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信長君1

天文15年(1546年春)15歳


信長君は主上から、従五位上北畠伊勢守をもらって、南近江の一部と伊賀と伊勢をうまくまとめている。他の人が作った組織をポンと渡されて、ギクシャクさせることなく上手く運営するのは並大抵の器量ではないと思う。


さすが英傑だよ。俺なんかの下にいることが不思議だからね。北畠家の家臣たちや北条氏康さんや長綱さんも、信長君の非凡さに気づいていると思う。


国の運営に周辺諸国への目配りと、無茶苦茶忙しい毎日のはずなのに、氏康さんの妹である千世ちよさんとの祝言もやったからね。北畠家と北条家の同盟も無事継続だよ。倒れないでよ。


それにしても、信長君と村井貞勝ペアの処理能力は高いな。


信長君を追い出した尾張の方はというと。一言でいうなら『落ち目! 見るべき点がまったくなし』だ。


織田信秀さんが、あっちに行ったり、こっちに行ったりしながら無駄ないくさを繰り返している。頑張ってはいると思うよ。しかし頑張り方がね……


大垣にちょっかい出したりしているもんね。大垣はいただけないな。今や一向宗の巣窟になりつつあるからね。もう少し考えてから動いた方が良いと思うよ……


頑張った成果は見られず。商人からいくさの費用を借金して、織田家の財政が大赤字になっただけ。しかも領地はまったく増えていない。


それでは、いくさに駆り出した武将たちへの恩賞も出せないはず。当然尾張守にもなれない。正式な官位ももらえてない。まさにナイナイ尽くしだ。


熱田や津島の商人が稼いだ金をどんどん無駄に食い潰すので『尾張の貧乏神』とか『尾張の借金王』いわれる始末だ。

大うつけでなくて良かったね。


一方、信秀さんに尾張から追い出された信長君の方はというと、親の信秀より比べ物にならないぐらいの大出世だ。


信長は、南近江の一部と伊賀と伊勢を領有する。しかも従五位上北畠伊勢守の官位も持つ。大国の北条家と同盟を結び、当主氏康の妹を正室にもらっている。河東のいくさでは、あの東海の覇者である今川義元を撃退。巷の評価は鰻登りだ。


まさにアルアル尽くしだ。良かれと思いやっちまった。信長廃嫡と追放が、全くの裏目になってしまっている。


しかも廃嫡した信長の替わりに、信秀さんが後継に指名したのが信行君……真面目で人柄が良い。人にも優しく家臣達の意見にもしっかりと耳を傾ける。


しかも親孝行なのだ。悪くないよね。現代の感覚なら最高に良い人なのだよ。花婿候補No1だよ……


でもね……今は戦国時代なのだよ……真面目で良い人じゃ全然ダメなのよ。そんな普通の人じゃ、家が潰れてしまうのよ。


弱肉強食の世界では普通でいい人なんてダメに決まっているでしょ……そんなの当たり前の常識だよね……信秀さんは解らなかったのかな?


真面目でいい人な信行君……うつけの信長と比べると、家臣や親族たちから光って見えていたと思うよ。ピカピカに光ってね。


しかし大うつけ君がいなくなってみると『なに……コイツ……本当に普通じゃん。マジ…… 頼りなくね……俺といくさしても勝てんじゃね。こいつで織田家は大丈夫?』と家臣達の陰口が始まる。


陰口は直ぐ本人に伝わる。真面目で良い人なだけに、悩んだ信行君はとうとう鬱を発症……体調も崩し寝込んでしまう。陰口ぐらいでヘナヘナしたら戦国時代は無理なのだよ……


信行がそんな状況になると信秀に対しても『信秀、お前はバカか? 信長廃嫡は大失敗だろ! 一体何やってくれたのよ……この貧乏神……お前が出ていきゃ良かったんじゃね』というような心無い声が大きくなる。


家臣だけでなく。最近は織田一族からも聞こえるようになる。


最近は信秀さんも『何でこうなった。失敗した! 大失敗! 俺はバカ!』と自分を責める毎日……めっきり落ち込んで老け込みが激しい。髪だけじゃない。歯も抜けそうらしい。


