主上との会談
天文14年(1545年初夏)14歳
蝦夷から持ってきた石炭だが大島に倉庫を作ってもらい、その中に保管してもらっている。いずれ蝦夷で蒸気船を作る予定なので、大島は蒸気船の石炭補給基地にと考えている。
帰りの船の中で、海軍の連中に蒸気機関というものを理解してもらうために、前世で購入したことがある教材用の蒸気機関モデルを、至高の匠スキルで3個作成しておいた。
この教材は、卓上サイズながら水蒸気を作るためのボイラーと火を炊く窯がついている。蒸気の圧力で駆動するピストンの直動運動を、スライダークランク機構でフライホイールの回転運動に変換する動きが体験できる。
1個は海軍に渡し。もう1つは伊勢の海軍学校に置いてもらう。最後の1つは俺のコレクションとして持っておく予定だ。
続いて、前世でプラモデルを作成したことのある黒船サスケハナ号1/150モデルを3隻作成した。これも1個は海軍に渡し。もう1つは伊勢の海軍学校に置いてもらう。最後の1つは俺のコレクションとして持っておく予定だ。
この2つのモデルを使って、海軍の連中が蒸気機関を理解し、予め蒸気船というものに慣れてくれることを期待しているのだが。上手くいくだろうか……
日本丸とともに、俺は松坂に戻ってきた。
大急ぎで山科のおっさんに連絡を取る。主上にお会いできないか、おっさんに調整してもらっているところだ。基本このおっさんは、お金さえ出せば何でもやってくれる。
お金はかかるが、便利といえば便利なおっさんだ。
主上とお会いして、蝦夷国と普光女王の話をしなければならない。
話の流れによっては、やばい展開になるかもしれないので、特殊部隊200人で俺を護衛してもらう。主上が蝦夷国を認めてくれれば良いのだが。やばい雰囲気になった時は伊賀まで全力で逃げる。
その後は……考えたくないな……
非常に危険な状況になることだけは間違いない。
普光女王降嫁の件について内々に話をするということで、山科のおっさんにセッティングしてもらっていたのだが、やっと主上のOKが出たらしい。渡り廊下の途中で主上が偶然、俺の独り言を呟くみたいな設定にするらしい。
なんだろうね? 面倒だな。
とにかく俺は主上とサシで話すことができそうだ。
御所に入れてもらうと、案内の人が指定の場所に案内してくれる。
俺は渡り廊下の軒下で待機だ。その場所で主上が来られるのをひたすら待つ。この場所は静かだな、微かに風が吹く音しか聞こえない。
やがて遠くから足音が聞こえてくる。だんだんとこちらに近づいてきた。丹田に力を込め気合を入れる。
大事な話だ。下手を打てば、北畠家VSオール日の本の大名になる可能性がある。
「三蔵。直接会うのは初めてだな。長島の土地を献上してくれた事。頼もしく思うぞ。普光のことを末永く頼むぞ」
「本日はお会いできる機会を頂きまして、祝着至極にございます。ところで主上に少しお話がございます。軒下にて勝手に呟きますので。お聞き届けいただけますでしょうか」
「婿になる男じゃ。良いぞ。普通に話せ」
「私は豊穣神と申す神様より加護をいただいております。その加護のお陰を持ちまして、10歳にして伊賀と南伊勢の2カ国を領することができ、従五位上北畠伊勢守もいただくことができました」
「巷では神童などとも言われております。私は豊穣神様の加護をいただく代わりに『この世から戦をなくし、日の本の民を幸せにする』という約束をいたしました。私は何としても、神との約束を果たさなければなりません。しかし全国の大名を臣従させるには30年程度を要するでしょう」
「その後に待つのは寺社や幕府などの旧来の権威との戦いとなりましょう。これには20年程度を要すると思います。つまり最低でも50年間の長きに渡り、日の本の民は苦しみ続けることになります」
「私自身もそこまで生きてはいないでしょう。そう考えると『この世から戦をなくし、日の本の民を幸せにする』という神との約束を果たすことが出来ないかも知れません」
「もし仮に蝦夷地に『民が幸せに暮らせる別国家を作り上げる』ことができるのであれば、50年に渡る戦いの途中であっても、日の本にて苦しむ民を移住させることが可能となります」
俺は、主上が何と返答されるのか待つ。
……沈黙が続く……
長い……緊張するぞ……
いろいろぼやかして説明したからな。真意を考えておられるのだろう。
もしもこの話に激怒されれば、即刻この場から立ち去り、特殊部隊とともに全速で伊勢に逃げ帰ろう。
その後は朝敵となる伊賀と伊勢を守るための戦を始めなければならないだろうな。
地獄の戦いだな……
……主上が語り始める……
「民を安らかにすることは本来、朕がやらねばならぬ事である。その方には苦労をかける。蝦夷地に別国家を建国する件だが。ある条件を満たせば認めようではないか」
「ある条件とはいかがなものでしょうか」
