ヤジロウ
豊穣神様に与えられたスキルのお陰で、日本はヨーロッパの国々に対して武器の優位性がある。しかし、日本が少しくらいチートになったからといっても、ヨーロッパの国々全てを相手に戦うのだ。大いに心配なのだ。
既に国力でも大きく差をつけられている。それに加えて、ヨーロッパは科学技術の積み上げがすごいのだ。有名どころの学者さんだと、古くはギリシャのピタゴラスとか、アルキメデス。15世紀だと、レオナルド・ダ・ヴィンチとか、グーテンベルクとか、コペルニクスとか、すごい人のオンパレードなのだよ。
こんな人たちが本気になれば、ヨーロッパの科学技術レベルは、すぐにでも跳ね上がるだろう。とんでも兵器とかが出てくる可能性もある。心配だ! 天才には勝てるはずがないからね。
そう考えると、日本もこれから優秀な学者をいっぱい養成しないとダメだ。何もしなければジリ貧だ。そうなるとやっぱり教育か! それと日本の子供の中にも、天才級の頭脳を持つ子供もいるはずだ。そういう人材を発掘して最高の教育を提供しよう。蝦夷州に研究学園都市が出来上がりつつあるから、そこで英才教育を受けてもらおう。
教育レベルの底上げと、日本の科学技術を導いてくれる人材の養成、この両立てが必要だ。日本からレオナルド・ダ・ヴィンチとか出てきてほしいものだ。
ところで、政庁でのいつもの作戦会議の後、いつもの4人に隆景を加えてヤジロウと話をした。これまでどうしてきたのか? これからどうしたいのか? 東南アジアはどうなっているのか? 倭寇の交易はどうなのか? 聞きたいことがいっぱいある。
ヤジロウは鹿児島の武士だったそうだ。鹿児島を出奔して海外に逃げたということだ。なんらかの事情があるのだろう。しかし何でもありの戦国時代だ。事情などどうでもいい。彼の経験が役に立つかどうかだ。
海外に逃亡し、彼が倭寇に加わることが可能だったということは、倭寇にも少なからず日本人がいるのかもしれないな。戦国時代に明に売られた者もいるだろうし、戦に負けて、日本にいられなくなった武将もいるのかもしれない。
ヤジロウは倭寇の一員として、東南アジアを中心とした交易船の乗組員をしていたそうだ。このまま、交易船の乗組員としては生きていける。しかし、所詮は倭寇の海賊なのだ。マラッカの街を歩きながら、これから何を目標に生きていくべきなのか、大いに悩んでいたそうだ。
その時に出会ったのがザビエルなのだ。宣教師として、悩めるヤジロウの相談に乗ったという訳ではないだろう! 別の思惑があったと思う。腕が立って、通訳ができて、日本にも倭寇にも伝手がある。最高の人材ゲットだぜ〜! やった〜! そう思ったに違いない。
ヤジロウはザビエルから、日本に行きたいと頼まれたそうだ。さっそく船長に許可をもらい、ザビエルたちを倭寇の交易船に乗せたという。その後、交易船はいろんな港を経由しながら、嵐に会うこともなく鹿児島の坊津港に無事到着したそうだ。
坊津港に到着する前までは、船の補給が終われば再び倭寇の船に乗って外国に出て行くつもりだったらしい。しかし懐かしい鹿児島の風景を見ていると、日本に未練が湧いてきたそうだ。だが鹿児島に留まるためには、自分の正体を隠す必要がある。何か良い方法はないかと考え、宣教師の一員に紛れ込むことにしたのだそうだ。
ザビエルは、さぞかし喜んだことだろう!
しかし、ここまで聞いた感じだと『ヤジロウはキリスト教の信者なのかな?』という疑問が湧いてきた。そこで、ヤジロウにキリスト教の信者なのかを確認してみたのだ。そしたら、興味はあるが信者という訳でもないという返事だった。
きっとこの後、ザビエルと布教活動をともにすることで、史実のような熱心な信者になっていったのだろうと思う。それならば、俺がゲットしてしまおうと思ったのだよ。
ザビエルなんかに渡してなるものか! ヤジロウの、通訳能力、外国の商慣習についての知識、外国商人との人脈、そういうのは日本がこれから世界に出ていくにあたり、どうしてもほしい能力と知識なのだ! 最高の人材ゲットだ! しかも、ポルトガル、明、イスラムの商人とも、ある程度会話ができるらしい。本当に最高!
