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三輪の決断

三輪は散乱した竹や木をぼんやり眺めた。

ついさっきまで、柵や竹束として椎名軍を迎え撃つはずだった。


〈起きたことをいつまでもウジウジと考えるな。〉

ふぅ、と一つ短く息を吐いた三輪は自分の顔を両手でパシンと叩き、気合を入れる。


「よし、やるか。」


自らを奮い立たせるように声を発した三輪はぐっと顔を上げ、陣を作り直すための一歩を踏み出す。


「お前たちは竹束を作り直せ。私たちは柵を立てるぞ。」


三輪が明るい声で命令した直後、隣にいた配下が悲愴な声を上げた。


「三輪様、大手門が!」


〈大手門が何だと言うのだ。それより、私も頑張って明るいふりをしてるのだから、少しは察して明るい声を上げてくれてもいいだろう。〉

配下の沈鬱な声に心の中で文句を言いつつ、三輪は大手門に目を向ける。


三宅軍を追討するための軍が鶴山城から出て来ることはあり得ないと三輪は考えていた。

〈さっきの三宅軍を見るかぎり、すこぶる元気だったし余力があった。城内で謀反の後始末が残っているだろうし、三宅軍を討ちに行くのは難しいだろう。〉


鶴山城から一兵たりとて出てくるわけがないと確信していた三輪は、大手門の門扉がゆっくりと開かれていくのを見て目を疑った。


〈なぜ、開ける。やめろ。〉


三輪は信じられなかった。

いや、信じたくなかった。


〈三宅の残党が立ちあがったら、どうするのだ。〉

追討軍を城外に出してしまっては、三宅に味方する者が再び決起する恐れがあると三輪は考えていた。


三輪の考えはもっともだが、謀反を企み三宅屋敷に(つど)った者たちは既に伊織によって拘束されている。

そのため、城内で火の手が上がる恐れはまったく無い。


そんなこととは知らない三輪は疑念を抱いたまま開いていく門を見つめ続ける。

門の隙間から兵らしき者がずらりと並んでいるのが見えた時、三輪は絶望した。


三輪が絶望したのは、これから起こるであろう一方的な殺戮だけではない。


〈人から頭がいいと言われて調子に乗っていたのだな。なんと頼りない脳みそか・・・〉

軍師の才があると自負していた三輪の自信をも粉々にしたのだ。


門が完全に開かれて、城内から悠然と一団の兵が出て来た。


〈どうする、どうする。私はどうすれば、いい・・・〉

すっかり自信を無くした三輪はうろたえる。


隅小沢や田頭に相談しようと思わず頭を左右に振るが、当然のように二人はいない。

配下の黒鍬衆はと言えば、竹や逆茂木(さかもぎ)を抱えたまま不安な目をして三輪をじっと見つめている。


黒鍬衆の目に恐怖し、足を一歩引こうとした三輪の背中を何かが押した気がした。


三輪は我に返る。

〈腹を決めろ。私が決めるのだ。ここにいる者は私の家の子だ。〉

三輪はようやく覚悟を決めた。


「三輪黒鍬衆の名を高めよ。ここを死地と決めよ。」


三輪は腹の底から声を出す。


出したつもりだった。

実際に出た三輪の声は自分でも分かるぐらい上ずっていた。

〈こんな時に声が裏返るなんて・・・。死にたい。〉


許されるなら頭を抱え地面をゴロゴロとのたうち回りたい三輪であったが、黒鍬衆は三輪の声質をまったく気にせずに、三輪の前に颯爽と集まった。


〈お前たち。気にしない振りをしてくれているのだな。ありがとう。〉

三輪は心の中で感謝するが、黒鍬衆は単に慣れていただけだった。


三輪だけが知らなかっただけなのだ。

緊迫した場面では、いつも三輪の声が裏返り滑稽になっていることを・・・


迫って来る三日月兵を自分の命と引き換えに道連れにしてやる、と決意のこもった目をした黒鍬衆は腰を落とし、相手の出方を窺う。


