尼子家3
せめて殿を逃がそう……我らはここで死ねばいいではないか! あの若い武将を連絡に向かわせよう。
「敵は連射できる鉄砲を使っている。いったん山までお逃げくださいと殿に伝えるのだ! 分かったか」
「ハイ」
若武者が元気に返事をして、後方に向かって走っていく。
「皆の者、盾を持ったまま後ろにゆっくり下がれ」
しかし既に遅かった。第2陣、3陣が後ろを塞いでしまっていた。もはや撤退もできない。しかも、鶴翼の翼は既に閉じられようとしている。閉じた翼の後方から、矢が飛んでくる。その矢が、兵や地面に当たると爆発を起こしている。
兵と武将が、次々と吹き飛び死んでいく。この野郎……ただでは死なんぞ!
「盾を捨てよ! 敵、鉄砲隊に突撃するぞ!」
ウォ〜! ウォ〜! ウォ〜! ウォ〜! ウォ〜! ウォ〜!
兵が突撃していく。
ダーン! ダーン! ダーン! ダーン! ダーン! ダーン!
ダーン! ダーン! ダーン! ダーン! ダーン! ダーン!
突撃する兵が次々と倒れていく。
「クソ〜、倒された兵を持ち上げて、盾にしながら前進しろ」
もう少しだ、後30歩も進めば、敵の鉄砲隊に槍を突き刺すことができるのだ。
絶対に槍を突き刺してやる!
しかし周りを見ると……農民兵は全て倒れている。自分と同じように、死んだ兵を盾にして辛うじて立っている武将が数名いるだけなのだ。
銃撃が終わった。なぜだ……
戦場が静かになる。風の音も聞こえる。
戦場をぐるりと見回す。辛うじて立っている武将は数十名程度。後方の本陣をもう一度目を凝らして眺める……なぜだ……殿が逃げていないではないか!
鉄砲隊を指揮する敵将から大音声が響き渡る。
「降伏せよ。刀と槍を捨てよ!」
こんな馬鹿な、山陰の雄、尼子家がこれで終わるのか? 殿も生き残った武将たちも、こちらに集まってくる。降伏の返事はしない。負けたのは事実だが納得できない。皆が同じ考えなのだ。尼子が負けるなんて!
「このまま銃弾で死ぬのは忍びなかろう! 槍と槍、刀と刀で決着をつけてもいいが、どうする?」
「尼子晴久である! 武士として死なせてくれるのか! 感謝する!」
森可成は、事前に勘助には許可をとっている。勘助も武士の情を知る男なのである。
「腕に自信のある将は郎党を連れてここに集まれ〜!」
可成はライフル隊を後方に下げ、尼子晴久の30歩前に自分の郎党を引き連れて立つ。意気に感じた丹羽長秀、佐々成政、池田恒興、前田利益がそれぞれの郎党を引き連れ、森可成の後方に整列する。
「いざ! 参る!」
兵の数は、ほぼ同じである。子供の時から武を磨きに磨いてきたのだ。武と武を競い合う昔ながらの戦が始まる。
森可成は尼子晴久と、前田利益は本城常光と、池田恒興は立原幸綱、佐々成政は宇山久兼、丹羽長秀は多胡辰敬が相手だ。それぞれが郎党と一緒になって戦う。
切合は半刻も続く。蝦夷王国の兵も、尼子の生き残り兵もその戦いを静かに見つめる。だが、結果は見えている。尼子の将は、晴久を含めて既に満身創痍なのだ。
結果は見えているが、尼子の将たちは銃で無意味に殺されるのではなく、刀と槍の戦いで死にたかったのだ。小さき時から血の滲むような武の稽古を積んできた。皆が武士として納得して死にたかったのだ。
尼子家の武将たちが、満足そうな顔をして討ち取られていく。
「尼子晴久! 討ち取ったり〜」という大音声が戦場に響き渡る。
尼子家は、ここに滅びる。農民兵は逃げ去っていく。生き残った武士は1人もいない。この国において、刀や槍で、正々堂々と武を競う戦は終わりを告げたのだ。
天文19年(1550年春)19歳
西国の大名全てに対し、土地の領有を認めず、役職と仕事に見合った収入を銭で支払う――という臣従条件を突きつける。書状は忍者速達便で西国の全ての大名に送ったのだ。
西国の大名はどうするだろう? 従わないものは、滅ぼせば良い。
西国の大名たちは人質を連れて、安土に続々と集まって来る。遠くからやってくる大名もいるので、ある程度人数が集まった段階で、信長の前に集められることになる。
……とある大名の独り言……
明日は安土城で、沙汰が言い渡されるらしい。生きて城を出るのは難しいだろうな。京の御所に攻め込もうとしたのだからな。切腹はやむなしだろう。
思い出せば……我らに周防御所から西軍に加わるよう要請がきた時に断るべきだったのだ! しかし、三種の神器だの、方仁殿下だの、真の朝廷だのに騙され、当主が武将や兵を引き連れて、周防御所に向かって行ってしまった。
誰も帰って来やしない!
やがて、ある噂が領内に広がり始めた。西軍が敗北したというものだ。大内家、大友家、尼子家は族滅し、周防御所に集った公家や室町幕府の旧幕閣たちも、全て始末されたという。そして、西軍に参加した大名のほとんどの将や兵が死んでしまったというのだ。
とんでもない結果になったものだ。しかし噂は、あくまでも噂だ。そのまま真に受けることはできない。そんな最中に、西軍に参加した兵たちの生き残りが、傷だらけで自領にたどりついたのだ。彼らの口から語られる内容は、噂の内容を裏付けるものであった。
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