信長君2
天文15年(1546年春)15歳
尾張が領土に加わったことで、千世とともに那古野城に常駐している。
斎藤家と今川家の侵攻に備えるためだ。尾張をまとめる過程で、守護とか守護代とか旧来のいらない抵抗勢力はすべて排除した。
尾張を統一したら、幕臣だと名乗る輩が何度も那古野城に来ている。
話を聞く気もないが「尾張守護を決めるのは幕府の権限だ。守護が決まりしだい尾張を明け渡せ。もしも尾張守護の位が欲しいのなら、幕府に早々に挨拶に来い」と、でも言うつもりなのは見え見えだ。
ハッキリ言ってウザい。幕府など何の機能も果たしていないくせに、厚かましいとは思わないのか? そこで玄武王を真似ることにした。幕臣だと名乗る輩が来たら「この狐憑きめ」と家臣に叫ばせるようにしている。
それでも帰らない場合には、幕臣だと名乗る輩の足元に弾丸を数発ブチ込むようにさせている。幕臣は来る度に「儂は狐憑きではない。いったい何度言ったら分かるのだ!」と、言いながら飛び跳ねて逃げ帰っているそうだ。
何回か同じこと繰返していると、さすがに諦めたのか幕臣と名乗る輩はやってこなくなった。
諦めるなら最初から来るな! 来なくなってスッキリした。ところで今の将軍は誰だっけ。興味がないから直ぐ忘れてしまうぞ。
幼少の頃は信秀オヤジの考え方が刷り込まれ、無意識に守護とか守護代の存在を大きく感じていた。信秀オヤジだけでなく織田家の多くの武将の一般的な思考だ。
幕府、将軍、管領、守護、守護代というものは頭を垂れて、命には無条件で従うものだと思っていたのだ。しかし玄武王と行動を共にしていると、幕府の権威などどうでもよいと思うようになってきた。人とは不思議なものだ。
存在価値のない幕府など無視し『熱田の港の拡張。尾張の農業、商業、流通の改革』と、今やるべきことに集中しなくては……本来ならどれも難しい大仕事なのだが、玄武王がお手本を残してくれているお陰で、それほどの大変さを感じていない。
既に玄武王が実践し、素晴らしい結果を出していてくるおかげで、家臣も領民も改革をやることは当たり前だと思ってくれていることが助かる。つまり協力してくれる者はいても、反対する者がいないのだ。
貞勝も文官たちも超優秀だしな。
北畠家は尾張を得たことで、その領土が一段と拡大した。これだけ領土が大きくなれば、気軽に攻めてくる大名などいないだろう。
しかし武田家や今川家、六角家、筒井家などは北畠領への侵攻を諦めてはいないようだ。
俺の失敗や家臣たちの離反を待ち望んでいる。嫌な奴らだ!
しかしそんな中で、三河と美濃は少し状況が違うようだ。
松平家は今川家から搾取されまくられている。さらに領内の一向宗の寺からも好き放題されて、経済的にもヨレヨレ状態だ。おまけに幼い当主は今川家の人質だ。松平家が単独で侵略に動くことは不可能だ。
美濃は、マムシこと斎藤道三が家臣から不人気のようだ。
今までどれだけ阿漕なことをやってきたのかと思う。それこそ隙あらば、マムシが下剋上されかねない状況だ。それに、一向宗の聖地もあるしね。斎藤家が単独で侵略に動くことはまずないという状況だ。
忍者調査隊の報告により、周辺国では今のところ具体的な戦の動きはない事が判明している。
問題といえば問題なのだが。玄武王がスカウトあるいは育ててきた武将達や文官達から「玄武王のいる蝦夷国に行きたい」と、懇願されている。彼らが玄武王を神のごとく敬っているのも理解している。
そりゃあね。俺だって玄武王のところに行きたいよ。色んなしがらみもなく、新しい国を作り上げる。その方が絶対楽しいに決まっている。しかし彼らに、今蝦夷に行かれては絶対困る。
困るとはいうものの、彼らの希望はある程度叶えることにしよう。文官衆については3年後に蝦夷に行かせるという約束で半数が残ってもらう事にする。3年あれば尾張の学校を卒業した文官衆が育つはずだ。
しかし文官衆の要である村井貞勝と軍師の山本勘助には、頼み込んで残ってもらっている。
となるとだ……必然的に尾張の武将たちと文官たちに頑張ってもらうしかなくなる。
しかしこいつらは本当に頼りない。尾張の国は温暖で米の取れ高も多い。港も発展していて商業も盛んだ。良いことばかりなのだ。
だから尾張の人間はのんびりしている。
考え方も甘い……
奴らは、死ぬ気で頑張るという気持ちが弱いのだ。今が戦国時代でないのなら、のんびりした良い人たちねで、問題などはないのだが……今は死ぬ気で頑張ってもらわないとダメな時代なのだよ。
餓狼大名たちに食い殺されてしまうのだ!
