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松風1

今日は字数が多くなったので、2つに分かれております。『松風1』と『松風2』を掲載いたしますので、お楽しみいただければ幸いです。

「お父様、ずるいですわよ。」


「何がずるいものか。お前たちは勝負を受けたではないか。」


「ハゼ様は野々山のお城から放逐(ほうちく)されて、千鳥ヶ淵家で育てられたのですよ。酒井家の巻き添えを・・・」


まくし立てる有紀にうるさげに手を振った紅雨は言う。


「そんなことは百も承知しておる。もういい加減、静かにせんか。」


「黙りません。お父様もご存じでしょう。ハゼ様がお茶の作法を・・・」


「武士に二言はない、と言っているのだ。お前も武士の(はし)くれ。そのやかましい口を閉ざすのだ。」


「もう、いつもいつも全部しゃべらせないんだから。」


文句を言った有紀は目を(いか)らせムウッと口をつぐむ。


「ご安心ください、叔母上。」


沙魚丸は有紀を安心させるつもりで、とっておきの爽やかな笑顔を浮かべた。


だが、逆効果だった・・・

春風のような笑顔を浮かべているつもりの沙魚丸の笑顔は、有紀の目には緊張して強張った笑顔にしか見えていなかったのだ。


「お茶を()てたことがあるの。」


ものすごく不安そうな表情で尋ねて来る有紀を沙魚丸は何とかして安心させるべくキリリと引き締まった声で答えた。


「点てたことはありませんが、知っていますから大丈夫です。泥船に乗ったつもりで安心して見ていてください。」


沙魚丸としては、張りつめた空気を和らげようと渾身(こんしん)のギャグを披露したつもりだったが、沙魚丸が想定するよりも(はるか)に有紀は沙魚丸を信じていなかった。


「あのね、ハゼ様。泥船に乗ったら沈むのよ。ほら、泥船に乗せられたタヌキも溺死(できし)したでしょ。」


心配そうな表情で沙魚丸を見つめた有紀だが、はっと口を押さえる。


「もしかして、カチカチ山を知らない・・・。あぁ、そうね、昔話も聞かずに育ったのね。ごめんなさい。これからは私が教えてあげるわね・・・」


沙魚丸の意図とは違う方向へ話を続けて行く有紀に沙魚丸は慌てて訂正する。


「叔母上。今のは冗談です。大船に乗ったつもりで見ていてください。」


「まぁ、そうなのね。」


ほっと安堵の息を漏らした有紀だが、がっしりと沙魚丸の肩をつかんだ。


「あのね、まずはね・・・」


「有紀。これは沙魚丸の試験と言っておろう。口出し無用。」


「お茶の点て方をちゃちゃっと教えるぐらい・・・」


「無用。」


紅雨の言葉にスゴスゴと引き下がる有紀に沙魚丸は力強く頷いた。

〈本当に大丈夫です。私、お茶会の動画を見たことがありますから。〉


「おじいちゃん、では。」


「では、やるかな。」


満足気に頷く紅雨に猛然と有紀が食ってかかった。


「おじいちゃんって言ったわね。何それ。」


しまった、と思った紅雨だが、隠居したとはいえ、雨矢(うし)の中を笑いながら生きて来た男である。

これしきのことで表情を変える訳も無い。


「細かいことを言っておると、皺が増えるぞ。」


さらっと返事をした紅雨だが、有紀は最初から紅雨を相手にするつもりはなかった。

そう。紅雨に聞くだけムダだと分かっていたから。


「ハゼ様。さぁ、ご説明ください。」


元の沙魚丸であれば、有紀の追及も軽くいなして終わっていただろう。

だが、前世でのほほんと生きて来た今の沙魚丸では圧倒的に修羅場の経験が足りない。


有紀の狙い通り、沙魚丸はおたおたとする。

〈どっ、どうしよう。おじいちゃんの計画をしゃべるしかないのかしら・・・〉


いつの間にか、有紀の両手が沙魚丸の頬をしっかりと包んでいる。

〈うっ、動けない・・・〉

逃げ場は無いと沙魚丸が諦めた瞬間、疲れきった声で紅雨が話し始めた。


「沙魚丸を落とすのは、どうかと思うぞ。」


「敵の弱点を討て、と言うのはお父様の教えですわ。」


「まったく、ああ言えばこう言う。誰に似たのやら・・・」


「お父様でしょ。」


不敵な笑みを浮かべる有紀を見た紅雨は改めてため息をついた。


「雨情が沙魚丸を連れて来た時じゃ。雨情が沙魚丸に儂のことをおじいちゃんと呼ぶように言ったのだ。」


「うそ。」


有紀の言う通り、紅雨は嘘をついた。

だが、紅雨は怒った。

人は隠しておきたい真実を言い当てられると怒るのだ。

紅雨は烈火のごとく吠えた。


「娘と言えど、儂を嘘つき呼ばわりするとは許さんぞ。」


「お父様。切れたふりをするのは止めて。そんなことだから、お母様もお亡くなりになる寸前までお父様のことを心配していたのでしょう。」


「母さんの話をするのはずるいぞ。」


「お父様が嘘をつくからでしょ。」


本日、二度目のぐぬぬを発する紅雨を見て、沙魚丸も再び思った。

〈結婚は絶対にしない。戦国時代の女性ってつつましやかだって習ったけど、会う人、会う人、片っ端から強くてたくましいじゃない。私みたいな可憐な花はきっと手折(たお)られちゃって、ポイされちゃうわ。〉

