目覚め、始まる
転生前がようやく終わり、これから転生した沙魚丸が始まります。
誤字脱字が多く、改行が稚拙のため読みにくい文章のため、ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
「のう、源之進。本当に沙魚丸は大丈夫なのか?」
「気を失われだけでお体には傷一つございません。」
「いや、そう言うことを言っておるのではない。儂が言いたいのだはな。いくら元服前と言えども十二歳にもなって木から落ちて気を失うなぞ、こやつは本当に武将としてやっていけるのか?」
「雨情様、恐れながら、主家への物言いにしては少々お言葉が不穏でございます。」
反論された男は、肩をすくめ言葉を続けた。
「何を言うか。そもそも、こやつが失神などするせいで、今日の予定は無茶苦茶ではないか。こんな所で野営になるわ、飯も兵糧丸が二つだけ。儂が目的地を確認しようと、ほんの少し行軍を停止した隙に渋柿を取りに木に登るなど何がしたかったのだ、こやつは。意味が分からん。」
鬱蒼とした暗い森の木々が生い茂る中にポツンと開けた場所で焚火の炎がパチパチと爆ぜ、揺らめき燃え上がる炎に赤々と照らされた二人の男の会話が続く。
『武士とは言い訳をしないもの。多少の理不尽は笑顔で飲み込め。』と教えられ育った源之進だったが、相手の男の言葉に理不尽を感じ、反抗の気持ちからか頭を軽く下げるにとどめ、詫びの言葉を口にするが不愉快さが滲んだものとなる。
「申し訳ございません。私の不注意でございます。」
「別にお主を責めているのではない。噂で聞いたのだが、先日もこやつは城内で小役人に向かって糞を投げつけたそうではないか。お主もこんな子猿の傅役を兄者より任されてから苦労し通しだな。」
沙魚丸の傅役である源之進は、庶子とはいえ主家の子供について噂話を持ち出す男の粗忽さに青筋が立ちそうになるのを抑えるため、静かに目を閉じ気持ちを落ち着かせる。
「そのようなことをおっしゃるのは、おやめください。」
一呼吸置いて返事をするが、思いのほか剣呑となった口調になってしまう。
家中でも屈指の槍遣いと認められ、合戦でも大きな手柄を立てている源之進は家格というより一個人として皆から一目置かれている。
源之進は、沙魚丸の母、百合とは七歳違いの遠縁にあたり、百合を赤ん坊の頃から実の妹の様に可愛がってきた。百合が椎名家当主の春久に召し出され側室になると、数年後に出産した沙魚丸の傅役に抜擢された。
沙魚丸が五歳の時に糀寺騒動と言われる椎名家のお家騒動に巻き込まれ百合が儚い命を散らす。
春久の正室である茜御前は、この機会を巧みに捉え春久が囲っていた側室やその子供たちを領主の館から追い出すための画策を行い、茜御前と血縁が無い者は全て領主館から追い出した。
百合を亡くした沙魚丸も例外でなく、椎名家の血縁で構成された一門衆を始め、重臣の誰もが関わり合いを避けた沙魚丸を源之進が引き取り共に暮らすこととなった。
椎名家当主も沙魚丸をどのように扱えば良いのか判断に悩み、臭い物に蓋をするがごとく、沙魚丸に関する一切合切を源之進に丸投げし、頭の中から沙魚丸のことをきれいさっぱり消去しようとした。
騒動後、母が死んだことを知り悲しみに打ちひしがれ泣き疲れ寝入ってしまった沙魚丸を源之進は背中におぶり、沙魚丸を必ず一廉の武将にすると百合の墓前に誓ったのだが、傅役を兼任しながら新たな御役目に任じられてしまう。
この御役目は一年の内に数回しか自宅に帰れないような仕事であったため、自宅で過ごす時間が僅かなものとなったせいで沙魚丸の面倒は妻のお琴に任せっきりとなってしまっている。
糀寺騒動について椎名家から公式に発表されたことは、騒動で死んだ者たちの名前だけであった。そのため、家臣たちは憶測だけで騒動で何が起きたのか考えを巡らし、それらしく出来上がった邪推が、さらに尾ひれをつけて家臣の口から口へと飛び回ることとなった。
