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覚醒

正確に言うと、沙魚丸が別世界の沙魚丸として転生し目覚めたのである。


沙魚丸が意識を取り戻した時、金縛りにあったように体はピクリとも動かせないのだが、物凄く爽快な気分だった。

この爽快感は、絶叫系ジェットコースターで味わった内臓がフワッと浮く感じにそっくりだった。


しかし、快感に身を任せ続けることはありえない。


快感は一瞬で終わり、苦痛が待ってましたとばかりに扉を叩く。


別世界の沙魚丸の記憶と転生した沙魚丸の記憶が混ざり合う。

転生後の幼い頭には明らかに過剰な量である。

小さな脳に無理やり詰め込んでいる反動が襲ってくる。

頭の中からガツンガツンとカナヅチで殴られているような頭痛にさいなまれ、胃からはグワッと喉元へ逆流してくる吐き気に襲われる。


沙魚丸は、動かない体に感謝する。


もし、普通に体が動くなら、頭を抱えて、のたうち回っていたことだろう。

さらに、押し寄せる吐き気も、口に指を突っ込んで早急にスッキリとさせたことだろう。


幸か不幸か、今は指一本たりとも動かない。


何時間も続くかと思われる責め苦が前触れもなくパタリと終わる。

依然として続く金縛りの中で、沙魚丸は自分の体が今まで慣れ親しんだ大人の女の体とは違っていることに気が付く。


〈股間に何かある!〉


沙魚丸の脳内に悲鳴にも似た絶叫がこだまする。

何をどうと触ったりできないが分かる。

今まで薄い本の資料として見たことはあったものが、恐らくあるのだ。


〈股間にゾウさんがいるわ・・・〉


股間にばかり気を取られていた沙魚丸だが、胸にも違和感を覚える。

小さいながらも膨らんでいた胸の重みを感じることができない。

ここまできてようやく沙魚丸は確信した。


この肉体は間違いなく女ではないと。


こういう場合、一般的な人間であれば色々とウダウダ悩むものなのだろうが、沙魚丸は根っからの能天気であり、悩むのが苦手なタイプである。

沙魚丸は、目を閉じたまま頭脳をフル回転させる。


〈ものすごく気持ち悪かったけど、終わってよかった。あれがずっと続いていたら、起き上がるの無理。

体は、うーん、なんだか、変な感じだけど、直に慣れるよね。

男かぁ。そうかぁ、私って、本当に男になったのねぇ・・・

こういう場合は、前向きに考えよっと。

男になれば、生理痛とサヨナラ。

生理痛の酷かった私には、これはとても嬉しい。

十二歳に転生だから、周囲が感じる沙魚丸君との違和感は適当にごまかしていけば何とかなるでしょう。

まぁ、私の大好きな言葉である臨機応変で、これからは男としてがんばりましょぉ。〉


今後の生き方をグルグルと検討していた沙魚丸は叔父・雨情の錆びた声によって、現実の世界に引き戻される。


沙魚丸を悪く言う雨情の言葉に機嫌を(そこ)ねた源之進が発する微妙な空気を変えようとした雨情がくべた木がパチンとはじけた。

火の粉がパッと舞い上がり、沙魚丸の顔にフワッと降りかかる。


「あっつ。」


顔に落ちた火の粉のあまりの熱さに反射的に沙魚丸は飛び起き、火の粉が着いた部分を変な声を発しながらゴシゴシとこする。


〈あっつぅ。でも、このほっぺたスベスベだわ。若いって素敵。あれ、金縛りとけたみたい。〉


のんきな沙魚丸の一方で、先程まで剣呑としていた源之進がサッと音が出るような俊敏な動きで沙魚丸の横に座り、大きな体をできるだけ小さく縮め心配そうに沙魚丸の顔を覗き込む。


「沙魚丸様、お気づきになりましたか。安心いたしました。ところで、ご気分はいかがですか?」

心配そうに話す源之進の顔をじっと見つめた沙魚丸は別の意味でまたもや頭脳をフル回転させる。


〈あら、髪の毛がある。

なんと、この世界はおでこから髪をそり上げた月代(さかやき)じゃないのね。

女神様、グッジョブですわ!

サイドはツーブロックでトップは長めのソフトモヒカン。濃くて太い眉から大人な渋さを感じる。うん、これはイケメンだ。

髭もよく似合っているし、髭イケオジですな。

しかし、沙魚丸君よ。この髭イケオジに糞を投げつけたのか。なんてことをするんだ。

あぁ、今は私か。

髭イケオジに心配されると心が持ちません。

とっても申し訳ないです。

これからは源之進さんのご期待にそえるよう頑張りますので、過去の色々なことは許してください。〉


数秒の間に妄想と自らに都合の良い考えを終えた沙魚丸は、源之進に恥ずかしそうに下を向いて万感の思いを込め小声で呟く。


「源之進さん、心配してくれてありがとう。もうすっかり大丈夫です。」


沙魚丸の感謝の言葉に源之進はグレーがかった目を大きく見開き、横にいる小次郎も焚火から爆ぜた火の粉が手に落ちたことにまるで気がつかない様子で、沙魚丸を凝視したまま硬直している。


一方、叫びながら飛び起きた沙魚丸を目にした雨情は、やれやれといった様子で立ち上がる。


「随分とご機嫌な目覚めだな、沙魚丸。

いいことを教えてやろう。ハゼは、決して木登りはできないどんくさい魚だとよぉく覚えておけ。

では、儂は戻る。

明日は沙魚丸の柿騒ぎで遅れた分を取り戻すために早く出立する。

これだけ寝たのだから、間違っても寝坊なぞするなよ、沙魚丸。

よいな。」


軽い嫌味を言って溜飲(りゅういん)を下げたのか、雨情は手にしていた木を傍らの草むらに投げ捨てると、背を向け去っていこうとする。


「雨情様。この野営は初めから予定していたではないですか。我が軍は野営になれていないので、訓練も兼ねて出発時刻をあえて遅めにするとお聞きいたしておりましたが。」


源之進は雨情の背中に言葉を投げかけた。


立ち止まった雨情は、源之進の詰問にふむと首を捻る。


「そんなこと言ったか?儂も年だから忘れてしもうたわい。」


白い歯をこぼし楽しそうに笑うと、雨情は鼻歌を歌いながら足取りも軽く立ち去って行った。


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