ハワイ1
天文21年(1552年冬)21歳
ハワイまでは6400kmぐらいだ。整備上の問題がなければウェーク島には寄らないつもりだ。なるべく石炭を消費しないように、凪の時以外は極力帆走をするように指示している。この調子でハワイ到着まで25日くらいかな。
この時代の長い船旅においては、船員が壊血病で死んでしまうという問題があった。原因が分からないため、壊血病は謎の病気とされていたのだ。対策を光秀に相談したら、ビタミンCの錠剤を多量に作ってくれた。薬を作るスキルは本当に助かる。
この時代では、ビタミンCの存在そのものが知られていない。そのため、船員ごとに場当たり的な対応策が取られていた。当然、たまたま上手くいくこともある。
「ビタミンCを含む柑橘類が壊血病治療に有効だ」とか言っても、ヨーロッパ人は信用しないだろう。人それぞれに信じる対応策が違うからだ。長期の航海で、サラとルーシーはどうしていたのか聞いてみると、2人が果物好きだったこともあり、寄港地で果物をたくさん食べたり、買い込んだ柑橘類を船の中で食べたりしていたそうだ。運が良かったと言える。
ビタミンCのことは黙っておく。体調万全のヨーロッパの連合艦隊と海戦をするなんて絶対に嫌だ!
それにしても、航行する船で働く海兵は大変だ。目的地まで無休で船を動かさないといけない。乗船している者には、海兵とすれ違った時に感謝の意を伝えるように指示しておいた。俺たちの命は海兵が握っているのだよ。
風に当たろうとデッキに出てみた。ふと横を見ると、オヤジたちがデッキで楽しそうに酒を飲んでいる。昔、これと同じような光景があったな。キャラック船で蝦夷に向かう時だったかな……
オヤジたちが俺を呼んでいる。
「三蔵、俺たちはおまえに感謝しているのだ。おまえが生まれてこなければ、伊賀の者は、何処とも知れぬ土地で、誇りもない、意味もない、ただ屍をさらすだけの人生だったのだ」
「それが、こんな誇りある。意味がある人生を送らせてもらっている。そして飢えることもない! だから! おまえが作った日本という国を守るため! おまえを守るため! 日本の全ての忍びたちが、喜んで命を差し出す覚悟をしているのだ。それだけは忘れないでくれ!」
「ありがとうございます。守るべき価値がある国を作ることを誓います!」
「気負わなくていい。我らの気持ちを伝えたかっただけだ。ところで、新イスパニア領では、また、また、おまえの嫁が増えるかもしれないな! 楽しみでしかたないぞ」
「三蔵、おまえも付き合え! どこまでも続く大海原を見ながら、潮風を浴びながら飲む酒は最高だ。ところで……おまえ……どこまで、いつまで、戦を続けるつもりだ!」
「ポルトガルやイスパニアの国力を下げ、奴らに日本の力を認めさせるまでです。その後は外交で平和な世を保ちます。外交力とは、国が持つ軍事力、財力、生産力、情報力が基になります。情報力とは忍者の力なのです。敵国の内情を調べ、敵国や自国の情報を操作する力です。つまり忍者の仕事は、この先も、ずっと、ずっと必要なのです」
「明人の忍びを作るという話はそういうことなのだな。戦国大名たちも、忍び自身も、忍びの価値と力を理解できていなかったということだな! しかし、そこに気付くとは! まさに神童だな」
「もう童ではありませんぞ。子もいますよ」
「童を取ると神になるぞ! それもいいか! それにしても今の話を聞かせてやれば、日本の全ての忍びが一層奮起すること間違いなしだぞ」
「父上! もう忍びではありません。諜報本部の役人ですからね」
「おお……そうだったな。忍びも偉くなったものだな」
「とにかく頑張れ。難しいことはおまえが考えればいい。我らはどこまでも応援する。我らには良い夢を見させてくれればそれでいい!」
「頑張ります。応援ください」
「ところで、ハワイという島はどんなところだ?」
「冬が寒くありません。かといって夏が暑過ぎたりもしません。とにかく温暖で過ごしやすい島です。海辺で果物とか食べながら、波の音を聞きながら寝っ転がっていれば、ハワイから離れたくなくなるでしょう。そんなのんびりした場所なのです」
「それは楽しみだな。引退したら、その島で過ごすのも良さそうだな。それはそうと、どうして福が船に乗っているのだ?」
「本人の希望です。福は父上にも止められないでしょ!」
「そうだな、あいつは無理だ。福の奴が大人しく嫁をやっているのか不思議でしかたがないぞ! 祝言の時など、何か変なことを言い出さないか、楓と共にドキドキしっぱなしだったぞ」
「光秀を師匠と思っているからですよ。夫婦というより師匠と弟子ですね。福は本気で医者を目指すみたいです。光秀は世界で1番の医者なのです」
「豊穣神様の加護を受けている医者ならそうだろうな。これまた面白い奴が増えたものだな」
「海に囲まれた日本に籠っていれば別ですが、世界にはとんでもない疫病がいっぱいあるのです。明やヨーロッパでは、危険な疫病が定期的に大流行しています。その度に数十万規模の人が死んでいるのです」
「確かに、海外に出ていくということは、そういう病気と付き合っていくことになるのだな」
「光秀とともに、福にも頑張ってもらいますよ。福は世界で1番の女の医者になるでしょう」
「何だか面白そうだな。その姿を見ないわけにはいかないな」
「まだやることが残っているので、これで失礼します」
「そうか、たまにはこうやって飲みながら話をするのも良いな」
「是非、またお願いします」
久しぶりにオヤジたちと話ができたな。今回の遠征で、オヤジたちも特殊部隊も、誰も死んでほしくはない。日本と世界がどう変わるのか、最後まで見届けてほしい。
順調な船旅が続いている。特殊部隊の隊員や陸兵たちは、体が鈍るのを防ぐためにデッキで訓練を繰り返している。
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