甲斐なんか、環境が尾張の真逆だから家臣たちは命懸けで働く。単純に槍と刀で武田と戦えば織田家は簡単に負けるだろう。
そんな織田家の奴らに死ぬ気で頑張ってもらうにはどうすれば良いか?
俺が家臣から常に畏怖されるだけでなく、常に成功を期待され続ける存在にならなければいけない。さらに奴らを死ぬ気で働かせるためには徹底的に競わせるしか方法がない。
このやり方は家臣も疲れると思うけど。俺はその3倍は疲れるぞ。失敗も弱みも見せられないからな。こんなのを数年もやったら、最初に病むのは俺だぞ。あるいは競争させて精神がおかしくなった家臣に、俺が殺されるかもしれないぞ。
嫌な未来しか見えない。
しかし今は仕事を回していかないといけないのだ。
まずは尾張衆を優秀、普通、ダメという具合に区分けをしよう。面談して細かく見極めているような暇はない。申し訳ないが優秀な奴には俸禄倍増と引き換えに死ぬほど働いてもらおう。
死ぬほど大変だけど、地位もお金もお望みしだいとするしかない。
競争と欲で引っ張っていこう。普通な奴はまだしも、ダメな奴を育てる暇はない。ダメな奴は俸禄を下げるし降格もする。こりゃ、家臣から怖がられるし嫌われるな!
玄武王のように家臣たちと和気あいあいと仕事をしたいな! いいとこまでやり遂げたら、代わりを探して「はい、後はよろしく」ということにしたい。
俺が何でこんなに日の本に興味ないかって……玄武王に聞いたのだよ。
常夏の島ハワイとかいう、景色が良くて1年中気候も穏やかな島があるとか。金がゴロゴロ転がっている、アメリカとかいう大陸があるとか。妻には言えないが、外国には髪の毛が金色で目がブルーの神様のように美しい女性がゴロゴロいるとかね。
何が悲しくて、こんな狭い日の本で神経擦り減らして生きていかないといけないのだよ!
とにかく目の前の仕事を終わらせよう。
玄武王良くやっていたな……
信長君からの近況報告と愚痴……が届けられている……
信長君、頑張っているみたいだね。
君はもともと頑張らないといけない運命なのだよ。
君に逃げられたら、俺がやらないといけないからね。
尾張在住のんびり武将さんたちの手綱は君に任せたよ!
