表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/170

騎馬武者

突然、現れた3騎の騎馬武者。

源之進と次五郎がほぼ同時に地面を蹴る。


「沙魚丸様、我らの後に!」


抜刀した二人は沙魚丸を背に(かば)い、騎馬武者をはっしと睨みつける。

沙魚丸の背後では、針間と二郎が音も無く藪の中へと姿を消す。

周囲が騒然とする中、沙魚丸は腕を組みドンと構えた。

〈源之進さんと次五郎さんが陽動として立ち回り、針間さんと二郎さんが騎馬武者の死角から攻撃する。そして、私は不動の構えを取る!〉


口を真一文字に結び、仁王立ちする沙魚丸はこの陣形を取るたびに思い出すことがある。

襲撃を受けた際の陣形訓練をする沙魚丸には常々謎に思うことがあった。

〈襲撃時に大将の私が堂々と仁王立ちしているのって危なくない。ビビっている訳じゃないのよ。ないんだけど、大将の命が大事ならしゃがむ方が安全じゃないかしら。〉

ある日、我慢できなくなった沙魚丸は、小次郎にその疑問をぶつけてみた。


(まぐさ)の中に頭を突っ込み、ひょっこり尻を出した沙魚丸様が子ウサギのようにブルブルと震えている姿を見た兵たちの士気はどうなると思いますか。」


「いえ、しゃがむだけなんですけど・・・」


「同じことです。」


冷然と告げられた沙魚丸は、すいません、と蚊の鳴くような声で答えた。

それからと言うもの、沙魚丸は()れるものなら()ってみろ、と決死の覚悟で立つことを心掛けた。

矢を避ける訓練も頑張った。


そんな思い出に苦笑しつつ、防御陣形にササッと移行したことで沙魚丸はホッと胸を撫でおろす。

〈相手の得物は馬上槍で弓は無し。しかしまぁ、たった3人で襲撃を駆けて来るとは、なんてオマヌケさんなのかしら。源之進さんたちのフォーメーションを突破できる訳が無いでしょ。〉


