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加護

「女神様。ところで、私はどんな凄い能力をいただけるのでしょうか?」

〈男として生きていくなら、やっぱりチートな能力が必要だよね。修羅の国だし。そんな修羅どもの中で無双ヒャッハーして楽しく生きていくんだ。これはまた夢がいっぱいですねぇ。今まで読んだ転生小説の中では、何といっても錬金術がヒャッハー度一位だよね。女神様、どうか、錬金術をお願いします!〉


「能力は無いぞ。」


女神は一言であっさりと沙魚丸の望みを葬り去る。

沈黙が支配する空間が出現する。

二人が会話を始めてから訪れる初めての静謐(せいひつ)な時間。

始めて右頬を打たれたかのようにショックを受けた沙魚丸。


だが、女神の答えを簡単に受け入れることを拒否し、聞き間違えたことにする。

「すいません、もう一回」

「じゃから、無いと言っておろう。」


再び床几に座った女神は、今度は和鞭を空中から取り出すと右手に持ち左手の平にピシピシと打ち付け、小気味よい音を響かせる。

沙魚丸は上下する和鞭を目で追いかけつつ女神に食い下がる。

「えっ?本当に無いのですか?何にも?」

両手を胸の前に握りしめ、にじり寄ろうとする沙魚丸に、これ以上近寄るなと言わんばかりに女神は和鞭を沙魚丸の鼻先に向け言い放つ。


「うむ、無いぞ。大体じゃな、前の世界での記憶があること自体、チートじゃろうが。それにこの世界で会話できるようにしておるのも大サービスじゃ!ただし、読み書きはちゃんと学ばないと駄目じゃぞ。まぁ、沙魚丸の記憶も引き継いでおるからイロハぐらいは大丈夫かの。感謝せい。」

女神の言う言葉に思わず腕組みをしてウムムと唸りながら沙魚丸は思案する。


〈んんん。いやいや、女神様。それはちょっと変ではないですか。だって、記憶って言ったって、普通の人間は幼年期とかほとんど覚えてないですよ。それに沙魚丸君に転生するんだから会話ができるって当たり前でしょ?あれ、待って。チートとかそんなことよりヤバくない?〉

とんでもないことにが気づいたかのように沙魚丸はワタワタし出す。


「あの、もしかして、私の転生のせいで沙魚丸君はお亡くなりになったのですか?」

「安心せい。いずれにせよ沙魚丸は今日が寿命じゃ。妾は神と言えども人の寿命を勝手に変えることは許されておらん。まぁ、何じゃ、其の方は優しい奴じゃな。」

ちょっとばかり見直したぞ、といった感じで女神はウンウンと頷く。


沙魚丸の死が自分のせいでは無いことにほっとした沙魚丸はサッと自分本位へと考えを切りかえる。

「何といいますか。私が優しいというより、人として割と普通だと思うんですけど。

いや、しかしですね。私は、前の世界で事務仕事をメインにやっておりました。証憑整理とか記帳とかもっぱら事務系の仕事をしていただけで何かを作れる訳でもないですし、物の構造とかも全く知りません。なので、転生小説によくある『図面を書いて、こんなの作って』とかできないです。そんな無知な私が過酷な戦国時代を生き抜くなんて到底無理だと思うんですけど?」


女神に食い下がりながら沙魚丸は改めて思う。〈チート無しとは、相当なハードモードですよ。前の人生は多少の苦労はあったけど普通に幸せだったよね。でも、せっかくの転生なのだから主人公ヒャッハーしたいです。お願いです、女神様。〉


だが、女神は沙魚丸の想いを一蹴する。

「遠い昔に起きた神界戦争のせいで、いずれの神も原則として下界を見守るだけで干渉することは許されておらんのじゃ。

だが、妾が生温かく其の方の行く末を見守る故、安心せい。」

女神は楽しそうに微笑んだ。


〈生温かくですか・・・なるほど。もしかして、女神様ははっきりと言わないけど、しっかりと見守っているから何をやっても大丈夫と言いたいのかも。いや、きっとそうだわ。だって、原則って言ってたし。税法と同じだわ。特例だらけで税理士に頼まないと申告ができない税務関係の仕事と同じ。つまり、困ったら頼れる女神様にお願いすればいいんだわ。ありがとうございます。女神様。南無南無。〉


きらきらと目を輝かせて見つめる沙魚丸に女神は満足気に頷く。

〈こやつもようやく妾の言うことが理解できたか。転生者と言えども加護をホイホイ授けたら、真面目に頑張っておるやつが馬鹿を見るだけじゃからな。妾は其の方をただ見守るだけだが、たくましく生きるのじゃぞ。天界から応援はするからの。〉


「やる気が出てきたようで、何よりじゃ。今、沙魚丸は叔父と出陣したばかりじゃ。優しい坊主でな、小姓の小次郎のために柿を取ってやろうとしたんじゃが、木のてっぺんになっているのが一番甘いと考えてのう。どんくさくも何とか上まで登ったところまではよかったんじゃが、枝の先っちょになっている柿を取った瞬間に足の下の枝がボキッと折れて地面に真っ逆さまに落ちてしもうた。で、打ち所が悪くてあの世行きじゃ。小次郎はのぅ、沙魚丸に冷たく接する者どもから必死で庇っておるんじゃが、沙魚丸の死体を前に茫然自失でのぅ。献身的に仕えている主人が目の前で柿と共にグシャッではあまりにも哀れじゃ。そこで偉大なる妾は、其の方の転生先に沙魚丸を選んだのじゃ。よもや其の方が断ることはあるまいと思い、沙魚丸が死を迎える瞬間に其の方の魂を絶妙なタイミングでスルリと入れたのじゃ。」


アンダースローと呼ばれる投げ方をしながら、器用にフフンと鼻を鳴らすドヤ顔の女神に沙魚丸はぽかんとした。

「え?海賊の娘は、何だったんですか?お姫様になれるとかは?」


女神はしまったと表情を変え、慌ててごまかすように微笑んだ。

「其の方の魂は、すでに沙魚丸の体に入っておるので、あれは其の方とのちょっとしたコミュニケーションじゃ。妾と随分と打ち解けたじゃろ。」

女神は自分の言葉に勝手に納得しウンウンと頷いている。


「そんなわけで、沙魚丸は単に木から落ちて気を失っただけ。天帝様に其の方のことをお願いしたり、妾もとても頑張ったからのう。其の方の転生に何の問題もないぞ。其の方が転移する際の沙魚丸は五体満足でピンピンしておるから安心せい。」

無邪気に語り続ける女神に二の句が継げず茫然としている沙魚丸に対して、女神は人差し指を立て、チッチッと指を左右に振る。


「それからの、怠け者はだめじゃぞ。消極的なのも感心せんな。言っておくが其の方の心の声は顔に出過ぎじゃ。これからはハードモードを楽しめ。困難を乗り越えてこその生であろう。さすれば、其の方の魂は光り輝き、死後は極楽浄土へ間違いなし!まぁ、あれじゃ。がんばれ。」

〈あれ?あまりのショックで女神様の途中の言葉を聞いてなかった。聞き流してましたって言ったら凄く怒るだろうし、あんまり大したこと言ってないだろうからスルーでいっか。それにしても、もう死後の話なの?極楽浄土って、こちらの世界も神仏習合なのかな?いけない、いちいち女神様にツッコミをいれてしまう。最優先は、転生後のヒャッハーライフの確保。〉

沙魚丸はグッとこぶしを握り締める。


「愚痴って申し訳ありませんでした。徹底的に頑張りますので、もう少し教えていただけないでしょうか。」


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