俺もね、天下統一を短時間で済ませる方法を考えているよ。まだこの国を嫌にならないでね。忙しくてノイローゼになりそうな家臣にはリフレッシュ休暇を出してあげると良いと思うよ。
頭にきて高野山に送ったらダメだからね。そう云う時は深呼吸だよ。
ところで……
信長君からの知らせによると、武田家の圧政は相当酷いらしい。武田家の本拠地の甲斐は、山に囲われた盆地だ。平地が少なく水害もしょっちゅうだ。
信玄は親父を追放した後、豊かな土地を求めて信濃に攻め込んでいる。
武田の頭脳を、俺がスカウトしちゃったからな……
『貧しければ、豊かなところから奪えば良いのだ』は、戦国時代では常識なのだ。信玄君が特別おかしいのではない。それに若き当主の実績を部下に示す必要があるのも分かるよ。
ただね、侵略のターゲットになっている信濃側の民は大迷惑だ……
信濃では武田家に占領されると、隠しておいた僅かな食糧も奪われる。酷いものだよ。そのせいで餓死寸前の生活することになる。そんな生活しているのに、次の戦のために、もっと米を出せと脅される。当然のように到底払えない重い重税も課せられていく。
信濃に武田の領土が広がっても甲斐の民も豊かになっていない。甲斐で徴兵された農民兵は信濃で多くが戦死している。死者は戻ってこないから働き手が減る。働き手がいなくなれば、米の収穫量が減る。税は昨年度と同じ税が課される。
信濃や甲斐の領民たちの中には飢えて死ぬ者も出ているようだ。もう無茶苦茶だな……
信玄にしてみれば『領民が飢えているなら、他所から奪ってくれば良いのだよ。それこそが当主の仕事だ』と、満足だろうけど。より多くの民を、飢えさせているのは君だからね。
可哀想過ぎるので甲斐や信濃に忍者救出隊を派遣する。こういう時に救出の障害になるのは武田家お抱えの忍者さんだ。
武田家お抱えの忍者と甲賀の望月とは伝手があるらしい。その伝手を使って、お互いの代表数名が顔を突き合わせてじっくりと話をしたらしい。
「噂で聞いているよ……お前らの国には飢えた人がいないのだって。良いな……腹いっぱい飯が食えて……子供もタダで学校に行けるそうじゃないか」
「武田は……最低だぞ……。飢えて死んでく奴ばかり……俺たちだって飢えているし、腹ペコだよ。ホントな武田の忍者なんかアホらしくてやってらんねえ!」
「俺たちもお前らの仲間に入れてくんないかな……ホント頼むわ……マジで……」
武田忍者の悩みというか愚痴を、延々と聞されたようだ。
武田忍者は、甲賀が持参した伊勢の干物をつまみに、北畠家の焼酎を旨そうに飲み始める。愚痴ること、愚痴ること……もはや話し合いではなく飲み会になったそうだ。
望月出雲守や甲賀衆も、つい昔の事を思い出しながら「そう、そう、その通り……六角家なんてな……北畠では……全然違う……」と、いう話で盛り上がったそうだ。
飲み会の終わり頃になると。
「武田家なんてカスだ……俺らのとこに来いよ……俺らの国では忍者が下に見られることなんかない……飯も一杯食べられて最高だぜ!」
「行く、行く……本当に入れてもらえるのだな……飯も食えるな……ありがとう。マジ助かる……かあちゃんと子供も泣いて喜ぶ……この干物を食わして……」
それで呆気なく武田忍者の調略は完了したそうだ。
可哀想だから焼酎も干物も全部渡したら武田忍者が泣いていたそうだ。
信玄君、武田忍者ごっそりいただきましたよ。
飯食わさないで働いてくれる人なんかいる訳ないでしょ。あたりまえの事だよ。
常識を持とうよ。
その後、救出忍者隊による甲斐や信濃の民の救出活動は順調だ。しかも最初に逃げてきたのは……武田忍者の家族だったそうだ。
何百人単位で山間部を抜けて、信濃から尾張や伊勢に逃げ込んだ領民達は、もう千とかは軽く超えている。もちろん希望者には蝦夷国に移住してもらっている。信濃の民は寒さに強そうだからウエルカムだよ……どんどん来ていいよ。
領民が村ごとあるいは、複数の村ごと逃散する事例が続いていることを把握していたものの、信玄は信濃攻めに忙しいし、家臣は戦での手柄しか考えていなかった。
領民などいなくなれば、他国から攫ってくれば良いと考えたからね。
頭脳担当武将がいないから、しかたないか……脳筋だけの家臣ではダメなのよ。
おまけに、お抱えの忍者が寝返っていることにも誰も気づいていないしね。
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