うふっと勝利の笑みを浮かべた沙魚丸は、『やっておしまい!』と決め台詞を言いたくなる。

だが、砂煙が晴れた向こう側でのほほんと馬を撫でているムカデ姫を見つけた沙魚丸は顔色を失う。

〈ちょっと、むーちゃん。何してるのよ。早くこっちに来て。〉


その時、真ん中の騎馬武者がサッと右手を上げた。

〈ヤバい、ヤバい、ヤバい。むーちゃんを狙えと指示したんだわ。むーちゃんが危ない・・・〉

沙魚丸が陣形から飛び出そうとした時、(くだん)の騎馬武者が叫んだ。


「久しいな、源之進。」

と言ったように聞こえた・・・


はっきり聞こえなかったのには理由がある。

どの騎馬武者も面頬(めんぼお)をしているのだ。

面頬。

それは、顔面を守るための防具。

頬と顎を覆う面、目から下を覆う面など色々なタイプがあるが、彼らが着けているのは総面と言われる仮面のように顔全体を覆う面。

そう、面頬のせいで声がこもり、声が聞き取りづらいのだ。


名指しされた源之進だが、全く心当たりがない。

警戒を緩めず、

「誰だ。」

と武者に問いただす。


「おい、俺を忘れたのか。」


とても悲しそうな声で騎馬武者が答えた。

すると、右横の武者が騎馬武者の袖をツンツンとつつく。


「父上、面頬を外した方がいいのでは・・・」


「その前に、馬から下りるべきではありませんか。」


左横の武者が言うと、真ん中の騎馬武者がポンと手を叩く。


「その通りだ。」


そう言って、3人は馬から下りようとする。

途中からこの3人を眺めていた沙魚丸はすっかり警戒を解いていた。

いや、むしろワクワクしていた。

〈この(なめ)らかなボケとツッコミ。さぁ、次は何!〉


沙魚丸が期待しているとは露知らず、武者たちは面頬を外す。

真ん中の偉そうな武者に対して沙魚丸は熱い視線を向ける。

面頬の下からは、日に焼けて真っ黒な顔が現れた。

〈うわぁ、すごい。日焼けのせいで年齢不詳。分かるのはオジサンと言うことだけね。まるで、麩菓子(ふがし)だわ。いえ、かりんとうかしら・・・〉


沙魚丸が心の中で日焼け具合を例えるにふさわしいお菓子を探していると、男がにっかりと笑う。

真っ白な歯が真っ黒な顔の中に現れた。

〈これは麩菓子の勝ちね。かりんとうの中身は茶色いから。〉

沙魚丸が麩菓子に軍配を上げた時、武者の野太い声が空気を震わせた。


「俺だ、直継(なおつぐ)だ。」


「お久しぶりでございます、直継様。自らお出でになるとは・・・」


予想外の出来事に面食らったのか、いつになく驚く源之進。

源之進の慌てふためく姿などそうそう見たことの無い沙魚丸は、麩菓子オジサンに興味をかき立てられる。

どこの誰かしら、と首を傾げる沙魚丸の心の声が聞こえたのか、いつのまにか背後に戻っていた針間がそっと教えてくれる。


「隣地の御領主、蓬生(よもぎ)直継様です。」


これには沙魚丸も驚いた。

蓬生家と言う家名は聞いたことがあるどころか、よく知っているのだ。


大木村に行く際に通過しなければいけない領地が幾つかあるが、その中で最も重要な地が蓬生直継の治める蓬生の地である。

蓬生の地は椎名家と鷹条家との国境にある地で、川が流れ、道が交差する重要な地である。

つまり、椎名家も鷹条家も喉から手が出るほど欲しい土地と言っていい。


蓬生家は紀井之国の佐藤氏が蓬生の地に移り住み、土着した一族であり、椎名家の一族でも譜代の家臣でもない。

椎名家の中では、外様衆(とざましゅう)と呼ばれる国衆の一人で椎名家に軍役を提供する一方、鷹条家の軍役にも応じている。

どちらかに臣従すると、別の方から攻め滅ぼされかねない。

そんな立場を踏まえ、生き残りを模索する(したた)かな一族と言ってもいい。


大木村のことを公然とできない沙魚丸は蓬生家の領地をこっそりと通る許可を得るために、源之進を交渉役とし、幾ばくかの銭を払うことで黙認してもらうことになった。

以後、銭を持って行く役目は三輪がしている。

そんな訳で、蓬生家に援軍を頼むと言うので三輪に任せたのだが、まさか領主自らやって来るとは思っていなかったのだ。

〈でも、3人か。領主自ら来てくれたのは嬉しいけど、3人かぁ・・・〉

ちょっとがっかりね、と沙魚丸が肩を落としていると、直継が源之進に案内されて沙魚丸の前にやって来た。

そして、3人が沙魚丸に跪く。


「初めてお目にかかる。我が名は蓬生直継。こやつは次男の直忠(なおただ)。それから、家老の鈴奈蕪助(すずなかぶすけ)でござる。」


直継が各人の紹介を終えると、沙魚丸の顔をしげしげと見る。


「椎名の殿様も御一門衆も沙魚丸様を儂ら外様衆から秘匿され続けて来られたので、此度はお目にかかるのを楽しみにしておりました。沙魚丸様の(たたず)まいを見ていると、酒井の親父様を彷彿とさせますなぁ。よし、決めた。塩之津の件が片付いたら、儂の娘を(めと)ってくだされ。」


おせりも喜ぶぞ、と言って膝を打った直継は体をゆすって笑い出す。

その横で、直忠と蕪助が顔を見合わせてから大きなため息をついた。

それを見た沙魚丸はキランと目を輝かせる。

〈おせりって娘さんの名前かしら。直継さんの娘さんかぁ、見てみたいわね。いや、この二人の反応からすると会わない方がよさそうね。うん、また面倒な話になるから聞かなかったことにしましょ。〉

沙魚丸はこれでもかと言わんばかりの愛想笑いを浮かべる。


「酒井とはおじいさまですね。容姿を褒められたことがないので嬉しいです。」


「沙魚丸様。男は顔ではありませんぞ。心意気です。貴方様には陰気さがない。全身から爽快な風を感じます。お若いながら、何度か死地を踏んだと拝見いたしました。実に頼もしい。」


〈そっかぁ、顔を褒めたのではなかったのね。直継さんなりに私のことを褒めてくれているんでしょう。ありがとうね。私も直継さんのこと素敵だと思うよ。麩菓子みたいだし!〉


「そう言うことなら、直継様こそ惚れ惚れするようなお顔です。」


「これはまた、嬉しいお言葉をいただき感謝いたします。沙魚丸様がお困りとの文をいただき、取る物も取り敢えず駆けつけた甲斐がございました。」


「御当主自らの援軍かたじけなく思います。叔父上から直継様は剛の者と聞いており、大変心強いです。」


沙魚丸の言葉を聞いた直継がニヤリと笑う。


「3人しかいないのか、と落胆したお顔になっておりましたぞ。」


「えっ、そんなことはありません。3人しかいなくても嬉しいです。とても頼もしいと思っています。本当に。」


本音をつかれた沙魚丸は慌てて否定するが、グダグダな言い訳をしているような感じで背中が汗びっしょりになる。

言い訳無用と言うように直継が豪快に笑い出す。


「素直な御方が鵈の地の領主になったこと、蓬生家にとって望外の喜び。さて、沙魚丸様の御心痛を解決するのに僅か3名で馳せ参じるなどもっての外。お喜びくだされ、郎党100名を引き連れて参りましたぞ。」