「1つは普光が降嫁することでその方と朕が縁を結ぶこと。そうすれば、この朝廷が治めし日の本の国と蝦夷国は兄弟国家となるであろう。いま1つは其方が豊穣神様の加護を受けているという証拠を朕に見せて欲しい。この2つじゃ」
「1つ目の条件はありがたくお受けいたします。2つ目の条件に対しては豊穣神様の加護により与えられた、病人を治癒する力をお見せすることができます」
「方仁が麻疹で苦しんでおる。お主は治せるか?」
「治せると思います」
「ではここでしばらく待て」
……シーン……
しばらくして、方仁親王が輿に載せられて俺の前に運ばれてくる。
「始めてよろしいでしょうか? 立ち上がらせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。始めてくれ。」
俺は方仁親王に手をかざす。いつものように俺の手から光が発せられる。その光が当たると親王の表情がどんどん和らいで行く。
光が消えた時、親王が輿から起き上がり「体の痛みや怠さがまったくなくなった。とても気持ちが良い。光に包まれている間は春の陽を浴びているような気持ちの良さであった。その方に礼を申すぞ」と仰せになる。
「方仁は部屋で休むが良い。伊勢守よ。方仁の親として礼を申す。この通りじゃ。2つ目の条件は確かに確認した。真に神の加護を受けておるのだな。すばらしきことよ。神の加護を受けし者が王となるのは自然の成り行きであろう」
「三蔵。この後はどうするのじゃ?」
「どこかで蝦夷国のことを公にせねばなりませんが、公になれば良からぬ行動を起こす者がいるかもしれません。ただし起こる可能性は低いかと思います」
「良からぬ行動とは何じゃ?」
「大名なのか寺社なのか判りませんが、力ある者がその支配する領地にて、自らを王と宣言するかもしれません」
「蝦夷国が先例となる可能性があるというのじゃな」
「その通りで御座います」
「古の昔に朝廷が力でこの国をまとめた。それから長い年月が経ち、武士や寺社が力を持ち朝廷は力を失った。大名達の無秩序な権力争いにより幕府すらも力を失ってしまう。戦国の世にあっては、民は苦しむのみじゃ。英傑が現れ天下を統一し、良き世を作ろうとしても、立ち塞がるのは旧来の権威や利権であろうな」
ここで主上はしばらく沈黙される……自分の考えをまとめておられるのだろう。
「蝦夷国は我が日の本と兄弟国家であるとはいえ『日の本の旧来の権威や利権』に配慮する必要はないな。日の本を良き国に作り直すには、そのような存在がうまく機能することもあろうな。意外に面白い考えかもしれぬ」
「御慧眼でございます。その場合、色々な思惑を持って動き始める者もいると思います。蝦夷国を認めた主上に危険が迫る可能性もあるのではと愚考いたします」
「この国を良き方向に導くのが朕の仕事じゃ。命を無くそうとも本望である」
「恐れ多いことでございます。私は蝦夷国を公にした際には玄武王と名乗ろうと思います」
「北の国故に玄武か良い名じゃ。普光女王降嫁をこの秋に行い。その後に蝦夷国のことを公にすれば良いぞ」
「蝦夷国のことを公にする前に、私は官位を返上し北畠家も離れる必要があります。その場合、北畠家は信長を養子に迎えて後継とします」
「信長を従五位上北畠伊勢守にすれば良いのだな」
「北畠家信長が主上を必ずお守りいたします。京の御所が危なき時は、蝦夷国に宮殿を建てておりますので、そちらにご避難下されば宜しいかと…」
「才蔵はおるか」俺は才蔵を呼んだ。
「ここにおります」姿も気配も消しているので、どこにいるのか理解らないが、微かに声が聞こえる。
「蝦夷国の件が主上の御身に危険を招くかもしれません。そうなったとしても、この才蔵と配下50名の忍びが、主上と普光女王を必ずお守りいたします。才蔵と声をかけていただければ、どこからか現れるはずです」
「そうか判った。頼もしいな。才蔵。頼むぞ…」
「命にかえまして」才蔵の声が微かに震えている。
「ところで、普光には和算を習わせておるぞ。お主の嫁は計算が得意とか。変わっておるな。」
「数学を身につけると、物事を大局的に判断することが出来るようになります。私はそのような妻たちと共に国作りをしたいのです」
「その方は面白いの。普光にも伝えておこう」
主上との会談は無事に終わった。
俺は特殊部隊と共に大急ぎで伊勢に戻る。
才蔵の話をオヤジたちに伝える。
「才蔵でなく、儂らではダメなのか?」と3人が煩い。
「主上が才蔵の名前を覚えてしまわれたからには変更は出来ない」というと、諦めたみたいだ。しかし3人で「才蔵。良かったな。羨ましいぞ」とか言いながら、未練たらたらで飲み始める。
気持ちは分かるけどね。
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