この世界に来てから出会った女性を思い浮かべ、沙魚丸は固く固く誓うのだ。


「沙魚丸には父も母もおらんのだ。儂が祖父になってもいいじゃろう。」


紅雨が言いづらそうに話すのを聞いた有紀の表情はぱぁーっと輝く。


「お父様にしては、素晴らしいお考えだわ。」


「なんだか腹の立つ褒め方だな。」


紅雨が嫌そうな顔をするが、もはや有紀の耳に紅雨の声は届いていない。


有紀は沙魚丸にこの上ない笑顔を向けると、

「ハゼ様。私のことはお姉ちゃんと呼びなさい。」

優しく命令した。

この有紀が発した命令に、紅雨と沙魚丸の声ははもった。


「は?」


二人の驚愕した声を一笑した有紀は、ふふんと鼻を鳴らす。


「何かしら。お父様がおじいちゃんなら、私はお姉ちゃんでいいでしょ。」


「何を図々しいことを言っておるのだ。沙魚丸からすれば、お前などおばさんだ、おばさん。」


「まぁ、ひどい。実の娘をおばさん呼ばわりするなんて、父親の風上にも置けないわね。」


ムッキー状態の有紀をぼんやり眺めていた紅雨はやれやれと体全身で哀愁を漂わせると、背を向けて言った。


「もう、よい。好きにしろ。そんなことより、試験をするぞ。」


「じゃぁ、ハゼ様。これからは、私がお姉ちゃんですからね。」


ニンマリ笑う有紀を見て、沙魚丸もニッコリ笑う。

〈女心よねぇ。そして、本当に親子よねぇ・・・〉


雨情のことをお兄ちゃんと呼ぶのかな、とあらぬ想像を働かせた沙魚丸はぶるぶるっと震えるのであった。


その間に、紅雨は茶臼を持って来た。


「沙魚丸。これが当家の家宝、白雪じゃ。」


紅雨が誇らしげな声を出すのに沙魚丸も納得する。

納得せざるを得なかった。

その茶臼を見た瞬間、沙魚丸は腰が抜けそうになったのだ。


〈うそ。どうして、ここにあるの・・・〉

沙魚丸は驚きのあまり、声すら出なかった。


紅雨が持ってきた茶臼は、写真でしかお目にかかったことのない茶臼だった。

いや、正しくは、この茶臼を所蔵するお寺まで遠路はるばる出かけて行ったが、どこに展示してあるか境内を歩き回っても見つからなかった茶臼。


人見知りの沙魚丸は、お坊さんに話しかける勇気が出なかった。

時間切れで、表門まで真っすぐに伸びる道をとぼとぼと歩きながら未練がましく何度も振り返った記憶がよみがえる。

結局、お寺からスゴスゴと撤退したため、出会えなかった茶臼が、今、目の前にあるのだ。


その名も、いぼ丸。

武田信玄が愛用した茶臼である。


興奮して鼻血が出そうになる沙魚丸は、

〈落ち着け、私。ここで鼻血を出そうものなら、ここから強制退去させられるわ。〉

と考え、鼻に集まる血を減らそうと頑張る。

逃げようという考えは、もうどこにも無い。


はやる気持ちを(なだ)めつつ、沙魚丸は白雪を凝視する。

〈臼面以外は黒漆が(ほどこ)されているって本に書いてあったけど、白雪に塗ってある黒漆は下皿のとこだけね。あれ、石が所々キラキラしてる。興奮しすぎて、私の目がおかしくなったのかしら・・・〉