「おーい。待て、待て。ちょっと待て。すまんが、ちょっと通してくれ。」


三日月兵の中から緊張感の無い声がすると、三日月兵たちが左右に分かれた。

その間を2騎の騎馬武者が進んで来た。


片方の騎馬武者がよっこらしょっと馬から下りる。


「三輪。久しぶりだ。」


三輪は声の主を見て驚いた。


「次五郎様。なぜ、こちらに。」


「うーん。それを説明するのにはとても長い時間が必要になる。だから、それは後だ。」


「あっ、はい。」


三輪は次五郎の言うことなら一も二も無く頷く。

鷹条家に新しく仕えた隅小沢家の者たちに何くれと心配りをしてくれたのは、今は亡き彦左衛門と目の前の次五郎である。

次五郎は隅小沢家の者にとって恩人の一人なのだ。


〈次五郎様は鷹条家を裏切って椎名軍と行動を共にしていると聞いたが・・・〉


眉間に皺を寄せた三輪を楽しそうに眺めた次五郎がずいっと三輪に顔を近づける。


「三輪。お前、俺に降伏しろ。悪いようにはせんから。三日月家ではなく俺に降伏しろ。な、そうしろ。」


「次五郎殿。話の途中で申し訳ないが、この御仁に尋ねたいことがある。よろしいか。」


騎乗の男の声の冷たさに驚いたのか、次五郎が変な顔をして騎乗の男を見る。


「どうぞ、どうぞ。」


「そなたはここへ逃げて来たのか。」


三輪は馬に乗ったまま質問してくる男を睨みつけた。

〈なんなのだ、この男は。無礼にもほどがある。私はまだ降伏するとも何とも言ってない。しかも、言うに事欠いて逃げて来ただと。〉


恥辱を覚えた三輪はすかさず反論する。


「私は殿(しんがり)を受け持った一人です。逃げてきたわけではありません。」


三輪の言葉は丁寧ではあるが、言葉に殺気が含まれている。

次五郎は首を捻る。


〈どうしたのだ。源之進殿。騎乗のままだし、何より話し方が雑過ぎる。これでは、三輪からまともな返事は期待できんぞ。こういうことには、人一倍しっかりしていると思っていたが・・・〉


次五郎の心配をよそに源之進の話し方は相変わらずぞんざいなままである。


「そうか。それで、この先で戦っている者は強いのか。」


この問いに温厚な三輪も激怒した。

〈一言も謝りもせず、聞きたいことだけを口にするだけだと。〉


「貴様、人にものを尋ねるなら、それなりの態度があるだろう。」


声を荒げた三輪の前に次五郎が割って入る。


「まぁ、待て、待て。三輪もそんなに怒るな。」


三輪を宥めつつ、次五郎は源之進に顔を向けた。


「何かありましたか。顔色が悪い。」


大きく息を吐いた源之進は、ぺこりと頭を下げた。


「申し訳ない。少し気が急いておりました。」


「ふむ。」


軽く相槌を打った次五郎に源之進は腰袋から一個の勾玉を取り出した。


「勾玉ですか。綺麗ですなぁ。だが、割れていますな。」


「これは、小次郎が幼少の頃に私に作ってくれたものなのです。さきほど何の前触れもなく、このように真っ二つに割れました。」


源之進はぐっと勾玉を握りしめた。

次五郎の脳裏に小次郎のやんちゃな顔が浮かんだ。


〈こいつは確かに不吉だ。沙魚丸様も目を離すと無茶をされる御方だ。その相棒となれば、何をするか分かったものでは無いな・・・〉

大きく頷いた次五郎は三輪へ顔を向ける。


その顔はさっきまでの緩んだ顔と違い、極悪人をも震え上がらせるような鋭い形相となっている。


「三輪。知っていることを話せ。要点だけでいい。」


次五郎の気迫に押され、三輪は話し始める。


「私の(あるじ)である隅小沢と同輩の田頭が野句中軍の殿(しんがり)として、椎名軍の抑えをしています。椎名軍の勢いを弱めたら、ここで私と代わることになっておりました。」