忍者調査隊から織田家の状況を聞いた信長君……

オヤジや信行も一族や家臣も、皆で何やっているのだ。俗人どもが! バカどもが! 畳を何度も叩く。


幼くして南近江の一部と伊賀と伊勢を領地にし、蝦夷国の建国まで成し遂げた玄武王の顔が浮かぶ。俺を本当に理解してくれたのは玄武王だけだ。


俗人どもでは話にもならない。これから織田家はどうするつもりなのだ。俺はお前らに追い出されたのだぞ。その俺から心配されるなんて最低だろ。


最近、織田家から色々な文が送られてくる。

信秀からの文を要約すれば『すまん信長。俺がバカでした。頼むから織田家を助けてくれ』というような内容だ。それを長々と書き綴っている。


情けなさすぎて、今まで貯め込んできた怒りの気持ちが馬鹿らしくなる。しかも、あろう事か俺を、大うつけと嫌っていた信行や土田御前からも、似たような文が送られてくる。


『織田家は一体どうなっているのだ! バカなのか! 情けない!』と、心の中で何度も呟く。


「オヤジに捨てられた時には、尾張の一族と家臣を全部まとめて成敗してやろうかと思っていた」


「それなのに、俺に可哀想とか思われて悔しくないのか! こんなことをしていたら、織田家は今川家や斎藤家に飲み込まれるぞ」と、思わず声が出てしまう。


横にいる千世が「貴方様。過去にいろいろあったと思います。もちろん簡単には許せないと思います。しかし怒るだけ怒って、気持ちが整理できたら織田家を助けてあげてはいかがですか?」と、優しく語りかけてくれる。


千世には今までの経緯や、俺の悔しさをすべて話している。畳を何度も叩き。

「情けなさ過ぎだ。オヤジも母も弟も! でも助けてやるよ! 尾張から織田の名前が消えてなくなるところは見たくない!」と、やっと言葉に出せた。


千世が俺の手をそっと握ってくれている。

俺は信秀に会見を受け入れると文を返す。


ここは長島城の評定の間。上座に座る俺の前に、信秀、信行、土田御前と、織田家のほとんどの家臣たちが頭を下げている。俺はもうとっくに怒りの感情はなくなっている。


心はすっかり冷静だ。あれから辛抱強く千世が俺の愚痴や怒りを聞いてくれたからな。


「全員がのこのこと俺のところに来てしまって。その間に尾張が攻められたらどうするつもりなのだ!」と、穏やかな言葉が出てくる。

俺はすでに尾張を、こいつらを助けてやろうという気持ちに傾いている。


戦国時代に、可哀想だから助けるなどという言葉はないのだがな! 殺すか殺されるかなんだよ。俺はお人好しになったのかな?


俺の斜め前に座っている勘助が「皆さまがお揃いのようですが。本日の用向きをお伺いしたい」と切り出す。


信秀が意を決し切り出す。

「尾張の所領も家臣も一切合切を、北畠信長殿にお譲り致します。どうか織田を助けて欲しい」


それに合わせて織田の家臣全員が頭を下げる。


俺を捨てた時も軽かったが、織田家の所領を軽く差し出すのか?


「北畠家では『家臣に土地の領有をさせず、役職と仕事に見合った俸禄を銭で払う仕組み』を導入している」


「個別の領地をそれぞれの領主の裁量で経営させるよりも、国全体で方針を決めて銭と人材を集中投下し、産品を作り出したり、産品を運ぶための道や倉庫を建設したり河川改修などをする方が国を豊かにできるからだ」


「結果は今の北畠家を見れば一目瞭然だ。たぶん日の本で最も裕福な大名だ。国が豊かになれば家臣の禄も増える。効率良く国内に銭を回していくには、当然ながら優秀な文官が多数必要となる。先代はそれを見越して学校までも作り、優秀な文官を自らが育て上げてきたのだ」


俺は少し間をおいた。説明を理解してもらうためだ。


俺はとかく説明が短くなる癖があるが、玄武王のマネをするようにしている。長く解り易く説明し、説明と説明の間に相手が考える間を入れる。これはなかなか効果的だと判ってきた。


「分かるか? 先代の考え方の秀逸さが。個々の領主が少ないお金で狭い領地を経営してもどうにもならないことは自明であろう。国のお金を集中投下し、売れる産品を開発する。産品を運ぶための街道や港を整える。販売も国が自ら経営する商店にさせる」


「こうすることで米の石高が100であっても、実際の石高を300にも400にもできるのだ。だから国が豊かになる。民も豊かになる。幸せになった民は命がけで国を守ろうとする。だから強い兵を持つことが出来るのだ」


『我々とはまったく考え方が違う』と、頭を下げている織田家の全員が思う。


「皆に少し考える時間を与える。良く考えよ。考えた上で、臣従するかしないのか改めて決めてくれ。俺はどちらでも良い」


集まった家臣や一族全てが考え始める。


北畠に臣従することが自分にとって得か損かを考えているはずだ。しかし考えの行き着くところは一つだった。

『こんな国と戦って勝てる訳ない』である。

それが織田家全員で出した結論である。


信秀が家臣を見回し「良いな。皆の者」誰も否と答えるものはいない。

「我ら心より信長様に従います。尾張の地も豊かにしていただけるようお願いします」

全員が頭を下げる。


勘助も北畠の家臣も全員が誇らしげである。

俺は改めて玄武王の慧眼に感服する。


かくして尾張南部は北畠家の版図となる。

その後の行動は早い。1年とかからず尾張は全て北畠家が統一してしまう。


さすが信長君。英傑は違うね。






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