目をパチパチとしたり、ギュッとつぶったりしたが、白雪はキラキラと輝いたままである。

沙魚丸は充血した目で、紅雨に震える声で尋ねた。


「おじいちゃん。もしかして、白雪は、『銀たれ』ですか。」


舌を何度か噛みながら話す沙魚丸の頭の中はパニック気味である。

沙魚丸は『銀たれ』と言われる茶臼にお目にかかったことがない。

それどころか、ネットで画像の1枚すら探せなかった。


いや、あったかもしれないが、これが『銀たれ』ですよ、と言う画像を見つけることができなかったのだ。

輝緑岩(きりょくがん)の中に白雲母(しろうんも)が入っていると銀色に輝くって、本に書いてあったけど、まさしくこれがそうなのね。うわぁ、綺麗・・・〉


口をぽっかりと開けて白雪を眺める沙魚丸を見て、紅雨はキランと目を輝かす。

そして、おもむろに腕を組むと、むっふーと鼻から息を吐き出し、たっぷりとためてから言うのだ。


「沙魚丸。なかなか見る目があるようだな。」


隣で聞いていた有紀は思った。

〈あら、お父様、とんでもなくご機嫌じゃない。旦那様から聞いていたけれど、ハゼ様がおだての天才と言うのも、本当かもしれないわね。〉

面白そうなので、このまま少し様子を見てみようと有紀は二人の観察を続けることにした。


沙魚丸は我慢ができなくなっていた。


「おじいちゃん。白雪に触ってもいいですか。」


「ダメじゃ。」


にべもない紅雨の返事。

〈うそでしょ。私におじいちゃんとか呼ばせておいて。ここでこの仕打ち。ひどい。〉


沙魚丸は内心で地団駄を踏む。

踏みまくる。

沙魚丸は石臼が好きなのだ。


沙魚丸が石臼を好きになったのは、とある城の石垣に石臼が使われているのを見てからである。

石垣の安定感を増すために石臼をはめ込むマジナイとして戦国武将に使われた数々の石臼。

石垣の真ん中に姿勢よくおさまった愛くるしい姿に沙魚丸のハートは1発で射抜かれてしまった・・・


しかも、今、目の前にあるのは、石臼の周りを荒ノミで削ったままでゴツゴツした肌をしたとてもレアな茶臼なのだ。

〈誰もいなければ、頬ずりして愛でてあげるのに・・・〉

変質者と言っていいかもしれない思考に(おちい)っている沙魚丸はキッと目を吊り上げ、紅雨に口を開いた。


「おじいちゃん。かわいい孫の頼みです。許可するべきです。」


もはや、キレ気味な沙魚丸。


「ダメなものはダメじゃ。」


男らしくキッパリと断る紅雨に沙魚丸はじっとりと恨みの目を向ける。


「お父様。ちゃんと説明してあげないとダメでしょ。口に出さないと、お父様の考えなんて伝わらないの。」


眉根を寄せる紅雨を無視して有紀は沙魚丸に笑顔を向けた。


「男ってダメよねぇ。言わなくても分かるって思ってるんだから。ハゼ様は、こんな理不尽な男になってはダメですよ。」


チラチラと紅雨を見ながら話す有紀の口角は勝利を確信して、かなりの角度で上がっている。


「白雪にはね、神様が宿っているの。だから、白雪にやたらと触れてはいけないのよ。」


沙魚丸は()に落ちた。

〈なるほど。そりゃ、さわっちゃダメよね。しかし・・・〉

諦めきれない沙魚丸に有紀はニッコリと微笑む。


「使う前に白雪に舞いを捧げればいいのよ。そうしたら、ハゼ様も白雪を回せるわ。」


「その通り。」


威厳たっぷりに相槌を打った紅雨に有紀が首を傾げた。


「お父様。さっきから不思議だったのだけど、どうして、家人が誰もいないの。白雪も自分で運んでるし、鼓はどうするの。」


