあえず、二人の顔色を見つつ話してみようっと。〉
「私が出会った女神様は、武神の一柱で秋夜叉姫と申されておりました。それはもう大変美しい女神様で、初めてお姿を拝見した時にはよだ・・・ゴホン。えっと、お顔も立ち姿も所作も、すべてが、この世では見たことのない美しいお方でした。」
沙魚丸は女神との出会いを思い出し、うっとりとした顔になる。
そのまま、沙魚丸のうっとりとした顔が続く。
まだ続く。
「沙魚丸様。続きをお願いいたします。」
違う世界へ旅立って行ってしまった沙魚丸を源之進が連れ戻す。
〈いけない。自分の世界に入ってたわ。ごめんなさい、二人とも。〉
「そうですね。続きですよね。えっと、どこまで話しましたっけ?」
エヘヘと愛想笑いをする沙魚丸に源之進は微笑んで答える。
「女神様が大変美しいお方ということをお話しいただきました。」
〈あらら、何にも話してない。自分の世界に入り込む性格はそのままなのね。二人に迷惑かけちゃうから、早めになおさないと。それにしても、源之進さんはなんて優しいのかしら。社長だったら、要点をサクサク話せって激おこ間違いなしなのにね。〉
「えっとですね。美しい女神様は仰いました。私が一国一城の主となった暁には、女神様の社を建て、祭りを開きなさいと。」
〈女神様とはもっと長々とお話したと思ったけど、これだけだっけ?おかしいなぁ・・・〉
沙魚丸がうーんと首を捻っていると、小次郎の明るい声が耳に届く。
「沙魚丸様、おめでとうございます。女神様のご神託を成就するために小次郎は我が身を沙魚丸様へ捧げ、死に物狂いでお仕えいたします。」
今にも小躍りしそうなほどの喜色を示す小次郎に沙魚丸も考え事をしていたことを忘れ嬉しくなる。
沙魚丸は単純な性格なので、話し相手が喜んでいると自分もウキウキとしてくる。
そんな沙魚丸と小次郎のやり取りを黙然と眺めていた源之進は、沙魚丸の顔を少しばかり困った顔で見つめる。
「沙魚丸様、女神様に招かれたことは当面の間、口を閉ざし、我らだけの秘密としなければなりません。」
源之進の引き締まった表情に沙魚丸は浮かれすぎたと反省する。
「そうですね。女神様とお会いしたって言っても誰も信じないでしょうしね・・・」
決まり悪げに沙魚丸は苦笑する。
「そうではございません。沙魚丸様は神に選ばれた者となったのです。しかも、女神様から一国一城の主になれとご神託まで授かったのです。」
源之進はももの上に置いた拳を握りしめ、次の言葉を一旦飲み込み沙魚丸の表情を窺う。
源之進が何を言いたいのか理解できない沙魚丸は、さも理解しているよと言う風に満面の笑顔を源之進に向ける。
笑顔を向けられた源之進は忸怩たる思いに駆られる。
〈神託を授かったと大っぴらに触れ回り、沙魚丸様の優秀さを知らしめる機会であるのに、私が不甲斐ないせいで、このような提案をしなければいけないとは・・・〉
「百合様がお亡くなりになるとすぐにお屋敷から追い出され我が家へお移りいただきましたが、世継ぎ争いから離れることが沙魚丸様のためには良かったと思っております。しかし、沙魚丸様が女神様よりご神託を授かったと言うことが広まれば、必ずや沙魚丸様のお命を亡きものにしようと企む者が現れます。そのため、ご神託のことは今しばらく我ら三人の胸の内に留め置くようお願いしたいのです。」
源之進は、一つ一つの言葉を噛みしめる様にゆっくりと話す。
平和な日常を過ごしていた世界からやってきた沙魚丸には、命が狙われると言われても実感がわかないし、引き継いだ記憶からも命を狙われたものは見当たらない。
あるのは、母亡きあと、手のひらを返したように対応が冷たくなった人たちの仕打ちによって刻み込まれた悲しみ混じりの憎悪くらいだ。
「私は、源之進さんのお家の方がお屋敷よりもずっと居心地が良いですし、寂しいとか辛いと思ったことはないです。女神様の社を造ると言っても、実現するのはまだまだ先のことだと思いますし、秘密にしておく方がいいと源之進さんが言うのなら、そうします。」
沙魚丸の悠長な口振りに、若干気楽になった源之進だが、沙魚丸が事の重大さに気づいていないと考え、重い口を開く。
「実を言いますと、沙魚丸様が元服なさってからお話ししようと考えておりましたが、今後の立ち居振る舞いに十二分に配慮していただく必要がございますため、沙魚丸様の現状について説明させていただきます。よろしいでしょうか。」
疑問形と言うよりは源之進の有無を言わさぬ口調に沙魚丸は思わずブンブンと首を縦に振る。