「100名?」


「ここに100人は入らないと見定め、下に待機させております。」


沙魚丸は丘の下を見るが木々が邪魔して見えない。

だが、針間が涼しい顔をして頷いたので、直継の言ったことが嘘ではないと分かった。


「急な要請にも関わらず、100名もの援軍感謝します。でも、私が素直なら、直継様は超のつくお人好しではないですか。」


「儂がお人好しですか。沙魚丸様は実に見る目がある、と言いたいところですが・・・」


この微妙な()に、沙魚丸は身構える。

〈何を言う気かしら。お人好しではなく、曲者かしら。〉

口角を上げた直継は、残念でしたと大袈裟に肩をすくめる。


「実を言いますと、『沙魚丸をよろしく頼む。』と雨情様から直筆の文と共に多量の米俵を送っていただきましてな。沙魚丸様は良い叔父御をお持ちで羨ましい。」


「叔父上が・・・」


呆気に取られている沙魚丸を見た直継が、しまった、と額を手で叩く。


「おや、ご存じなかったのか。ふむ、言わんでもいいことを言ってしまったか。」


わっはっは、と大口を開けて直継が笑い出す。


「それはそれとして、儂は清柳が大嫌いでしてな。雨情様から頼まれずとも、沙魚丸様の一報で駆けつけましたぞ。あやつが鵈の地を手に入れてからこの方、ろくなことがござらん。鵈の地を衰退させたかと思えば、用なしと沙魚丸様に押し付ける。時を同じくして、儂の領地もすっかり疲弊してしもうた。」


語っている内に、どんどん悔しそうな表情となった直継がパッと朗らかな顔となる。

この変わりっぷりに沙魚丸は驚いたが、大人しく話を聞く。

沙魚丸、世渡り心得の一つを頭に浮かべる。

〈オジサンの話は基本的に邪魔してはいけないのよ・・・〉


「三日月殿が内緒の話として教えてくれましてな。沙魚丸様が内政の天才と。ここは一発、沙魚丸様に恩を売りつけておくに間違いなしと喜び勇んで来た訳でござるよ。」


沙魚丸は、えっ、と声を出した。

〈誰が内政の天才よ。武蔵さんには貸し一つにしとくわ。それよりも・・・〉


「鵈の地は衰退しているのですか。」


「おや、沙魚丸様は御存知ない。」


直継は驚いて沙魚丸の顔を見た後、源之進を見た。

だが、源之進が左右に首を振るのを見て、ふーむ、と口髭をさすり出す。


「領地の話は酒でも飲みながらゆっくりすべきですかな。まずは、沙魚丸様を困らせている塩之津を叩きのめすことにいたしましょう。」


よいしょ、と立ち上がった直継がバキバキと体を鳴らす。

すると、横合いから次五郎が躍り出た。


「直継様、お久しぶりにございます。」


「おぉっ、こいつはまた驚いた。なんと、茄子家の次五郎ではないか。風の噂で鷹条家を裏切ったと聞いたが、まさか、沙魚丸様の所にいるとは・・・」


「積もる話は後でゆっくりと。今は塩之津です。困ったことに、当家の使者が塩之津の代官に捕まったようなのですよ。」


「その口ぶりからすると、その使者とやらは沙魚丸様にとって重要な人物のようだな。すると、塩之津を力攻めにするのはまずいか。」


チッ、と直継は舌打ちをした。

今までの腹いせに清柳ゆかりの物をぶち壊してやる計画がおじゃんか、と呟いた直継の声をしっかりと源之進が聞きとった。


「直継様。沙魚丸様の初の領地入りなのです。どうか、ご自重をお願いいたします。」


「冗談だ、冗談。源之進は心配性でいかん。ほれ、猫背になっているではないか。」


源之進の背中をバシンと叩いた直継は蕪助に頷いて見せた。

すると、蕪助が一歩前に出て口を開く。


「私どもの調べでは、塩之津を守る傭兵は少なくなっており、当方の勢いを示すだけですぐに門を開くはずです。」


本当ですか?

そんな沙魚丸の疑いの視線に気づいた蕪助が説明を続ける。


「清柳様が町を放棄してから、かなりの傭兵が町から逃げ出しております。蓬生の地に新たに住み着こうとする傭兵から聞き取った話ですので、まず間違いはございません。さて、私からも疑義が一点ございます。」


「何ですか。」


「塩之津の代官、幸之助とは私も何度かやり取りをいたしました。私が見た所、温厚な人物でした。使者を捕らえるとは信じられないのですが・・・」


訳が分からない、と蕪助は首を傾げる。

二郎が嘘をつく訳も無いし、と沙魚丸は返事に困る。


「蕪助、それはよい。塩之津へ乗り込めば全て分かる話だ。」


「はっ、失礼いたしました。」


「沙魚丸様、領地へ参りましょう。さあ、お下知を。」


「では、塩之津を手に入れましょう。」


応、の声と共に一同は塩之津へと向かう。

どこからか現れた笹屋も共に・・・・

そして、塩之津の町を目の前に沙魚丸たちは陣取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