内政5
天文11年(1542年春)11歳
俺は桔梗や桜と寛ぎタイムだ。
お茶を飲みながら、まだ幼い彼女たちと静かな時間を過ごしている。
オヤジたちに無理やり婚約させられた時、彼女たちは赤ん坊だったな。
大きくなったな。可愛くもなった。
俺の妻ではあるのだが。気分的には彼女たちのお父さん気分だな。夫婦という実感はまだ湧かない。実質年齢差からすれば、それが正常な感覚だと思う。俺は見た目が子供なだけで、中身はオジサンだしね。
伊賀で学校運営を手探りで進めていた頃を思い出した。
当然彼女たちは幼い。しかし当主の婚約者が、学校に通う子供たちに、読み書き計算で遅れをとるのは恥だと考えたのだろう。すごく熱心に勉強する彼女たちの姿が微笑ましくて、ご褒美に自作のおもちゃを持参して遊んであげたな……
一緒に遊びながら。現代人の俺としては彼女たちの教育レベルを、もっと引き上げておきたいと思った。まあなんとなくだよ……難しいようなら止めとくレベルだけどね。
俺は時間を見つけては、前世の中学生レベルぐらいの数学を教え始める。彼女たちが嫌にならないように、遊びの一環として教えた。彼女たちの数学的素養をレベルアップしておけば、物事をより深く思考できるようになるのではないかと思ったのだ。
これは偶然なのだが、彼女たちの遊び相手をしている時、当時の俺は伊賀のいろんな問題で頭が一杯状態。伊賀の問題点とその対策を、いつもブツブツと自問自答していた。
ある日、俺のことを心配した彼女たちが、一緒に伊賀の問題に対する解決方法を考えてくれるようになった。
彼女たちは、最初こそ稚拙なアドバイスしかできなかったのだが、俺のブツブツが何回も繰返されるうちに、意外と立派なアドバイスが帰ってくるようになってきた。
そういう時は俺もうれしいからニコニコ! 俺がニコニコすると彼女たちもニコニコだ!またブツブツ開始……この繰り返しだ。
不思議なものですね。子供の能力は無限だと思う。
今、部屋でくつろいでいるこの時でも、俺のブツブツは続いている。
もう無意識なので、危ないおじさんならぬ。危ない子供……いつものように俺のブツブツに対して、彼女たちが的確なアドバイスをしていく。
アドバイスを受けて「だったら、あーなるな」、「そうなると、こーなるな」みたいな会話が繰り返される。1つ終わるとまたブツブツを開始……
でもね。俺達夫婦はリラックスしながらゲーム感覚でやっている。まあ遊びの一つだね。これが夫婦のくつろぎタイムだ。変な夫婦になってきていますね……
結果、彼女たちの内政能力は、そのまま文官デビューさせても問題なしレベルに成長した。
これで良いのか、どうかは判らない。しかし俺にとって領国運営上の問題点を、気軽な感じでシミュレーションできることは凄くありがたい。
これを誰とでもとはいかないしね。
結果、色々な問題点の整理ができるし、整理して肩の荷が降りると気持ちが楽になるのだ。
まさに忙しい俺のリラックスタイムになっている。彼女たちもリラックスタイムと思ってくれているとありがたい。子供のころから遊びでやっているから大丈夫だろう。
とにかく今の俺には、そういう存在と時間が必要なのだ。勘助とこれをやるのは何か違う気がするしね。
リラックスタイムの終了間際、彼女たちにお願いした。
「将と兵の名簿を作って欲しい。名簿には家族と子供の名前、住んでいる場所も記載。名簿が出来上がったら怪我や戦死した家臣や兵の家族への補償も担当してもらいたい」
「立派な考えだと思います。是非2人でその仕事をやらせて下さい。」と、言ってくれた。ありがたいな。
「女が家の表向きの事に口を出すのは嫌です」と、言われたらどうしようかと思っていたので安心だ。忍者は男も女も共働きの家庭が多いからかな?
俺は現代人の感覚なので、女性に仕事をしてもらうことに抵抗はないが、この時代の人間はどう思うのだろうか。
今後学校の教育により優秀な女性が増えてくるのは判っているのだ。その女性たちにも、内政の仕事に関わってもらいたいと思っている。
しかしこういった事は、家臣たちの反応を見ながら慎重に進めていこう。
これから始まる評定に出席しないといけないので、三蔵が忙しそうに部屋から出て行く。
桔梗と桜が2人で話し始める……
「名簿の話だけど、殿は本当に色々な事に気が付くわね。名簿の件は流石だと思うわ。妻である私たちが、それを行えば、殿に向けられる家臣や兵の忠誠心は跳ね上がるわね。一体どこからそんな事を考えつくのかしら。」と、桔梗が桜に話しかける。
「そもそも私たちが殿と婚約した時、殿は伊賀の小領主である百道家の嫡男に過ぎなかった。しかも幼子! それが伊賀守になったかと思えば、今では伊勢も含めて2カ国の国主! 官位も貰って従五位上北畠伊勢守!」
「これは尋常な事ではないわよ! 殿はまだ11歳! しかもここまでの事を、全て自分の力で成し遂げて来られている。そんな神童様の妻が私で良いのかしら? 私は殿に申し訳なく思う」と、話す桜、それを聞いて桔梗も頷く。
「『戦をなくし民を幸せにする』ことを目的とされている殿は、この戦国の世に在って稀有な人。神様の加護を頂いていても不思議ではないわ」
「殿が目的とする事を進めようとすれば。この先、数えきれない敵が現れると思う。殿がいなければ、私たちは貧しい伊賀で苦しいだけの人生を送っていたはずだわ。殿を支えましょう。命に変えても! これが私たちの宿命だわ!」と、2人は決意も新たに大きく頷く。
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