表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/170

女神の願い

「今から本題ですか?女神様、あの、前置きが長すぎませんか?」

沙魚丸の呆れが混じった驚きの声を聞き、機嫌が急降下した女神は声のトーンを不機嫌な重々しいものへとがらりと変えた。


「馬鹿者。其の方が大人しく真面目に妾の話を聞かんから、このように時間がかかっておるのじゃ。大体じゃな、会うなり涎を垂らすは、床に擦り付けるは、誰が掃除をすると思うておるのじゃ。・・・・」


だんだんとヒートアップしていく叱声の数々に女神の怒りが止まらないことを察した沙魚丸は首を深く垂れつつ対処を考える。


〈やばい。これは、怒りの螺旋ループだわ。黙っていると女神様の怒りが後からどんどん沸いてエンドレスな説教タイムになるのは確実ね。

この怒り方は社長と一緒だわ。

うまく合いの手をいれないと、もっと凄惨なことになるわ。〉


「申し訳ありません、女神様。私に後で雑巾がけをさせてください。雑巾がけが終わりましたら、お持ちの素晴らしき武具類を磨かせてください。ピッカピカにします!」


目を吊り上げ憤怒の表情ではあるが美しい顔つきは些かも変わらない女神が、怒りの言葉をまくし立て続け息継ぎをするほんの一瞬を狙い、沙魚丸は謝罪の言葉を解き放つ。


体を小さく縮めながら謝る沙魚丸の姿に、なぜ、こんなしょうもないことで怒っているのだろうと言うような顔をした女神は冷静さを急激に取り戻すと髪をクルクルいじり始めた。


「うむ。まぁ、なんじゃ。神界を掃除した人間は過去におらんし、後で一緒にやるかの。」


「えっ、女神様が掃除をするのですか?」

驚いた沙魚丸は素っ頓狂な声を出した。


「仕方なかろう。妾の眷属はもうおらんのじゃからのう。」

寂しげに呟いた女神は、沙魚丸をまじまじと見つめ、僅かに首を横に振った。


「さて、お待ちかねの本題じゃ。其の方は沙魚丸に転生後、奮闘努力して一国一城の主へ立身出世するのじゃ。そして、妾を祀る神社を造り、年に数回は祀りを開くのじゃ。」


〈奮闘努力はフラグですよ。甲斐もなく失敗しますよ。言わないけど・・・〉

などと寅さんのことを沙魚丸は考える。


「神社ですか?私が城主になったら女神様の神社ぐらいちょちょいのちょいですよ。大船に乗ったつもりでドンとお任せください。ちなみに女神様はどれぐらいの規模の神社をご希望ですか?」


コテンと首を傾げる沙魚丸を見て女神は嘆息を漏らし独りごちる。

「絶対、こやつではダメな気がする。ちょっとお調子者すぎる。でも、こやつしかおらんしなぁ。天帝様にリセマラを頼んでも怒られるよなぁ。こやつに賭けるしかないのぅ。」


少しだけ黄昏そうになった女神は、俯き加減で話す。


「規模はどうでもよい。妾を祀り、歌って舞い踊り、祭りを楽しむ者たちで社が賑やかになれば嬉しいのぉ。」

自分に言い聞かせるようにポツリと呟くと女神は両足をフラフラとブランコのように動かし、押し黙る。


沈黙に気まずくなった沙魚丸は慌てて女神に話しかける。


「初詣でみんなで食べるおでんとか最高ですよね。熱燗とかつけちゃったりして。ところで、女神様の神社って、どこにあるんですか?転生したら真っ先にお参りに行きます。」


沙魚丸の明るい言葉を聞き寂しそうに微笑むと女神は沙魚丸の手を取った。


「妾の社は一つも無いのじゃ。

昔はあったのじゃが、戦続きで社を守る者もおらんようになり信者も減ってのう。

神力は信者の数と祈りの強さに比例するのじゃが、信者が少なくなり、神力もすっかり減ってしもうた妾では眷属の存在を保つこともできずに眷属共も残らず消えてしもうた。

このままじゃと神格も無くなり女武神としての妾の役割を果たせなくなる。

そこで、天帝様より特別に許可をいただいたのじゃ。

妾が神としての務めを果たせる神力を取り戻すために転生者である其の方の力を借りて熱心な信者を増やすことを。」


女神に手を取られ上目遣いに熱いまなざしを向けられた沙魚丸は気が動転した。沙魚丸は過去に一度も男に告白されたことが無い。

いつその時が来てもいいようにシミュレーションはたくさん行ったが、絶世の美女に言い寄られるケースは完全に想定外である。

しかし、沙魚丸は女神に頼られたことに一途に喜びを感じた。


「わ、わっ、わたしにできることなら何でもいたします。何でもおっしゃってください。」

わたわたとしゃべる沙魚丸に女神は嬉しそうに微笑む。


「あっあのですね、社は一つで大丈夫なんですか?実は、私、無神論者で無宗教だったのですが・・・今はもちろん、信じてますよ。女神様一筋ですから!それでですね、熱心な信者とかよく分からなくて、すいません。信者って、どれぐらい必要なんですか?」

