漂流者
天文15年(1546年冬)14歳
渡島半島の海岸線を警戒しながら、国境警備している船が戻ってきた。警備の責任者より「渡島半島の海岸近くに、ボロボロの漂流船が2つに割れて浮かんでいました。船の中で倒れていた外国人らしき2人がいたので連れて参りました」と報告を受ける。
2人は板に乗せて城に連れて来られたが、凍傷で今にも死にそうな状態だ。暖かい部屋に2人を運び込んでもらい、俺は手をかざして治療を始める。2人とも気がついたようだが弱々しい。
まずはお風呂で体を十分温めてもらうことにする。その後の着替えだが2人とも女性なので妻たちに着替えを手伝うよう頼んでおく。
入浴後の着替えも済み、2人とも暖かいハーブティを飲んで落ち着いている。2人がどこの国の人かと考えてみる。西洋人なのは間違いないな。
2人とも白人系の美人だ。外国人との挨拶言葉ぐらいは、前世の記録で覚えている。「ハロー……」はい、ダメね。「ボンジュール……」少しだけ反応あり。
妻たちは神童の俺なら『外国の言葉が喋れても不思議じゃない』と期待して目を輝かしている。期待されているところ申し訳ありません。何を喋っているのか全く解りません。相手の女の子もがっかりしたみたい。
済みません。
千代女に「時間がかかっても良いので、少しでも会話ができるようになってくれ」と彼女たちのことを丸投げした。またまた丸投げでゴメン。
後で千代女に聞いたのだが、忍者は方言が特殊な地方にも潜入することがあるので、早く言葉を覚えられるような練習するのだそうだ。ホントかな?
できるなら凄いけどね。
相手の表情と使う言葉を素早く覚えて、何を言っているのか予想していくのかな? まあいいや甲賀忍者がすごいのは解った。
俺は考えてみたら伝説の忍びの嫡男だが何もできないダメ忍者でした。
「千代女だけでなく皆も協力してくれ」と、妻たち全員に丸投げしておいた。女同士でなんとか彼女たちと意思疎通できるようになって欲しい。
連れてこられた時の服装は、高そうな服だったから、多分彼女たちは身分が高い人なのかもしれないな。
渡島半島の海岸には、時々こういう漂流者がいるかもしれない。でも俺みたいに、治癒スキルを持っている人がいない限り、ほとんどの人がそのまま凍死だろうな。
そういえば、南蛮や明と交易したいなら、相手の言葉が話せないとダメだ。忍者をフィリピンと明に派遣しておくか。フィリピンと明で外国語を覚えてきてもらいたい。
あいつらなら、きっと言葉を覚えて帰ってくれるだろう。アイヌ居残り忍者はアイヌの言葉をほぼマスターしていたからね。
信長に文を書いて忍者を海外に派遣させられないか検討してもらおう。
漂流者を助けて、1月ぐらい経った頃、千代女が片言のフランス語を喋れるようになったと言ってきた。良くやったと頭を撫でる。何か頭撫でるぐらいしかできなくてごめんなさい。
名前は、身分が高そうな方の女性がサラ、もう1人がルーシーというらしい。サラはフランス国の王族一族の娘らしい。後継争いに巻き込まれ、兵に守られながら大陸を西へ西へと逃げたそうだ。
追っ手に見つかり捕まりそうになったため。商人に大金を払い、数人の兵と侍女だけで、ポルトガルの港から大型船に乗ってマカオまでやってきたそうだ。兵たちは航海の途中で病死したそうだ。
壊血病なのかな。その後マカオで休養しているうちに、仲良くなった商人が日の本の堺という街に行くと聞いて、気晴らしになると思い商船に乗せてもらったそうだ。
しかし、日の本が遠くに見えるところまで来たところで、流れの早い海流にどんどん北に流されて、悪天候も重なり渡島半島の海岸で船が座礁してしまったらしい。
千代女さん本当に凄いよ。よくこの短時間でここまで詳しく意思疎通ができたな。もう1人の女性は侍女兼護衛らしい。
俺は千代女に「2人にいつまででも、のんびりと過ごしてもらって構わないと伝えてくれ」と伝えてもらった。千代女によると、2人とも日の本の言葉を覚えるのが、すごく早いそうだ。
そうだ、サラたちに交易を担当してもらおうかな。ポルトガル語も多少喋れるようだし。王族一族なら頭もいいだろうしね。彼女たちが交易を担当してくれれば、かなり将来だが南蛮商人たちが蝦夷に来た時に、通訳として活躍してもらえるかもしれない。
サラ達も何もしないで、ここに滞在するよりも、何か役割があった方が気も楽だろう。
サラたちに聞いてもらったら「命を助けてもらったお礼がしたいので、交易担当の役目をぜひやらせていただきたい」ということだった。彼女たちが蝦夷に漂流してきたのも、神様の意図が含まれているかも知れないが言わないでおこう。
俺は妻たちに、フランスの貴族であるサラに貴族の礼儀作法を習っておいてほしいと思う。今は関係ないが、将来何かの役に立つかもしれない。
後で言っておこう。
オヤジたちが来て「蝦夷は平和すぎてつまらない」と、言ってきた。「平和な国を作っているのだからあたりまえだ」と、説明したが。オヤジたちの1人は交代でここにいるが、2人は伊賀や伊勢に行きたいそうだ。
勝手にしてくれと思うが「伊賀と伊勢はこれから危険になる、信長を助けてやってくれ」と、お願しておいた。