明智光秀1
別室に入ると、藤林保正が連れてきてくれた明智光秀が深く頭を下げている。
「面を上げよ。遠路はるばるご苦労であった。京の都では医師をやっているそうだな」
光秀が顔を上げる。
「その通りでございます」
苦労してきた顔をしているな。とにかく同じ転生仲間だ。戦に巻き込まれて死なないで良かった。
「ところで、痘瘡のような疫病についてはどうだ」
「まだ都では患者は出ておりません」
「保正、この者は刃物の類は持ってないのであろう?」
刃物と言われて光秀が緊張しているのが分かる。
「もちろん、確認いたしております」
「鉛筆を持っておるか?」
保正が紙と鉛筆を差し出す。それを見た光秀の表情が動く。
そのために、鉛筆を出してもらったのだよ。これで転生者で間違いないということだな。
「保正! この者と2人で話がしたい。しばしの間、部屋の外で待機してくれないか」
「大執政官様! 刃物は確認していますが、大丈夫なのですか?」
「何かあれば声を上げる。その時は、すぐに部屋に飛び込んできてくれ。しかし私にも多少の心得はあるぞ。子供の頃、一緒に体術を学んだではないか」
「そうでしたな。分かりました。しかし十分にお気を付けください!」
保正が部屋から出ていく。
俺は『転生』と鉛筆で紙に小さな字を書く。それを見て、光秀が小さく頷く。続けて、絶対に秘密……と紙に書く。光秀が大きく頷く。光秀の表情が明るくなる。希望を見つけたという表情をしている。
「そうか、さぞかし苦労しただろうな」
先程まで紙に書いた文字を、鉛筆で塗り潰す。光秀の目から涙が流れ落ちる。
『昭和、平成、令和』と鉛筆で紙に小さな字で書く。光秀が、平成のところを指で指し示す。
「痘瘡のワクチンは作れるだろうか」
「痘瘡ワクチン株と、設備があればなんとかなります」
「分かった。今後の生活については心配無用だ。あなたのために病院と希望する設備を用意しよう」
「保正、部屋に戻って来てくれ」
保正が部屋に戻って来る。
「この者を医薬大臣とする。確認したところ、私と同じ豊穣神様の加護を受けた者のようだ」
「そうでしたか。豊穣神様の加護を受けた者が2人になるのですね」
保正が手を合わせている。
「光秀殿のために、大きな診療所を建ててくれ。それと医薬を担当している内政官を光秀殿に引き合わせてほしい。光秀殿、その内政官と診療所の場所、建物の形状、必要な人材について話してくれないか。診療所の近くに光秀殿の屋敷も必要だな。ところで光秀殿には家族はおられるか?」
「未だ独り身です」
「保正、独り身だそうなので身の回りの世話をしてくれる者も必要だな。それと支度金を渡してほしい。光秀殿もずっと独り身という訳にはいかないから、落ち着いたら嫁の世話もしないといけないな」
「そうだ! 屋敷ができるまで、私の屋敷に泊まれば良い」
「大執政官様! さすがにそれはダメです。最近、尾張にできた立派な宿があります。そこにお泊りいただきます」
「そうか、それではそうしてくれ。光秀殿、そなたの診療所ができたらまた会おうではないか」
「はい、楽しみにしております」
「ところで会議はまだ続いておるか?」
「先ほど終わりましたが、また明日集まるそうです」
天文20年(1551年春)20歳
光秀のために大急ぎで作らせていた病院が、出来上がったという知らせが入る。さっそく保正とともに病院を見に行くことにする。
建設にあたっては、前世の病院を意識した作りにしてほしいと光秀に伝えておいたが、どのような建物になっているか興味があるな。
外見は特に変哲もない建物だな。建物の中に入ると、まさに前世の病院だ。病室を覗くと、足の長い木製のベッドが用意されている。患者はベッドに横になるスタイルになっている。その方が診察も治療もずっと楽だと思う。
診察室も前世の病院みたいになっているようだ。医師見習いや看護婦見習いを大急ぎで募集している段階のようだ、まだ患者を受け入れる状況ではない。本格的な開業はスタッフが集まってからになるだろう。
保正と光秀は随分と親しくなったみたいだ。その御蔭で、護衛責任者である保正から、俺と光秀の2人だけで話すことを了承してもらう。ちなみに、もう1人の護衛である冨田勢源は、兵の銃剣術の指南役を頼んでいる。そちらの方も見学に行きたいのだが、なかなか時間がとれない。
診察室には俺と光秀の2人だけだ。やっと落ち着いて話ができそうだ。
「独身ということだったが、京に会いたい人や、取りに戻りたい物はありますか?」
「何もありません」
「そうですか……こんな時代に飛ばされて、さぞかし苦労されたでしょう! これまで、いかがされてきたのか教えてください」
「是非聞いてほしいです。戦国の世に生まれたと分かった時には、本当にびっくりしました」
「そうでしょうね。まずは生活環境にびっくりしますね」
「おお〜、そうです。そうです。同じです」
「夏の虫の多さ、冬の隙間風、屋外の気温と変わらない室内温度、風呂が……たくさんあり過ぎですね」
「こんな話ができる日が来るとは……夢にも思いませんでした。ありがたいです。本当にうれしいです。ありがとうございます」
既に、光秀は涙ぐんでいる。
「明智家の長男として生まれましたので、幼いときから本当に厳しく躾けられました。剣術の稽古では、何度も死ぬかと思いました。しかし、戦国時代なのだからしかたないと思い、自分なりに頑張りました。幸い小大名の家に生まれたので、飢えるということはありませんでした」
「やがて元服し、戦に出陣することになります。戦に出ていく前に、まず人を殺す練習をさせられたのです。生きた罪人の首を切り落とせと言われたのです」
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
励みになりますので
ぜひブックマークや評価などをお願いします。




