甲賀2
天文11年(1542年夏)11歳
甲賀の寄合は定期的に行われている。
今日がその日だ。
今回は望月出雲守の屋敷で行われている。
甲賀の上忍が集まり『伊賀との関係をどうするか? 六角家との関係をどうするか?』について話し合っているところだ。
集まった上忍達も、今回の寄合で最終的な結論を出さないといけないと感じている。
参加者の顔は険しい。
『現状維持なら六角家との関係は今まで通り、しかし甲賀の民は納得しない。伊賀につけば甲賀の民は納得する。しかし六角家に甲賀が攻め込まれる可能性がある。』といったところか。
話し合いの冒頭で望月出雲守が意見を述べる。
「里の民の気持ちはどうなのか、集まってもらった上忍衆は薄々気づいておろう。それを踏まえて『伊賀との関係をどうするか? 六角家との関係をどうするか?』について、そろそろ結論を下さねばならないと思う」
「つまりは伊賀に付くのか付かないのかだ。モタモタしていると、甲賀の民は自分たちの判断で伊賀に逃げ出し始めるぞ。しかも大量にな。そうなれば甲賀の里から民がいなくなるぞ」
「お主たちの里でも、里を抜けるものが後を絶たないのではないのか? 恥ずかしながら、我が里でもそういった事は起こっている。皆の決断を聞きたい」
出雲守は既に多くの上忍たちと下打ち合わせを行い、根回しも済ませている。後は寄合で採決を取れば甲賀の意見がまとまるはずなのだ。
「なにを言っておるのだ。おまえたちは大恩ある六角家を裏切るつもりなのか? 出雲守よ、気でも狂れたか?」と三雲賢持が激高する。
「賢持殿! お主の里の忍びはどうなのだ。それに六角家の恩とは何のことだ。恩があるのはお主だけではないのか!」
「下忍の気持ちなど考える必要はなかろう。おかしなマネをすれば切って捨てれば良いのだ。我が里では逃げ出そうとした家族を見せしめに始末してやったぞ」
「皆もそうすれば良いではないか。下忍などの気持ちなどどうでも良いのだ。今まで通り六角家の威光に従っておれば良いのだ」
「甲賀の里から人がいなくなるのだぞ。その時の里の姿を想像してみろ。里の民があっての我々なのだ。理解っておるのか?」
「碌に米も取れない甲賀の土地で、配下の忍びもいなくなれば我ら上忍は何をして生きていくつもりだ?」
周りの上忍達が賛同の声を上げ始める。
三雲賢持だけが激高している。
「忍びとは『主の意のままに動き、命懸けで命を果たす』こと、『主の命を果たすために忍びの技を磨く』ことが使命であろう。今まで長きに渡り、そうしてきたのではないか?」
「これからも今まで通りにしておけば良いではないか? 我らは忍びの技を、どう磨くかだけを考えておれば良いのだ。上忍衆よ、どうしてしまったのだ?」
「賢持殿! 伊賀の現状を見て、なにも思わないのか。伊賀の民の幸せそうな顔を見ろ。伊賀は自らが努力し、力を蓄えて民の幸せを手に入れたのだ」
「それを甲賀が出来ぬはずがないであろう。望月家は甲賀の民を幸せにするために命を賭けたいのだ。皆はどうだ?」
周りの上忍達が覚悟を決めたかのごとく賛同の意を示し始める。
「え〜い、黙れ! なにが民の幸せだ! その様なものは必要ない。このことは六角家に伝えるぞ。それで良いのだな! 六角軍が甲賀に攻めて来ても儂は知らんぞ。六角家は弱くないぞ」と、三雲賢持は興奮して席を立つ。
出雲守は残った上忍達に「伊賀に臣従するということに異存はござらんか」と確認する。
上忍たちから口々に「出雲守殿に賛同いたす」という声が聞こえてくる。
「伊賀からの使者は必ずもう一度来る。その時には望月家が代表して臣従の話をまとめるがそれで良いか? もちろん六角家から甲賀を守ることは必ず約束してもらう。望月家は臣従の証として我が娘を差し出すつもりじゃ」
これで甲賀の意見はまとまった。
望月出雲守は屋敷に戻り、妻と娘の千代女を呼んで話を始める。
「千代女すまぬ。甲賀は伊賀に、いや北畠家に臣従することとなった。臣従の証としてそなたには北畠三蔵殿の側室に入ってもらいたい」
「いや側室ではないかも知れぬ。百道家と望月家であれば家格で言えば同じようなものだが。北畠家と望月家になれば雲泥の差がある。ひょっとすると妾になるかもしれぬ。父として本当に申し訳ない、この通りだ」
出雲守は娘に頭を下げる。下げ続ける。
「父上。頭をお上げ下さい。千代女は喜んで妾となります。今まで私なりに三蔵殿の行いを見てまいりました。『戦をなくし民を幸せにする』と立派な目的を掲げ、自らの力で伊賀を豊かに変えました。そして伊賀の民は幸せになりました」
「神童と呼ばれていても、幼い彼がそれを実現していく道のりは簡単ではなかったと思います。そのような誠に素晴らしき殿に嫁ぎ、妻として夫を支えることができること、女と生まれてきた者にとって最高の幸せでございましょう。むしろ望んで北畠家に嫁ぎます」
「よく言ってくれた。では話を進めさせてもらうぞ。千代女、感謝致す。」
今宵は3人で昔話などして、ゆっくりと過ごそうではないか。
1ヶ月が過ぎ、俺は甲賀に2度目の使者を送る。
使者を迎えた望月出雲守は北畠家に臣従を申し入れる。
使者が得意顔で帰って来る。
「殿! 甲賀53家の中で三雲家以外は、北畠家に臣従することを約束しました。まとめ役は望月家となります。六角家から甲賀を守ることは必ず約して欲しいとのことです。また臣従の証に望月千代女を差し出すそうです」
「よく取りまとめてくれたな。ご苦労であったな。臣従に関する細かな決め事は、村井貞勝に進めてもらう。貞勝頼んだぞ! 北畠家は甲賀を何があろうと守る! そして甲賀を必ず豊かにする! そのように望月に伝えて欲しい」
「まずは食い物だ、麦と蕎麦を作付けできるよう支援せよ。その次は焼酎作りだ。また側室が増えたな。千代女には側室で迎え入れると伝えてくれ」
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