歴史が変わり始めた1
天文15年(1546年秋)15歳
歴史が少しずつ変わり始めている。
前世の歴史と異なり。河東の件に介入したことで、武田家と今川家と北条家による三国同盟は成立しなかった。武田家は北信濃に侵攻しようにも、背中を預けるはずの北条家と同盟できなかったことが原因で、北信濃への侵攻を中止にする。
北信濃の強豪である村上義清との戦いもなくなり、村上義清とは不戦同盟を結んでいる。
前世の歴史では、武田家は村上家を破ることで、さらに北に領土を広げていく方針をとる。その結果、上杉謙信と川中島の激戦を何度も繰返す。歴史への介入でそのイベントもなくなった。
その代わり武田家は、今川家と斎藤家、長尾家、関東管領の上杉家(憲政)と五ヶ国同盟の締結に成功する。大連合だ。盟主は関東管領である上杉憲政である。もちろん無能な憲政は唯のお飾りに過ぎない。
こいつらがターゲットにしているのは、北畠家と北条家である。今川家と武田家と斎藤家が狙うのは北畠家。長尾家と上杉家が狙うのは北条家だ。
『大掛かりな同盟を作られて、こちらは大変迷惑だ。ただちに同盟をやめなさい』といっても止めるような人たちではない。どいつもこいつも『腹が減ったら、持っているやつから奪え』の人たちだ。
優秀な頭脳を奪うこと意外に使って欲しいな。
早々にこの世から退場願おう……
『五ヶ国同盟が怖くないのか?』と、聞かれたら怖いに決まっているでしょ。戦国時代の有名人が挙って北畠家と北条家に襲いかかってくるのだよ。
少しでも下手を打てば殺られてしまうのだ……
『その中で誰が一番怖い?』と聞かれれば、もちろん長尾景虎だよ。
越後の強兵を天才的閃きで運用されたら、誰だって勝てる気がしないでしょ。
軍神さん相手に、自慢のライフルをずらりと並べたとしても。正攻法で攻めてくるはずがないよね。どう攻めてくるかは予想不能。はっきりいって怖い。俺は凡人だからね。天才には勝てないに決まっている。
そうなのです……長尾景虎こそが俺にとって最大の懸案事項なのだ。
とにかくこいつだけは、戦の経験を積んで軍神なんかに成長する前に、どんな手を使っても始末しないといけない。
軍神君に比べたら、はっきり言って信玄さんや義元さん、マムシさんたちは優秀レベル。つまり大して怖くないのだ。
天才君をどうするか? 天才を凡人の群れに放り込んで身動きできなくするしかないでしょ。
しかもキングオブアホな奴が率いる群れに放り込んでやれば良い。キングオブアホは誰かって……上杉憲政だよ……
なので、景虎をなんとしても上杉憲政の指揮下に放り込む必要がある。そのために昨年の内から上杉憲政の所に、くの一お姉さんたちを送り込んでいる。憲政は酒にも女にもだらしない。しかも管領としての能力はゼロ。戦の能力ゼロ。みんなゼロ。最高の素材だよ。
持っているものと言えば、管領の家に生まれたというだけ。この最高の人材。関東にいてくれてありがとう。助かりました。
これまでも、くの一お姉さんの暗示術に助けられているな。感謝しかない。くの一お姉さんが言うには「坊主もチョロいが、憲政はチョロすぎる」だそうだ……良かった……
憲政は、くの一お姉さんのお色気にメロメロ骨抜きだ。「夜を楽しむための強壮薬でございます」とか言われて、鼻の下が伸びきる。伊賀特製の暗示薬もたっぷりと嗅がされる。色気漂う妖艶な女性の力は10万の兵のごとしだ。
憲政は家臣たちの信用がない。
だから憲政が唐突に「俺は長尾家を仲間に引き込むぞ」と、言い始めても言葉の力が弱い。そこで、『そうだ。そうだ。その通り!』と評議の場を盛り上げてくれる家臣が何人か必要となる。
そのために、声は大きいが頭は弱い家臣たちにも、くの一お姉さんを送り込んでおいた。
暗示にかける対象者は少し多めにしておいた。
頭が悪すぎて暗示が効かない奴が多そうな気がしたからね。
暗示の受け入れ体制100%になった憲政……くの一お姉さんが耳元で静かに語りかける……
「我は関東の守り神じゃ。憲政よ、尊き上杉の血を引くお主に関東の地をすべて与えてやろう。これから我の申す通りにするのじゃ。越後に、長尾景虎という戦の天才がいる。天下無双の武将だ。お主の配下にしてこれほど頼りになるものはいないぞ」
「しかし残念なことに長尾家は兄の長尾晴景が家督を継いでいる。しかし家臣たちは軍才のある景虎を当主にと望んでいる。そこでじゃ。お主が越後守護の上杉定実と長尾晴景を説得し、景虎が長尾家を継げるように励むのじゃ!」
