終わりの始まり
源之進に丸投げした沙魚丸は緊張から解き放たれ、すっかり気持ちが軽くなった。
だが、源之進はエスパーでも何でもない。
沙魚丸の闘志あふれる笑顔?に笑顔で応えただけだった。
「沙魚丸様。この者たちは新たに沙魚丸様の家臣となった者でございます。どうぞお言葉を。」
源之進の言葉に沙魚丸の顔はひきつった。
〈やっぱりダメだったかぁ。全部任せるなんて都合よく行くわけないよね・・・。あぁ、そうよね。一番嫌なこと、辛いことをするためにトップがいるんだもんね。〉
自分の甘さに嫌気がさす沙魚丸だが、もはやこれまでと覚悟を決めた。
すると、またもや心臓がバクバクと早打ちを始めた。
〈心臓、止まって。本当に止まったら死んじゃうからダメよ。〉
などと、一人でボケとツッコミをできるぐらいに落ち着いてはいる。
沙魚丸は平伏している人たちにさっと目をやった。
〈うーん。見事に後頭部だらけね。平伏しているんだから当然だけど・・・〉
頭を下げている人たちに、
『私の家臣になってくれてありがとう。これから一緒にがんばりましょう!』
と言う気になれない。
〈この絵面って、お代官様お願いいたしますって感じよね。すると・・・私は悪代官ってことね!〉
これはマズいと思った沙魚丸は、声を張り上げた。
「そのように伏せていていは、顔を覚えられません。どうか、顔をしっかりと上げて、私にあなたたちの顔を見せてください。」
身分社会の中で、『はい、そうですか』とすんなり顔を上げられる者はいない。
だが、このような緊張する場面で一番頼りになる男、次五郎がずいっと膝を進めた。
「沙魚丸様に顔を覚えてもらわないと、これからの活躍が無駄になってしまうぞ。皆の衆、顔をしっかりと上げよ。さぁ、さぁ。」
次五郎の囃し立てる声に、全員の顔が少し上がった。
しかし、背筋を立てて沙魚丸の顔を見ようなどと言う者はいない。
「違う。もっと、ぐいっと上げるのだ。ぐいっと。沙魚丸様はお辞儀の角度がどうのこうのと言うちんけな御方ではない」
次五郎の大声に皆は、『ええぃ、ままよ。』とばかりにぐいっと顔を上げた。
そこには、澄んだ眼差しで柔和な笑顔を向ける若者がなんのてらいもなく座っていた。
〈さすが、次五郎さん。でも、さっきのちんけって言葉はすっごく実感がこもってたわね。〉
次五郎のおかげで緊張から解放された沙魚丸はどのような領地を目指すかを話すことにした。
「私は子供たちが安心して生きていける国をつくりたいと思います。貴方たちには大変な苦労を強いることになるでしょう。何の実績もない私を信じろと言うのも無理がありますが、私は貴方たちと一緒に生きて行きたいと思っています。どうか私に力を貸してください。」
沙魚丸の言葉は無茶苦茶である。
一生懸命に働いても、すぐにいいことは無い。
もしかしたら、子供や孫が笑って暮らせる国が実現できるかも。
普通の者ならば、一笑に付して歯牙にもかけない話である。
だが、沙魚丸は大真面目である。
沙魚丸は歴史の本を読んで知ってはいた。
この当時の子供たちの死亡率が異常なまでに高かったことを。
そして、転生して体験したのだ。
子供たちが簡単に奴隷になることを。
沙魚丸の言葉に真っ先に反応したのは黒鍬衆だった。
そう、彼らは沙魚丸に手ずから怪我の手当てを受けた者たちである。
彼らは高貴と呼ばれる人たちから声をかけてもらったことなどない。
あろうことか、目の前の椎名家の若君は慣れない手つきで一生懸命に手当てをしてくれたのだ。
この感激は彼らにしか分からないだろう。
彼らは沙魚丸の言葉を聞いて一様に涙を流し、全員が平伏した。
黒鍬衆を代表して三輪が静かに言った。
「我ら三輪黒鍬衆は沙魚丸様のお考えの国づくりに、この身を捧げます。」
隅小沢は沙魚丸が鷹条海徳や野句中寒山とあまりに違うので戸惑っていた。
我が身や一族のことしか考えない主君が当たり前だった隅小沢にとって、沙魚丸様が何を言っているか分からなかった。
だが、大手門での沙魚丸と小次郎とのやり取りや、黒鍬衆の態度を見て思った。
〈本気でおっしゃっているなら、随分と変わったお方だ。だが、私の命をかける価値のある御方かもしれない。たった一度の人生。よき主君に出会えるのは至福。〉
「隅小沢家も沙魚丸様の理想実現に加えていただく。」
田頭が笑いながら言った。
「田頭家もお忘れなきよう。」
沙魚丸は万感の思いを込めて一言だけ言った。
「ありがとう。」
これ以上、話すと泣きそうだったから。
〈叔父上のところで修業すれば、私は強くなれると思ったけど、そうじゃないわね。私は独りで強くなってもしょうがない。ここにいる人たちと一緒に強くなる。〉
ここまで静かにしていた大木村の者たちが、なぜか一斉に平伏した。
一人の男が前に膝を進め、話し始めた。
