メキシコシティ防衛戦1
藤林隊が走る。
西側の湖上通路がメキシコシティに接続する地点の400m手前で、正保が止まれの合図を出す。敵の軍勢は湖上通路をゆっくりと街に向けて移動してくるのだ。
……藤林正保……
「ここで敵を迎え撃つ! 家の中から家具を運び出せ。敵の矢を防ぐためにここに並べるのだ」
敵の矢から身を守る障害物が、あっという間にできあがる。敵兵は湖上通路から街に入って来る。既に弓を構えているものもいる。槍を投げようとしている者もいる。周辺国から来た先住民兵のようだ。
メキシコシティに空き巣狙いでやって来たのか!
敵が何か大声で叫んでいる。何を言っているのか分かるはずがない。『そこを退かないと殺すぞ』と言っている気がする。明らかに我らの人数が少ない我らを、一撃で葬れると思っているようだ。
敵は自信満々に、早足で近づいてくる。
「200m手前まで敵が近づいたら、まず4人がグレネード弾を撃ち込め。その後は様子見だ。それで逃げ帰るなら放っておけばいい」
敵がゆっくり前進してくる。グレネード弾が4発爆発すると、びっくりしたのか急いで逃げ帰っていく。空き巣狙い来ただけだ。覚悟を決めて攻め込んできた訳ではないようだ。
……百道三太夫……
「総督府に登った隊員からは、敵発見の連絡はないか?」
「ありません」
「引き続き見張らせてくれ」
「了解しました」
……俺……
「奴隷にされているアステカの民を見つけてくれ。アカプルコと同じのはずだ。奴隷小屋が作られ、そこに押し込められているはずだ」
百道隊が手分けして、奴隷小屋らしきものを探して回る。
「見つけました」
俺も奴隷小屋に移動する。
特殊部隊が奴隷小屋の扉を開けると、狭い小屋に大勢の人間が鎖で繋がれている。俺は、通訳ペンダントを使って話しかける。
「我らは日本からやって来た。イスパニアをこの国から追い出し、奴隷にされたアステカの民を解放するためだ!」
その言葉を聞いて、奴隷にされているアステカ人たちが感激して泣いている。
「イスパニア人は、メキシコシティから逃げ出した。今から鎖を外すから指示に従ってくれ。鎖を外してもらった者は、別の奴隷小屋の場所を教えてほしい」
他にも奴隷小屋が10棟もあった。救出したアステカの民は800人になりそうだ。
「アカプルコから、アステカ兵3500人がこちらに向かっている。彼らが到着するまでは、どこか同じ区画で休んでいてほしい。代表のものはいるか? どこで休むことにしたか、後で報告に来てほしい」
代表の者がアステカの民を引率し、同じ区画の建物に皆を割り振っていく。
空き巣狙いはもう来ないようなので、俺はオヤジたちと一緒に、街の防衛の要所を巡っている。人払いをしておいて、総督府が中央部に入る様に、1辺が500mの正方形の外壁を至高の匠スキルで作る。
入口は鋼製の門を取り付ける。外壁の高さは7m、壁上部には幅3mの通路を作り、通路の外周部は通路より1.0m高くした。ここを要塞本部と名付ける。
湖に設けられた3本の道からメキシコシティに入る3ヶ所の入口に、1辺が100mの正方形の外壁を設ける。壁の仕様は同じだ。湖の道を通って街に入ろうとする敵を、正方形の外壁に設けた鋼製の門で阻むことができる。これを支援要塞と名付ける。
難攻不落の城郭都市が完成したのである。
エルナン・コルテスが、テノチティトラン攻略でやったように、周りの国を全て味方につけ、兵糧攻めを仕掛けられたとしても、食料も生産できるし水を断たれることもない。いくらでも長期間の籠城に耐えられるはずなのだ。
もちろん、周りの国が全て敵になるようなヘマはしないけどね。一応、総督府横に巨大食料庫も作っておいた。
……5日が経過……
先発アステカ兵500人とともに、クアウテモック2世がメキシコシティにやって来る。残り3000人も順々にやってくるだろう。
「テノチティトランともメキシコシティとも違う街になっていますね。特に街の入口が厳重に防御されていました。中央部の要塞の壁もすごいです。こんな壁があればテノチティトランは、陥落しなかったかもしれませんね」とクアウテモック2世。
クアウテモック2世と、後ろに整列したアステカ兵500人が、いきなり地面に手を付いて、俺にひれ伏している。
「豊穣神様は素晴らしいです。我らは豊穣神様を唯一の神として信仰します」とクアウテモック2世。
いや……俺は豊穣神ではないのだが……
「クアウテモック2世! この国の民を幸せにするのはそなたの仕事だ。豊穣神様にお願いするだけで良い国は作れない。分かっているな?」
「分かっております。全てを神にお任せし、楽をしようなどと思ってはおりません。ご安心ください。本日より、この国の名前を『日本』と変えます。これは我らの総意です」
「分かった。日本国大執政官として、この国にいる日本の民を幸せにすることを約束する」
「ありがとうございます」
総督府の初代総督はクアウテモック2世だ。メキシコシティの名前は即刻廃止し、首都の名前は豊穣神の名前から『ホウジョウシティ』とする。
「まず食料の確保だ。街に置き去りになっている食料を、そこにある食料庫に運んでほしい。それと、この街で奴隷にされていた者たちがいる。彼らにも手伝ってもらってくれ」
「大聖堂に豊穣神様を飾っても良いが。前にも言ったように生贄は絶対に禁止だ。そんなことをしたら豊穣神様の加護はなくなる。天罰も降るからな。それとアステカ兵は、明日から昌祐の指示に従って猛訓練開始だ」
クアウテモック2世と、後ろに整列したアステカ兵500人が、俺に対して再び地面に手を付いて平伏す。
「クアウテモック2世は、総督府で我らとともに作戦会議に参加してくれ」
総督府の会議室に集まったのは、俺の他には、百道三太夫、服部保長、藤林正保、工藤祐長、クアウテモック2世だ。
「これから急いで2つのことを行わないといけない。1つ目はアステカ帝国に属していた国に使者を送り、イスパニアを倒した日本国に服従するか、敵対するかの選択を迫ることだ。2つ目はベラクルス港を占領し、イスパニアの船が港に近づけないようにすることだ」
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