「景虎は恩義を忘れぬ武将じゃ。お主は景虎に、義のために関東に仇をなす北条家を打とうと言うのだ。必ず越後の全戦力を率いて戦いに参加せよと言うのだぞ。さすれば関東の地はすべてお主のものになるだろう。一世一代の仕事じゃ。励むのだぞ!」
毎晩繰り返すことで、暗示が確信に変わっていく……
声の大きい家臣も景気良く「そうだ。そうだ。その通り!」と、賛同するので気分も最高だ。他の家臣たちも、ダメな憲政がやる気になってくれたことで、『今こそ我ら家臣が働かねば!』と盛り上がってきた。
憲政は関東の地を我がものにし、優雅な暮らしをしている姿を、何度も思い浮かべる。思わず頬が緩む。ダメな主君のもと、盛り上がることのなかった家臣たちも熱狂していく。お互いの相乗効果で、愚鈍で決断の鈍い憲政がキビキビと行動を始める。
憲政は越後守護の上杉定実と長尾晴景に何度も使者を送る。使者も大張り切りで良い仕事をする。景虎を晴景の養子にするように、何度も熱心に説得を続ける。家中一丸となって積極的に行動した結果……景虎を長尾家の当主とすることに成功する……
景虎は義を重んじる人間だ。長尾家の当主になれたのは憲政のおかげと深く感謝する。大急ぎで供を連れ、大恩ある憲政のところに伺う。
家中に渦巻く熱気のお陰で威厳を纏った憲政は、下座に手をつき感謝を述べる景虎に、「義のために共に関東に仇をなす北条家を打倒しよう!」と熱く語りかける。
まるで別人のようである。
景虎は憲政に大きな恩義を感じているため二つ返事で了承する。
「越後の大名たちにも、越後周辺の大名たちにも、関東管領の命で『義のための戦いに協力すべし』と使者を送るつもりだ」
「それで後顧の憂いはなくなるであろう。此度の戦いには、越後の全兵力を率いて参戦して欲しい。この通りだ。頼むぞ!」と頭を下げる。
「頭をお上げ下さい! 必ずやご希望の通り、越後の全兵力を率いて参戦致します!」
「見事北条家を討ち取った暁には、報奨として上野の東半分を与えようではないか」
「ありがたき幸せ!」
憲政様に長尾の当主にしていただいたかと思えば、上野の東半分を頂けることになるとは何と言う僥倖よ!
景虎の頬が緩む。
このようなやり取りを終えて帰国した。
これで、秋の米の刈り取りが終わった後には、越後総動員の兵力1万5千を率いて、長尾軍が憲政の元に参戦するであろう。楽しみだ!
そうだ、上野と武蔵の北条家を嫌っておる大名たちに対しても、打倒北条家の呼びかけをしておこう。
上野と武蔵のアンチ北条家の大名たちはこの呼びかけに対して、手柄を立てて恩賞を得ようと大いに意気込む。上杉家を盟主に、長尾家とアンチ北条家を加えた大連合軍は、その数をどんどん増やしつつある。
一方、今川家と武田家は斎藤家だけでなく六角家にも声を掛ける。六角家は定頼の体調が悪く義賢が当主代行となっている。三蔵を憎む義賢は2つ返事で参戦を決めた。結局、六角家を含めた四ヶ国連合軍で北畠領に攻め込むことが決まった。
この四ヶ国連合軍は丁寧に戦後の分配まで話し合っている。六角家は豊かになった伊賀を、今川家と斎藤家は尾張を、武田家は尾張の銭と伊勢をもらうという具合だ。
房総の里見家はというと、北畠家に完膚なきまでに自慢の海賊衆を叩きのめされている。本来ならこの機会にやり返してやると意気込むところなのだが。北畠家の造船技術と航海技術がどうしてもほしいらしく、北畠家に熱烈ラブコール中なのだ。
結局、2つ返事で北畠家と北条家の同盟に参加した。同盟は結んだものの、今までの経緯もあり、北条家は里見家を完全には信用できないとして、風魔の忍びに里見家の動向を監視させている。
俺は信長に、ライフル銃3000丁と弾丸20万発、クロスボウ500個、榴弾2000発を届けさせている。今頃は織田家の家臣たちと常備兵の猛訓練が行われているだろう。
信長君には、『弾丸と榴弾はどんどん補給するから、尾張兵に死ぬほど訓練させておけ!』と命令しておいた。
さあ舞台は整った。信玄、景虎、義元、道三、義賢、憲政をまとめて始末してやる。
主上は、信長からの知らせを受けて悩んでいる。
北畠家が苦労して国を豊かにし、民も幸せに暮らしている南近江の一部と伊賀、伊勢、尾張。このままでは餓狼どもの餌食になってしまうのではないか。朕はこのまま見ているだけで良いのか?
「才蔵はおるか」
「はは〜」
「場合によっては、朕の命が危なくなるかも知れぬ。まだ死ねぬゆえ守ってくれ。頼んだぞ!」
「身命をかけてお守りいたします!」
「誰かおるか。朝議を行う。用意いたせ!」
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