北畠家の使者3
天文8年(1539年秋)8歳
北畠家の評定の間の天井裏には、伊賀の忍びが張り付いている。
北畠家には武術の練度が高いため。自身の気配を消してはいるが、気を許せば見つかってしまう。危険な仕事だが、伊賀の存亡がかかっているのだ……気合が入る!
忍びは評定の様子を、一言一句聞き漏らさないよう注視している。
評定の間の下座に、伊賀から戻ってきた使者たちが座らされている。
3人が額を床に擦り付けたままだ。いつもは威張っているくせに、虫のように床に張り付いている。
当主の北畠晴具と嫡男の北畠具教が上座に座り、両脇には重臣たちと主だった家臣達が座る。
使者は当主と嫡男からいきなり怒られる。
「忍びごときが詐称する伊賀守相手に何を手間取っておるのだ? 伊賀守とか名乗る小僧の首に縄をつけて、ここに引っ張って来られなかったのは何故じゃ? たかが下賤な忍びの小僧ではないか!」と、具教が3人を前にいきり立っている。
晴具が自信満々に話し出す。
「まあ良い。来年の田植えが終われば、伊賀に攻め込むぞ。銭を溜め込んでいるという噂じゃ。戦にかかる費用は商人に借りておけ。担保は伊賀の銭じゃと言っておけば良い。そうじゃ、長野家や関家にも声をかけておけ。おこぼれに預かりたいなら参戦せよとな」
「今回の戦に何か意見のあるものはいるか?」と、晴具が家臣たちに問うている。
……沈黙……
家臣どもめ、評定をしておるのに誰も意見を言おうともせんわ。これまでも、すべて儂が決めてきたからかな。じゃが。当主と家臣とはこのようなものであろう。昔からそうであったからの!
「何も意見がなければ、戦の割り振りを始める」
「殿! 拙者に先陣を! 命を賭けて敵の首を取ってまいります」
家臣たちが、ここだと言わんばかりに喚いているな。
命を賭けてとは勇ましいのう。ありがたくはある……
しかし策を具申する者は誰もおらぬ。策が失敗した時が怖いのであろう。
儂が決めれば自分たちの落ち度にはならんからな。
この風景も昔から同じじゃのう。しかし自分の頭で考えない家臣ばかりになってはおらぬか。
いや、考えても意味がない。今まで通りに同じことをやっていけば良いのだ。
……評定が終わったようだな! 早く伊賀に戻って報告せねば……
俺は、北畠家の評定の状況を見張らせておいた忍びから報告を受けている。
「危険な仕事ご苦労であった」
俺は手元の銭を褒美に渡す。
そして「命懸けの仕事! 本当によくやってくれた」と、再度労った。
戦の割り振りは、家柄や声の大きな家臣から順番に、手柄を立て易いポジションが割り振られたということだ。
頭の切れる家臣はいないようだな。
頭の切れる家臣がいるなら、我軍の弱点は、ほぼ全員が初陣だということが見抜かれているだろう。
俺なら竹束を持たせた槍兵に、老練な波状攻撃を掛けさせる。陣形をあえて変化させて、相手の陣形の乱れを誘う。初陣特有の乱れがでればそこを突き崩す。
つまり鼻面をもって引き回し、疲れたところでとどめを刺す。
そんなところか。
忍びの報告を受けて、頭の切れる家臣がいないことが分かる。仮にいたとしても、上意下達方式が徹底しており、自らの考えを具申する家臣はいないだろう。
北畠家は武将の武術の練度を上げることで、従来の槍と刀での戦において優位に立ってきたと思う。そうすることで長い間に渡り戦を制してきたのだろう。
上手くいった成功体験は簡単には捨てられない。今回も同じやり方を踏襲するはずだ。
しかしこの方法は銃を主力とした軍に対しては意味がない。遠距離攻撃だからだ。
頭の切れる家臣がいれば、いろいろと奇策を立ててくると思うが、評定の様子を聞く限り大丈夫そうだ。
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