沙魚丸は沙魚丸を拒否する
「女神様、沙魚丸って男の子ですか?」
「そうじゃ、沙魚丸は十二歳のオノコじゃ。」
「私は女の子ですよ、女神様?」
ひきつった笑顔で、女神にさりげなく女性アピールする沙魚丸。
「知っておるよ。それがどうかしたのか?」
とても不思議そうな顔で何の問題があるのかと言わんばかりの笑顔で相槌をうつ女神に沙魚丸はまたもや悩む。
〈やはり、女神様ともなると男女の違いとか小さな話なんだろうか?いやいや、仮に女神様にとって些細な話であろうと、私には重大問題なんだよね。転生するからにはやっぱり今まで慣れ親しんだ女の子でないと環境の激変に耐えられないと思うし。男に性転換する上に殺し殺されの戦国時代とかカヨワイ私には無理でしょ。こうなれば、私の最終奥義を使うしかない。女神様よ。我が最終奥義「泣き落とし」を食らうがいい。〉
最終奥義「泣き落とし」を発動するために少し下を向き目に力を入れ涙をじんわりと浮かべた沙魚丸は、潤んだ瞳で女神を見上げ、精一杯の可愛い声で訴える。
「私、女の子がいいです。下に付けたくないです。胸は大きめがいいんですけど、顔は今が普通なので可愛くしてください。それで、お姫様になったら、周りからチヤホヤされてワキャワキャしたいです。」
明らかに演技と分かる沙魚丸の泣き落としと願いの図々しさに思わずこめかみを押さえた女神は、これまた大袈裟に天を仰ぐ。
「嫌かぁ。沙魚丸は押しじゃったんじゃが。嫌かぁ。しょうがないのう。そうじゃなぁ・・・」
さも仕方がないと言った風に空間から帳面を取り出すとパラリパラリとめくり始めた女神を見て心の中で沙魚丸は狂喜した。
〈おぉ、やるじゃん、私。女神様に最終奥義が効いた!今まで誰にも効いたことがなかったのに。私ってば素晴らしい。待っててね。私の可愛いお姫様。〉
そんな沙魚丸の妄想を振り払うかのように女神は優雅な笑顔を沙魚丸に向けた。
「よし、ご希望のお姫様おったぞ。海賊領主の娘とかどうじゃ?なかなかに逞しきお姫様じゃぞ。城は周囲の者から竜宮城と言われておるから間違いなくお姫様じゃな。うんうん。」
日本語とは違う見たこともない文字の書かれた帳面を沙魚丸のほっぺたににっこりと笑った女神はぐいぐいと押し付ける。
押し付けられた帳面に抗することもできず、さめざめと沙魚丸は嘆く。
「無理です。私、泳げないです。しかも、海賊とか怖いです。」
「大丈夫じゃ。その姫は泳げるから。転生後は其の方も泳げるようになっておる。それにな、結構な暴れ姫で周りに怖がられておるから、何か言われても全員ぶっ飛ばせば全く問題無しじゃ。何といっても、家来たちには自らのことを可愛いと言わせておるようじゃし、其の方の願い通りの娘じゃな。」
ようやく帳面を沙魚丸に押し当てるのを止めた女神は、持っていた薙刀をポイと放り出し宙に浮かすと犬かきの真似をしつつ真面目な顔で沙魚丸を説得にかかる。
〈何だ、その犬かき。めちゃくちゃ可愛いじゃないですか。美人はいいよねぇ。何をやっても絵になるし。だけど、可愛いって無理やり言わせてるのはちょっとねぇ。それに、どうあっても、海賊姫は絶対に無理。あれは私がほっぺたがプニプニして可愛かった三才の頃。家族で初めて行った海水浴で海を見た私がビックリして漏らしたとか覚えてないことを両親から延々と言われ続けて海は私の黒歴史になってるんですよ、女神様。〉
「我儘言ってすいませんでした。女神様がご推薦の沙魚丸君に是非とも転生をお願いします。」
深々と頭を下げ、九十度まで曲げた姿勢で沙魚丸はお願いをする。そんな沙魚丸の後頭部をペチペチ叩くと女神はご機嫌な様子で宙に浮かび足を組んだ。
「なんじゃ、姫様でワキャワキャしたかったんじゃないのか?朝日が映える海原に敵を追っかけまわして、刈り取った首を引っ提げてルンルンとか最高ではないか?」
「いえ、実は私、『牡牛座なので地面から離れちゃダメよ』と新宿の老占い師に言われたことを思い出しました。それに男として生きてみたかったので、沙魚丸君に転生するのがとても楽しみです。」
〈笑え。にっこり笑うんだ、女神様には泣き落としは通用しない。ならば、スマイル攻撃しかない!〉
「そうかそうか。いい笑顔じゃ。沙魚丸を気に入ってもらえたようで何よりじゃ。妾も嬉しいぞ。」
にやっと黒い微笑みを浮かべる女神に沙魚丸は不安を募らせた。
〈むむっ、女神様、わざとか?私をいじって楽しんでいるのか?いや、そんなことは、どうでもいい。大事な所を間違えるな、私。〉




