明国との交渉2
「澳門の割譲を求めます」
「交渉決裂ですな。話になりませんな! お帰りください!」
周喬の野郎! また沈黙しやがった……
帰るかよ! 明が断ってくるのは想定内だ!
言継殿とも打ち合わせ済みだ。
「期限付きの割譲ではいかがですか? 200年ではいかがしょう?」
「20年くらいのものでしょう!」
沈黙するなよ!
「……100年! これ以上伸ばすのは無理です」
「分かりました。契約を書面でいただけますか。ただし100年に縮めたのです。澳門で、明との産品の取引は認めてもらいたい」
「……了承した」
「ところで、明はポルトガルだけではなく倭寇にも困っておられると聞きましたが……」
「倭寇は、日本の海賊だと聞いていますぞ!」
今度はこっちが沈黙してやる……
「……そういえば、明人の海賊でしたな……ところで倭寇の王直とは、どういうお知り合いなのでしょうか?」
周喬が隆景の目の動きを覗き込んでいる。
「王直は日本の平戸という港に、勝手に別荘を作っておるようです。まったく、けしからん奴です。王直と日本とは全く関係ありません。もしも明国がお望みなら、倭寇の1つや2つなら、すぐに片付けます……もちろん条件付きですが……」
沈黙するな!
「どのような条件でしょうか?」
「確か、王直には衢山島の実質支配を認められているとか。であればその島を100年間だけ日本に割譲いただけませんか? それであれば、明の方は腹も痛まないのではないですか?」
「ん……2ヶ所となるとね」
「明は、オイラトとも揉めているそうではないですか?」
「よくご存知ですな……」
「衢山島の割譲を認めていただいて、そこでの交易を認めていただけるのであれば、すぐにまた押し寄せてくるに違いないポルトガル艦隊を、日本が追い払ってもいいですよ。もちろん条件付きですが……」
「日本で明の沿岸部を警備してくれるというなら、明にとって損はないですね。それに日本と明は付き合いも長いですからね」
「では契約を書面でいただけますか」
「分かりました」
「周喬殿とは今後とも、仲良くお付き合い願いたいが、いかがでしょうか?」
「そうですな」
その時、若い役人が部屋に飛び込んで来る。
「周喬様! 大変です! 奥様が酷い発作です!」
周喬の表情が変わる。今までの話など、最早どうでも良い雰囲気になっていくのが感じられる。かといってこの状況で「契約のことは忘れないでください」と念を押すというのも憚られる。
「奥様の病気は、瘴気という病気でしょうか?」と言継。
「なぜそれを?」
「王直が街の噂で聞いたと言っておりました」
「とにかく急いでいるので、話はここまでにしたい」
「我らは、瘴気の薬を持っておりますぞ。一緒に付いて行きましょうか?」
「なんと! ありがたい。お願いします」
「言継殿! 薬が効かなければ話が流れてしまいますぞ!」
「いやこのまま放っておいても、奥方が亡くなりでもしたら、さっきまでの話は流れてしまうでしょう。他の担当者が引き継ぐにしても、時間が掛かりますぞ」
「そこまで言われるならそうしましょう。とにかく周喬殿の自宅に急ぎましょう」
数分もしないうちに、周喬の自宅に到着する。奥方の発作は治まったらしいが、衰弱が激しい。もう一度の発作には耐えられないような状態だ。母親が死んでしまうのではないかと、子供たちが母親の周りに心配そうに佇んでいる。
「周喬殿、我らを信じるのであれば、この薬を綺麗な水とともに飲ませてください。ただし絶対に治るということは保証できませんので、そこはご承知ください」と言継。
「既にいろいろな薬を試してダメだったのだ。今更この薬が効かなくても、使者殿を恨んだりはしません。それは約束します」
周喬が、もらった薬を奥方に飲ませる。奥方は、落ち着いたのか眠ったようだ。今後の薬の飲み方を言継が説明している。さすがに薬屋をやっていただけはある。
「明日の朝まで、様子を見てください」
「薬の提供を感謝する。さっそく部下に契約書を作らせるので、明日の朝、自宅に訪ねてきてほしい」
隆景と言継の一行は宿に戻り、翌朝の訪問に備えることにした。宿に戻ったが、万が一のこともある。この街から逃げ出す算段を、特殊部隊と打ち合わせしておく。
翌朝、周喬の自宅を訪問する。
屋敷の中から周喬が、勢い良く飛び出して来る。薬が効かなかったのかと、一同が周りを見ながら身構える。
「ありがとうございます。妻の状態が良くなってきました。あの薬はすごいです。日本で作られたのですか?」
「南方に向かう我らに、大執政官様が持たせてくれたのです」
「この薬を明国に分けてはいただけないでしょうか?」
「まずは、ポルトガルの件が片付いてからで宜しいでしょうか」
「先走りましたな。確かに澳門は一触即発状態でしたな。契約書はこちらです。さっそくポルトガル艦隊を追い出していただくようお願いします」
隆景と言継の一行は、王直の案内で蝦夷丸に向け、急いで馬車を移動させている。交渉が成立したことで、皆の心は明るいのだ。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
励みになりますので
ぜひブックマークや評価などをお願いします。