独り歩きを続けた噂がすっかりと成長し、当主の手に負えなくなっていると気がつくにはさほどの時間を要しなかった。
噂の内容をかいつまんで言うと、一門衆の酒井家が椎名家に代わり領主の地位に就くために謀反を企て、糀寺に花見の会で集まった後継ぎたちを殺したということになっている。
そのため、酒井家から側室にあがった百合と春久の庶子であろうと謀反人の血筋の沙魚丸に対して、家中の大半の者が不快感を示すようになってしまった。
この状況に一門衆は、噂を否定する必要性を感じず、それどころか、騒動で揺らいだ椎名家の権威を引き締めるため、家中で高まった不満へのスケープゴートとして沙魚丸を利用することを決め、沙魚丸への無関心を徹底することで家臣の不平を消極的にではあるが沙魚丸へ向かわせることにした。
今では相当に治まっているが、騒動後の数年は沙魚丸への風当たりは厳しく、身の危険を案じたお琴は家から沙魚丸を外に出さないよう気を付けていた日が続いたほどであった。
当主の意向を知らされていない源之進は、傅役として、また、同じ酒井家の血筋を引く者として沙魚丸に対してだけは周囲から寄せられる悪意を減らしたいと考え、当主や重臣、朋輩に事あるごとに沙魚丸の扱いを良くするよう訴えている。
そんな源之進の気持ちを引き裂くように、ズケズケと踏み込んで来る男の辛辣な言葉に敏感に反応してしまう。
「まぁ、そう熱くなるな。」
男の名は、椎名家筆頭執事であり春久の父である秀久の三男、常盤木雨情と言う。
雨情は、尖った声の源之進を宥めるように穏やかな口調なものと変え、武骨な手でつかんだ木をゆったりと焚火にくべた。
青みがかった灰色の髪を後ろに流し、日に焼けて赤銅色の肌をした彫の深い顔立ちをした雨情の左頬には大きな槍傷の跡が残り、感情を秘めた切れ長の目と相まって凄みのある雰囲気を漂わせている。
雨情は、世継ぎの地位にあった長兄の春久が元服前に病にかかり命が危ぶまれるほど衰弱したため、一時期は椎名家の後継者と目されていた。
しかし、春久の重篤の噂を聞きつけた旅の一商人が持参した大陸伝来の薬が効き、春久が健康を取り戻すと、雨情は後継者から外され重臣の常盤木紅雨の次女、有紀を娶り紅雨の跡を継いだ。
ちなみに、常盤木家長女の茜御前は春久の正妻となり、一人で旅の行商を行っていた商人は渡辺屋の看板を掲げ、椎名家の御用商人として領国内の商人の統制を任され、大店を築き上げている。
微妙な雰囲気となっている二人の反対側には意識が戻らず、一見するとスヤスヤと気持ちよさそうに寝入っているように見える沙魚丸とその小姓を務める小次郎が沙魚丸の傍らに座り心配そうに沙魚丸の様子を見守っている。
小次郎は、源之進の次男として生まれた。
長男の小太郎は鬼籍に入っており、既にいない。
沙魚丸よりも三つ年上の小次郎は沙魚丸と乳兄弟の関係である。
妹を産み、一年が経ってもまだまだ乳が出る母のお琴が乳母に選ばれ、沙魚丸に一年ほど乳を与えていた。
小次郎が八歳の冬、一言もしゃべろうとしない沙魚丸を源之進が家に連れて来て以来、沙魚丸と寝食を共にし、色々なことを共に乗り越えた結果、今では実の兄弟よりも深く、無二の親友とも呼べるまでの仲となっている。
将来は必ず立派になるであろうと見て取れる体躯は父譲りのものだが、性格は母のお琴に似たのか、小次郎は底抜けにお人好しであり他人へのマイナスの感情は基本的に持たない。
そんな小次郎の将来の目標は立派な武将となり沙魚丸を支えることであり、目標達成の為に日々の鍛錬に励んでいる。
今回の出陣に当たり、大将の任を帯びた沙魚丸が供の一人もつけずに参陣するのは、さすがにまずいと感じた重臣たちの配慮により、暫定的ではあるが小次郎は沙魚丸の小姓の役目に就くことになった。
そんな焚火を囲む面々の中で、実は、沙魚丸は少し前から意識を取り戻していた。