「心配いらん。儂が用意する。」


そう言って、紅雨が鼓を持って来て、鼓を打つ態勢を取る。

有紀は紅雨の隣に座り、沙魚丸にガッツポーズを取った。


「じゃぁ、ハゼ様。頑張ってね。」


「何をですか。」


「舞うの。」


「あの、知らないんですけど・・・」


「大丈夫。白雪を回したいって気持ちをこめて舞えばいいだけだから。」


〈何を言っているんだろう。意味がまったく分かりません。〉

素っ頓狂な表情を続ける沙魚丸に紅雨からも声が飛んだ。


「沙魚丸よ。神へ捧げる踊りは形式ではない。神への感謝を思えば、それでよい。」


いいことを言ったかのようにウンウンと頷く紅雨と横で微笑んでいる有紀を見て、沙魚丸は思った。

〈この親子のDNAは完全に一致するはずよ。丸っきり似たもの親子め。やればいいんでしょ、やれば・・・〉


そして、沙魚丸は紅雨が打つ鼓の調べに乗って、舞う。

悩んだ沙魚丸は抹茶ができる工程を舞うことにした。

碾茶(てんちゃ)(はぐく)み、茶を摘み、蒸して乾燥し、茶臼で挽いて、できあがった抹茶を飲むところまでを心をこめてしっかりと舞った。


なぜか、紅雨の鼓の音はところどころ乱れていたけれど・・・


「ハゼ様。素晴らしかったわ。」


これもまた、なぜか、笑いながら話しかけて来る有紀にほんの少し違和感を覚える沙魚丸だが、しっかりと舞えたことの満足感が強く、大して気にならない。


沙魚丸は白雪を回すべく、紅雨に顔を向けた。

〈これで、文句ないわよね。おじいちゃん、私に白雪を触らせなさい。〉


期待に胸を膨らませて、沙魚丸の目は爛々と輝く。

〈ついに、念願の石臼を挽くことができるのね。しかも、茶臼よ。素晴らしいわ。〉

許されるのならば、スキップをした上にタップダンスを踊りたいと思うほどだ。


そこへ、紅雨が機嫌よく声をかける。


「沙魚丸。よい。そこへ座れ。」


「えっ、だけど、白雪を・・・」


「儂は感動している。当家で白雪が銀たれと見破ったのはお前が初めてだ。それに、今の舞いっぷり。儂は涙が出るほど感動した。よって、おじいちゃんが茶を点ててやろう。」


この紅雨の言葉に沙魚丸は固まった。

〈ちょっと、おじいちゃん。私の初めての石臼回しを奪わないで。初めての銀たれよ。略して初銀。国宝級の茶臼を回せるチャンスを奪うなんて、鬼だわ。〉


沙魚丸は考えれば考えるほど、白雪を回すことを諦められなくなる。

〈ここで回せないと、これだけの茶臼を回せるときは二度とないかも・・・〉


驚きから苦悩、そして絶望へと変わっていく沙魚丸の表情を見ていた有紀が紅雨をつついた。


「お父様、いい加減にして。ハゼ様が可哀そうでしょ。」


「あぁ、すまん。沙魚丸をからかうのが面白くてな。つい。」


「つい、ではありません。そんなことだから、子供たちがお父様の所に来なくなったんですよ。」


ため息混じりに言った有紀の一言が紅雨にグサリと刺さった。

そして、場の空気が一気に沈む。


しかし、そんな空気をものともしないのが沙魚丸だった。

〈何だ、私をおちょくってたのね。ふふん。私がかわいいからってことで許してあげますよ。さてと。〉


「おじいちゃん。白雪でお茶を挽きましょう。」


場の空気なんかより己の欲望を優先する沙魚丸の明るい声に紅雨も有紀も救われたように微笑んだ。

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