「私は橋爪親実と申します。ここにいる大木村の者を代表して申し上げたいことがございます。」
「どうぞ。」
頷いた沙魚丸は耳を傾けた。
橋爪が手をついたまま話す。
「私たちは沙魚丸様にお許しを願わなければなりません。沙魚丸様に黙って、清水彦左衛門と言う武将の遺言をかなえるために一郎を野句中軍に潜入させました。」
この言葉に仰天したのが次五郎である。
「お前たちが彦左衛門殿を討ったのか。」
詰問する次五郎に橋爪がかくかくしかじかと説明をする。
彦左衛門の死に様が明らかになった時、彦左衛門を知る者一同が涙する。
彦左衛門のことをまったく知らない沙魚丸ですら、彦左衛門の忠烈な死に様に胸に来るものがあった。
沙魚丸は嗚咽をこらえて言った。
「私も彦左衛門さんの刀は届けて欲しいと思います。ですから、一郎さんの帰りを待って、どうするか決めましょう。」
橋爪を始めとする大木村の者たちは、独断で敵将の遺言を実行したことで大木村の者たちが罰せられないよう腹を切る覚悟をしていた。
だが、この新しい主君の甘さはどうであろう。
さらに、子供たちが安心して生きていける国を造るなど何と甘っちょろいことを言うのだろう。
だからこそ、橋爪をはじめとする大木村の者たちは泣いた。
どう考えても困難な道だが、何とやりがいのあることだろうと・・・
◆◆◆
お目通りが終わった後、沙魚丸と小次郎は二人で飲むことになった。
小次郎に酌をされた沙魚丸はどうも落ち着かない。
〈甘酒かぁ。これが、どぶろくならグイグイって飲んで酔っ払うんだけど。甘酒じゃぁなぁ・・・〉
おちょこに入ったお粥もどきに目をやった沙魚丸は密かにため息をつく。
二人は視線を交わすと黙って飲み始めた。
〈ようやく分かったわ。社長たちが私たちを飲みに連れて行きたがるか。酒が入らないと話せないからだったのね。〉
沈黙と言う言葉が見当たらない女子会を思い浮かべ、沙魚丸はまたしてもため息をつく。
〈こうやって、風音や鳥の声に耳を傾けながら杯を傾けるって言うのも乙よね。甘酒じゃぁなかったら。〉
酒が飲みたいと不満たらたらの沙魚丸に小次郎がぽつりと言った。
「沙魚丸様。甘酒はお嫌いですか。」
ぎくっとした沙魚丸は
「あはは。何を言ってるんですか、小次郎さんは。とっても美味しいですよ。」
「この甘酒はお辰様が沙魚丸様の御体調を心配して作ってくれたのです。ご存じのように、甘酒は疲労回復に優れておりますから。」
「そうだったんですね。」
たちまち、沙魚丸は反省した。
〈私はなんて人でなしなの・・・。この甘酒が甘いのは愛情がたっぷりだからなのね。文句を言ってすいませんでした。〉
「お注ぎしましょう。」
かわらけに小次郎が甘酒を注いだ。
「私には夢があります。」
沙魚丸はかわらけに口をつけ、頷いた。
小次郎は姿勢を正し、熱の帯びた声で言う。
「沙魚丸様の領内の者たちが喜ぶ顔を肴に、いつの日か沙魚丸様と一緒に酒を飲みたいと思います。」
小次郎の言葉が沙魚丸の胸に刺さった。
沙魚丸の目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。
〈それを言うのは私です。〉
「頑張りすぎて、私より先に死ぬのは禁止します。」
沙魚丸の言葉に小次郎の胸に父、源之進の言葉がよみがえる。
『よき死ぬ場所を与えてくれるのは沙魚丸である。』と・・・
小次郎の頬に涙がつたう。
「ならば、お約束ください。私より先に死なないと。」
二人は顔を見合わせ笑った。
沙魚丸は覚悟を決めた。
仲間と共に子供たちが安心して生きていける国、つまり、皆が笑って生きていける国をつくると。
叔父の雨情が課す厳しい修行によって、沙魚丸は頼れる領主となれるのか。
果たして、沙魚丸は理想とする国をつくることができるのか。
秋夜叉姫は八上姫と共に神力向上の特訓に励みながら呟いた。
「沙魚丸!妾にこのような汗を流させるのじゃから、立派な領主にならなかったら温泉ではなく溶岩を流してやるからな。」
二柱が特訓しているのもダイフクが持ってきた月詠様の手紙を見て震えあがったからである。
手紙には、『親愛なるお酒くさい二柱へ。沙魚丸さんに薙刀を教えるのにお酒の臭いをまき散らして行ったら、酒の湖に沈めるわよ。』と書かれていた。
二柱は余計なお世話と破り捨てる勇気など持ち合わせていない。
アルコールを抜くべく滝のような汗を流しつつ、二柱は沙魚丸が立派な領主になることを楽しみに禁酒にも励むのであった。
【転生編 完】
次回からは【領主編(仮)】が始まります。
なお、次の掲載予定は1月中旬から下旬を予定しております。
詳しくは活動報告に書きましたので、ご覧いただければ幸いです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