顔が火照って熱くてたまらない沙魚丸は早口で思いついたことを口に出す。


「社は一つで十分じゃし、祭りを楽しむ者たちで社が賑やかになれば、それで十分じゃ。それは其の方の治める国が平和で豊かな証じゃからな。

妾は武神と言っても、他の武神と違い、平和と繁栄をもたらすために武を用いる者に祝福を授けるのじゃ。」

「他にも武神様がいらっしゃるんですか?」


ああ、と声にならない声を女神は花唇から漏らす。


「実は武神は妾を含め何柱もおる。

他の柱は男神ばかりで女神は妾だけじゃ。

国譲りの際に活躍した神々とか、本地垂迹(ほんじすいじゃく)とか言うて仏と神が一緒になった神々がおる。

どの神も霊験は、勝運の他に金運とか開運、商売繁盛とかとかと実に多様なものが付いて来るのじゃが、中身はほとんど一緒じゃ。

しかし、男神の信者は数多おりよるし、どの信者も強烈な信仰を捧げておってのう。

武将の中には旗印に信仰している神の名前を記す者もおるし、起請文にも男神やら仏の名前をづらづらと書き連ねるのじゃが、妾の名だけ無いのじゃ。妾だけ・・・

しかもじゃぞ、男神共の社は全国津々浦々にあって、いずこの社も賑わっておる。

あやつらに天帝様との打ち合わせで出くわすと、心の底から心配した顔でワタクシの信者を分けましょうかなどとほざきよる。

さらにじゃ、たまにあやつらの眷属を妾の手伝いに寄こしよる優しさが余計に腹が立つ。

妾は、同格の神として、あやつらに憐れみを受けるのは絶対にご免なのじゃ。」


肩を震わせ少しだけ目を潤ませ訥々と話す女神に沙魚丸は胸をときめかせる。

〈透かした顔をして突っ立っている神様よりも、こんなにもクルクルと表情の変わる愛くるしい女神様って、もう最高。〉


沙魚丸に変なスイッチが入った。


「女神様、私にお任せください。まず、私が女神様の狂信者にでもなりましょう。」


沙魚丸の熱い視線を全身に感じた女神は、スッと沙魚丸の手を離し、キリッと真顔な顔になる。


「気持ちは嬉しいのじゃが、狂信者は望んでおらんぞ。狂信者は、怖いし、あまりいい思い出は無くてのぅ。其の方に期待するのは、平和で豊かな国作りの中で、妾の社を築いてくれればよいのじゃ。

そうすれば、その社で開かれる祭りは、きっと笑顔で溢れるものになるであろう。」


沙魚丸は稲妻の速さで女神の手を掴むと女神の瞳を見つめる。


「私、がんばります。女神様が喜んでくれる国を作って、最高に幸せなお祭りを開きますから楽しみに待っていてください。」


武神である女神の手を女神に気取られることなく瞬息で掴み取る沙魚丸に驚く女神であったが、なんとなく温かい気持ちになる。


「うむ、頼んだぞ。楽しみにしておる。」

はにかんだような笑顔を浮かべた女神は、突然、光る球に戻った。


女神の手の感触を名残惜しそうに沙魚丸は揉み手をする。


「もう、お会いすることはないのですか?」


「其の方が死んだ時は、わしが特別に迎えてやるから、また会えるぞ。楽しみじゃな。」


〈最後の最後に憎まれ口とは・・・女神様、ノーチートのお陰でほんとに近くお会いするかもしれません。でも、全力でがんばりますね。〉

沙魚丸は内心で女神に誓った。


「とはいいつつじゃ。其の方もたまには妾に会いたいじゃろう。よって、妾に会いたい時は特別な酒を妾に供えよ。醸し方は、其の方が元服してから授ける。それまでに死ぬのは許さん。ではな。」


と、女神が言うや否や沙魚丸の意識は暗闇に包まれていった。

包まれる闇の中で沙魚丸は思う。

〈特別な酒って、私が飲みたい。憎まれ口を言う女神様には上げないもんね。〉


「雑巾がけ忘れてたぁ・・・」

遠くで女神様の可愛い絶叫が聞こえた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