むうっと口を尖らせた次五郎が源之進に言う。


「隅小沢も田頭もかなりの使い手だ。源之進殿、ここは俺に任せて急いだほうがいい。」


地面に突き刺さった槍を一本抜き取った源之進は次五郎に頭を下げる。


「かたじけない。では、先に行かせていただく。」


「ちょっと待ってくれ。そんな野句中の槍など持って行って、どうするのだ。」


「野句中の兵が使う槍は、みな同じようでした。」


「その通りですが・・・」


「この槍を持っていれば、私を野句中の者と勘違いして道を開けてくれれば良いな、と思いまして。」


「はるほど。」


二人は目を見合わせ笑いあうと、源之進が槍を少し上げた。


「では、ご免。」


源之進はさっと馬首を返して、椎名軍が戦っている方へ街道を進んで行った。


この後、田頭に命を絶たれようとした小次郎を見つけた源之進が手にした槍を投げたことは、すでに紹介したとおりである。


さて、途中まで憤然としていた三輪は二人の話の途中から腰が引けていた。


〈次五郎様が気を遣っているではないか。一体、何者だ。〉

三輪は聞きたくないなぁと思いつつ、おそるおそる尋ねる。


「次五郎様、あの御方はどなたのでしょうか。」


「あぁ、そうか。名乗らずに行ってしまったな。あの御仁は千鳥ヶ淵源之進。槍の源之進と言った方が分かりやすいか。」


ひいっ、と三輪は声を上げ、しりもちをついた。

それを見ていた次五郎は笑い声を上げ、三輪に手を差し出す。


「で、どうするのだ。降伏するのか。」


三輪は差し出された手をしっかりと握ると、次五郎はぐいっと三輪を引き起こした。


「はい。次五郎様でしたら、この身いかようしていただいても不満はございません。」


「相変わらず、大袈裟なやつだ。一応、言っておく。俺に降伏したのだから、お前は俺の主君である沙魚丸様の預かりとなる。三日月家ではないぞ。」


三輪は、へっ?と声を出しそうになる。

〈三日月家の兵を後ろに従えているのに、三日月家に降伏したのではない。というか、沙魚丸って誰ですか・・・〉


ポカンと口を開けた三輪を愉快そうに人相の悪い男が見ている。

男の視線に気づいた三輪は、急いで口を一文字に結ぶ。

〈次五郎様の周りは、本当に無礼な人が多い。〉


三輪の表情の変化を笑いつつ、次五郎はその男に声をかける。


「仁平。この者たちを搦手門のところに連れていけ。それから、母上に搦手門まで来てもらうよう、すぐに使いを走らせろ。この者たちの傷の手当てをお願いしろ。」


「沙魚丸様には、何も言わなくてよろしいのですか。」


仁平の疑問に次五郎が悲しそうな顔となる。


「俺の手柄なので自分で伝えたい。だが、今から戦に行かないといけない。報告だけはお前に譲ってやる。『この者たちは、沙魚丸様の捕虜です。とても優秀な者たちです』と伝えてくれ。」


仁平が配下の一人に耳打ちをする間に、足下の石をつんつんと蹴とばしながら次五郎は三輪に尋ねる。


「お前、鷹条に帰りたいか。」


「もちろんです。家族が待っておりますし、隅小沢や田頭とともに帰りたいと思います。」


「俺は独り身だし、茄子家は家族とは違ったからなぁ。そうかぁ。家族か。うん。俺とは違うよな。」


腕を組んで唸り声を上げた次五郎の後で、用件を終えた仁平がニヤニヤと笑っている。


「五郎様の家族ねぇ・・・」


小馬鹿にしたように呟く仁平は次五郎に聞こえない声を出したつもりだったのだろうが、次五郎の耳は湖面から飛び立つ水鳥の足音を聞き分けると言われるほどの良耳だ。

槍の柄を仁平の頭に軽く落とした次五郎は、さっと騎乗する。


「仁平、覚えておけ。俺は沙魚丸様に女性から好意をもたれる秘訣を教えてもらっている。数年後には妻を娶り、子だくさんに俺はなる。」


頭を抑えつつ、仁平は頷く。


「そうですか。いつか、俺にも次五郎様のお子様をおんぶさせて下さい。」


仁平からすっとぼけた笑顔が消えない。

次五郎が再び、槍の柄を向けようとするのに気づいた仁平は慌てて次五郎に話しかける。


「俺は五郎様について行かなくてよろしいのですか。」


槍をくらわし損ねたことに口をへの字に曲げた次五郎だが、笑みを浮かべる。


「俺よりも三輪たちの面倒を見てやってくれ。一応、敵だからな。城内で問題が起きると沙魚丸様が困る。」


「分かりました。では、ご武運を。」


ニッと笑った次五郎は三輪に顔を向ける。


「搦手門には城主の武蔵様の姉であり、俺の母、お辰様が待っているから安心しろ。城内では、母上に勝てる者はおらん。それに、俺の(あるじ)、沙魚丸様もいるはずだ。俺は隅小沢と田頭を助けて来る。じゃぁな。」


それだけ言うと、次五郎は馬を走らせた。

三輪は聞きたいことだらけだった。

〈風のように去って行かれたけど、重要なことは何一つ教えてもらってない気がする・・・〉


三輪の呆気に取られた顔を横目で見ていた仁平は、悪相で分からないが同情の表情を浮かべる。

〈五郎様も沙魚丸様のためにと思って張り切っているのだろうが、空回りすぎだ。三輪様がお可哀そうすぎる。まぁ、俺は面白いけど・・・。お礼に城までの道すがら、俺が知っていることをお教えしますから、そんな悲愴な顔はやめましょう。〉


仁平は最高に自信のある笑顔を浮かべ、三輪に頭を下げる。


「それでは、参りましょう。こちらでございます。ご質問がございましたら、何なりとお聞きください。」


「そっ、それは嬉しいな。よろしく頼む。」


三輪も仁平に笑顔で応えようとするが、地獄の獄卒かとも思える仁平の笑顔にたじろぐのだった。


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