ザビエルには渡さん!
ヤジロウに、ヨーロッパの国がやってきたこと、これから日本は世界に出ていくこと、そしてそれが将来の日本を救うことになること……いろいろ説明というか……口説き落としたのだよ。
懸命にリクルートしたけど、やっぱりザビエルに取られるのか心配だった。話を聞き終わった途端、ヤジロウの方から手伝わせてほしいとお願いされたのだ。良かった〜! 自分の生きてきた意味を、見出すことができたのだそうだ。
やった……ザビエルに勝った!
……毛利隆景……
王直が率いる海賊衆が、平戸の港でキャラック船の操船訓練を行っている。その訓練を毛利隆景が見つめている。その横にはヤジロウ立っている。
始めて隆景と話をした際、ヤジロウは隆景の器量に惚れ込んだ。自分が仕えるのに申し分ない人物だと思ったのだ。
「隆景様、私はポルトガル人の船や、武器を一通り見てきました。日本の船はポルトガルのキャラック船と比べてもまったく見劣りしませんね。銃についても、王直殿に渡された散弾銃というのは、ポルトガルが使っている火縄銃より格段に優れていると思います」
「ヤジロウ! 王直に貸している船と武器は、日本の海軍が使っているものと比べれば、数段性能が落ちるものなのだ。王直が裏切れば、瞬時に奴らは始末されるのだ」
「その優れた船と武器を、是非見てみたいです」
「大執政官様とお会いして、お主はどう感じた?」
「どう感じたと言われても……」
「船も武器も、大執政官様が子供の頃にお考えになって作らせたものだ。これからやろうとする海外遠征も全てあのお方の考えなのだ。この世界の動きの先の先まで見えておられる。すごい人なのだぞ」
「そういえば……そうですね。大執政官様とお話をさせていただいた時、私のことを既に知っておられる気がしました。何とも不思議なお方ですね」
「それに、明の沿岸の島に拠点を作っていく戦略はとても理にかなっています。しかも、海軍力にものを言わせて占領するのではなく、王直を上手く使ってじわじわと浸透していく作戦なのですね。明とは敵対しないので、日本と明との交易には影響がない。上手く考えておられます」
「その大仕事を、私が任されたのだ。ヤジロウ、私を助けてほしい」
「もちろんです。こんな面白い仕事に出会えるなんて最高です。国を捨てて東南アジアで燻っていた時には、何のために自分は生きているのか悩んでいました」
「しかし、その経験が大いに役立つのだ。頼むぞ!」
「うれしいです。自分の経験が何かの役に立つなんて、思いもしませんでした。このまま異国で朽ち果てていくのかと暗い気持ちでいましたから」
「大執政官様が作られた蝦夷丸だが、風がなくとも進むことができるのだぞ」
「風がなくて動くということは、多くの漕ぎ手がひたすら漕ぐということですか?」
「いや、水の力で動くらしい。私も原理は分からない。その船が100隻あるのだ。搭載している武器も、ポルトガルの大砲などとは比較にならない。私はそれで万の兵が殺されていくのを見た。恐ろしい光景であったぞ」
「大執政官様……あの方は怖いぞ。絶対に逆らおうとは思うなよ。私からの忠告だ」
「分かりました。心に留めておきます」
「王直も、蝦夷丸や武器を見ておる。裏切れば直ぐに殲滅されてしまう武器しか渡されておらぬことを十分に分かっておるだろう」
「それに衢山島だが、寧波にも上海にも近いから確かに交易に便利な島だ。支配下におく価値も高いだろう。しかしよく考えてみろ。小さな島だ。周りを蝦夷丸で囲まれて砲撃されれば逃げ場はないのだぞ」
「島中が直ぐに穴だらけになる。そういう島を選んでおられるのだ。王直もそのうち気付くだろう。倭寇退治には、あのお方も来られると思う。それは、王直に逆らえばどうなるのかを示すためでもあるのだぞ」
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