とある行商の独り言
天文7年(1538年冬) 7歳
この伊賀を通り抜けて、近江まで下れば京まではあと少し……
京の店に帰れるのは良いのだが、問題は仕入れた古着が結構売れ残っちまっていることだ。
それにしても伊賀は変わってきたな! 空き地という空き地が畑に変わっている。
少し前に通った時には、食うや食わずのヘロヘロの村人が、道端に座り込んでいるような所だった。
その当時の俺は、こんな村と関わりになりたくないと小走りで村を通り抜けたという思い出がある。
それがどうだ! 道端に座り込んでいるような奴は一人もいない! 道端で楽しそうに話をしている村人の顔色も凄く良いぞ! 笑顔の村人だらけだ。
村人が手招きしている。今までの伊賀の印象が強く残っているから、思わず追い剥ぎをするつもりかと身構える。表情も固くなる。しかし村人は笑顔だ。
「小綺麗な古着は持ってないか?」と、きたものだ。
いや、まだ安心できないぞ! そもそもこいつら、銭を持っているのだろうな?
「古着は程度にもよるが、一着10文から20文だ!」
「それなら4着ぐらいほしいから見せてくれないか?」
『ん〜、これで古着を見せた途端に泥棒に変身しないかな? 食うや食わずの、貧乏伊賀の村が買い物なんかできる訳ないだろ!』とか思いながら、恐る恐る「銭はありますので?」と、聞いてみる。
「心配するな、銭ならあるぞ。商品を早く見せてくれ」
俺は道端にゴザを敷いて、古着を見せることにした。
「これと、これと、これと、これ、それぞれいくらだい」
「10文と、10文と、15文と、15文になります」
『なんとか商売になりそうだな。そうだ村人なんかろくに計算できないから。いつものように儲けを増やさせてもらうか!』と、ニヤリとしながら「100文になります」と、答える。
村人は隣の子供に「計算合っているか?」と聞く。
「4着で50文のはずだよ!」と、子供が自慢げに話す。
『なんでこんな子供が計算できるのだ!』
ギクッとしながら「ごめんなさい〜、計算間違えたわ! すまん、ホントにすまん!」と誤魔化した。なんだ? なんだ! どうなったのだ、伊賀!
「俺の子は出来が良いので、学校に通っているのだ」
「学校とはなんでしょう?」
「伊賀の神童様が作ってくれたのよ。そこでは読み書きと計算を教えてくれるのだ。しかもタダだぞ。それでもって、出来が良ければ、神童様が文官とやらに雇ってくれるそうだ!」
『そんな馬鹿な!』と思いながら、代金を受け取りそそくさと立ち去る。
狐につままれた気持ちで街道を歩いて行く。
他の村でも呼び止められる。同じように古着が欲しいとなった。さっきの話が本当なのか試してみた。村人が連れている子供に代金がいくらになるか聞いてみる。
正解だ!
『それにしても、村人なんかに、しかも子供なんかに、読み書きと計算を教えて何になるのだ? しかもタダとはどういうことだ? 神童様の考えることは分からねえ。しかし良い土産話だな、これは!』
この後も、通る村々で古着の手持ちがなくなるまで商売をすることができた。
『いったいどうなった伊賀の国! 飯が食えるし、学校もあるってよ!』の話は、他の行商人からの話も加わり、金持ちになった伊賀という噂が京の街だけでなく周辺国を駆け巡ることになる。
一番流して欲しくなかった噂だ。金持ちというキーワードは絶対ダメ! 危険を呼び込む危険な噂なのだよ!
まあ仕方ないか。
だんだんと隠しようがなくなってきているからね!
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